106 王の御前
第十二章
「クソッ! 間に合わなかったじゃない! こんなの聞いてないわよ!」
魔族の王女様はそう叫びながら、足をばたばたとさせる。
「……随分とご立腹ですね」
「そんなの当たり前でしょ⁉ いったい誰のせいだと思ってるわけ⁉」
うるさいうるさい。
あまりばんばん机を叩くな。
「あんたがウルグガルグの参戦は一週間後だって言ったんでしょ! だから計画を前倒しにしてまで王都侵攻を急いだのに……」
「……え? まさかもうウルグガルグ兵が?」
「そのまさかよ! しかも無理な進軍をしたせいで、かなりでかい被害を受けて……いま、ハギア砦との間で分断を食らってんのよ!」
……マジか。正史ではまだ一週間の余裕があったはずなのに。
こちらの動きを見て奴も手を打ってる……というより、露骨にギアを上げている。
考えてみれば、ユゴルアの新式大砲の導入も早かった。
なら、ウルグガルグ兵も警戒すべきだったか?
いや、そうは言っても、兵器の購入と一国の兵の導入じゃ話は違うはずだが……
「ほんとーにどうしてくれんのよ! 王国相手に勝ててるのは、王国経済をボロボロにしたからであって、ウルグガルグのほうはそーじゃないのよ⁉ このままじゃあ天地がひっくり返ろうと勝てないじゃない!」
「えぇ、はい……本当に仰る通りで……」
「このままじゃ、ハギア砦に籠って防衛するのすら厳しいわ。港が落ちれば、アイツらは勢いのままゲティアに上陸して、島を落としにくる。そうなったら、あんたらも終わりなんだからね……!」
ぐうの音も出ない正論。
ウルグガルグ軍を相手にするとなると、万に一つも勝ち目は無い。
それに暦が変わるその日まで、残されたの時間は一週間もない。
ここは何としてでも……
――――――――――――
「我がウルグガルグは、魔族どもと手を結ぶ卑劣な国には協力しない。これ以上言うことは無い。すぐに去れ、裏切者ども」
玉座から冷たい目で見下ろすのは、帝政ウルグガルグの新王ベイル。
使者の小鬼は目を伏せたまま、必死に縋りつく。
「へ、陛下、恐れながら説明を求めますっ! この話し合いの場を設けるときは、そのような態度では無かったはず……っ!」
「黙れ。貴様らに話す必要はない」
「し、しかし……っ!」
「すぐにお引き取り願おう、そして永遠に姿を見せるな」
王は下がらせるよう顎で命ずると、傍の兵士たちが使者たちの肩を抑える。
足を踏ん張りそれに抵抗しながら、小鬼の使者は叫んだ。
「陛下は、ゲティアを誤解しております! 我が国はあなたがたの敵では……」
「黙れ、犯罪者どもが国を名乗ること自体おこがましい。それに加えて、魔族に与するなど。余だけではない、民もこんなものに手を貸すなど望んでいない」
冷徹にそう言い放つベイル王に小鬼は言葉を詰まらせ――
「そうかァ? 王城に来るまで、随分と外は騒がしかったがなァ。本当に民は、望んでエンデに出兵してんのか?」
突如、ゲティアの使者の一人が声を上げた。
兵士たちに押されてもビクともしない、嘲るような声を上げる獣人。
その不躾な態度に辺りは凍り付く。
「ぶ、無礼者‼ 王の御前であるぞ!」
「先代王の急逝後、随分と早く王に立てられたみてェだが……どうも、民は納得してないように見えンぞ? その王が民意を語るたァ、どういうお笑いだ?」
「……ふざけるな! 今すぐそいつらを摘まみだせ!」
王のそばの兵士長が唾を飛ばして叫ぶと、兵が囲んで取り押さえようとする。
が、獣人は体を抑えられたまま顔を上げ。
