108 真の王
凍り付く民衆。
一瞬の静寂ののち、徐々に声が広がっていく。
「父上……だと……?」
王はもう一度、睨みつけるように少年の顔を見つめると。
怪訝な顔つきが、徐々に変わっていく。
「まさか……いや、そんな……」
王は、一度切り捨てたその可能性を、否定できなくなっていた。
それほどの面影を、目の前の小汚い子供に見出してしまう。
「そ、そんなはずは……あの子は誘拐されたあと……海賊に襲われたと……」
「その海賊が! 僕の命を助けてくださったんです!」
一歩踏み出して叫ぶ少年は、倒れこむ海賊たちに手を伸ばす。
「いやしかし、おまえには尾が……」
「尾があるかないかが、そんなに重要なのですか! これはヴリムの皆さんと一緒に暮らすため、仲間外れにされないためにと、その時に切って頂いたのです!」
口のきけなくなった王のもとに、ふらふらとアニマが歩み寄る。
一歩一歩、倒れこんでしまいたい誘惑に抗いながら。
「父上、どうかお願いいたします。あの者達は、僕の命の恩人なのです。決して、お父様を騙そうとしているわけではありません!」
「ち、ちがう……これは、卑劣なヴリムの策略だ……。わたしは、サピアの民のために、騙されないように……」
頭を抱える王に、アニマは囲まれる獣人の方に叫ぶ。
「ヴィストさん! 十年前のあのとき、あなた方が襲った船! そこには、ヴリムが乗っていたのですか⁉」
「あ、あァ……? あそこにいた奴らはサピアだ、俺達が同族の船を狙うわけねェだろォが。だがそれが何の……」
戸惑いながら答えるヴィストに、王がかっと目を見開く。
「これこそが、お父様にヴリムへの悪感情を植え付けたかった派閥の工作だという証拠です! 十年戦争直後、海に散ったヴリムたちが、どうして同種族の船を襲うでしょうか! あのとき僕を攫ったのも、お父様が恨むべきも、ヴリムでは無いのです!」
「し、しかし……ヴリムが王になれば、サピアは……サピアの民が虐げられて……」
「違います! あの方は、種族を超えた考えを持っています! 現に、自らの身を挺して、サピアを守ったではありませんか!」
アニマの声に、辺りを取り囲む民衆がざわつく。
人々は見ている。
血を流すことをいとわずに、咄嗟にサピアを守ったその行動を。
「だ、だが……あれは、そもそも王などでは……」
苦しみながらズーを睨む王は、血に染まった左手に目を留めて驚愕する。
「……⁉ ゆ、指が……っ⁉」
血を流すズーの左手には、指が五本。
しかし地面には、切り落とされた指が一本転がっている。
突如、その言葉の意味に気づいた一人の観衆が、兵士に体ごとぶつかっていった。
「なっ……⁉」
それを合図に、人々は雪崩のように兵士に群がっていく。
まるでズーを、彼らから守ろうとするかのように。
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……やりました。やはり、ディアロ様が全てを解決するのですね。
抵抗する兵士が民衆に押しつぶされていくのを見て、イザヤは胸をなでおろしました。
イザヤがウルグガルグへ発つ前、ディアロ様に話を聞いていました。
ディアロ様はお得意の世論操作で、血筋を無視した新王に不満を持つ民衆をたきつけて……新たな王を受け入れるための世論を、裏工作によって形成していたそうです。
それが上手くいっているのは、王城を取り囲む民衆を見ればすぐに分かりました。
しかし、宝具を奪われてしまったのは予想外でした。
ただ、用心深いディアロ様は、ウルグガルグ内戦のときに王家の血筋を引く者が亡命したという噂を再燃させておいたのです。
本来の噂では、何か余計なものが生えていたのが不吉で、隠されていた子が居る、程度のぼんやりしたものでしたが……
同時多発的に噂を流すことで、民衆にとある印象を強く植え付けていたのです。
その余計なものとは、『六本目の指』のことであると……っ!
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「う、ウルグガルグ兵が、撤退して行きます! し、しかし王国軍はそのまま……?」
困惑の様子で報告をする魔物に、リヴィゼはため息を吐いて遠くを見やる。
「ふん、遅かったじゃない。どれだけ待ったと思ってんのよ」
「ま、待った……? リヴィゼ様、これは計画のうちなので……?」
部下は更に首をひねるが、リヴィゼは意にも介さずに勢い良く立ち上がる。
「ここまでよく耐えたわ! これより魔族軍は、攻勢に出る!」
一度目を瞑り、戦況を頭に思い描く。
ヘロシュの支援も、ユゴルアの新兵器も、ウルグガルグの兵も全て除いた。
今度こそ、決戦のときだ。
「――――王都を制圧せよ! 我々にはローナ神の加護がついている! エンデ王国を、支配するときだ!」