「ずいぶんと偉くなったもんだなァ、ベイル」
ヴィストはにやりと王に笑って見せると、ベイルは目を見開く。
「お、お前は……っ⁉」
「十年ぶりでも覚えてんのか、頭が腐っちまったわけじゃあねェんだな?」
「だ、誰が忘れるのだ、ヴリム軍の総大将をの顔を……! し、しかし、お前がここにいるという事は……!」
王は隣の獣人に目をやると、ヴィストは高笑いをする。
「その通りだぜェ、このお方こそが、民衆の求める真の王位継承者ってやつだ」
「な――っ⁉」
その言葉に、兵士たちは戸惑いの声を漏らす。
ヴィストは怯える兵士たちの手を振り払いながら、懐を探ると。
「そしてこれが、王家の宝具だ。王家の紋章も刻まれてんだろ? この指輪を持たねぇサピアが王を名乗るなんてなァ、おかしな話だ」
高々と金に光る指輪を掲げる。
王はしばらく黙り込み、吟味するようにそれを眺めてから、ゆっくりと手を伸ばす。
「……こちらへ持て。本物かどうかを吟味させよ」
「バーカ、誰が渡すんだ。このまま盗られちまったらたまったもんじゃねェ」
「……そうか。なら……」
王はため息を吐き、冷たい笑みを浮かべた。
「奴らは王家の血を偽る大罪人だ。今すぐに、捕えろ」
命令と共に、ゲティアの使者たちは一斉に囲われる。
「は、はァ……⁉ テ、テメェ、一国の使者の存在をもみ消すつもりかァ……⁉」
周りに目を配りながらヴィストは、殺気のこもった目で王を睨む。
「ほざけ! 王の御前で、よくも偽物の宝具など出して……!」
「ふ、ふざけんな……っ! まともに調べもしねーで……!」
強引に押さえつける兵士に、ズーは思わず叫ぶも。
「はしたない……これが王家の発する言葉か? エンデから報告のあった通りだったな。十年前の行方不明になった隠し子を偽る者が現れると……」
「偽ってなんかいねェよ、ふざけやがって……離せッ!」
取り押さえようとする兵士の一人を、ヴィストは拳を一撃叩き込んで沈めた。
が、すぐに隣の兵士がヴィストの指を強く踏みつけて抵抗を抑え込む。
「……やはりヴリムは野蛮だ。王の座から降りるのは当然だろう」
その光景を前に、王はため息をついた。
「野蛮な種族がウルグガルグを支配する時代は終わったのだ。貴様らの出番はもう無い」
「……んだとォ?」
「十年戦争によってサピアの地位は向上したが……ヴリムが依然王の座を独占しているのでは、真の解放とは言えない。サピアこそ、王にふさわしい」
「だからって、真の継承者を力で握りつぶすのか? どっちが野蛮なんだよ!」
叫ぶズーの言葉に、王は顔を歪ませる。
「……黙れ、ヴリム風情が」
「ヴリムだのサピアだので決めんじゃねえよ! それじゃあ話が進まねぇじゃねぇか! そりゃあサピアからすれば憎むべき相手かも知んねーけど……」
「貴様、誰に向かって口を利いている……! 内戦終結後、急速に迫害が進んだヴリムの地位を、誰が守っていたと思っている! それを裏切ったのは、貴様らヴリムの方だろう!」
声を荒げるベイルに、玉座の間の空気が凍る。
「それを、卑劣にも人質を取って脅迫するような真似をし、挙句の果てには……!」
言葉を切って、固く握った拳を緩めた王は、組み伏せられた獣人たちを冷たく見下ろす。
「王の身分を騙るのは、ウルグガルグで二番目に重い罪。そして……王の前で刃を向けること、これが最も重い罪だ」
その言葉の意味を察した小鬼が、思わず叫ぶ。
「お、お待ちください陛下、どうか……っ!」
「……王の命により、即刻の処刑を命ず。衛兵、処刑台へ連れて行け」




