105 詐欺師の父
教会の一室に、見慣れない細身の中年の男が迷い込む。
頬は痩せこけ、ズボンの裾から見える足は骨のすじまでがくっきりと見える。
誰もが顔をしかめるなか、まっさきにズーがどたどたと駆けよって。
「あ、お客さん? 誰かに用があるとかっすか?」
急に迫って来た強面の獣人に、岩晶族の男は少し戸惑うも、辺りを見渡して言う。
「その……私はオブシディアの父でね。ここにうちの子がいると聞いたのだが……」
「お、お父様……⁉」
ソファに座っていたオニキスが急に立ち上がって、周りの視線を浴びる。
「な、なぜここにいらっしゃったのですか! 今は療養していませんと……!」
「いやぁ、具合も多少悪くなくなったし、オブシディアのお仲間さんにご挨拶をしておかなくてはと思ってね」
「い、今はちょっと……というかお父様、ここでその名前を呼ぶのはやめて……」
「オニキスのお父さんなんすね⁉ 初めまして、ズーって言うっす!」
ぐいぐいと迫って手を取るズーに、男は痩せこけた手でぐっと握り返す。
「獣人のお仲間さん……ということは、君が貿易会社を一緒にやってらっしゃる方なのかな? 凄い体つきをしているねぇ」
「はいそうっす! 体は、前まで海賊やってたんで!」
「そうなのか、君はおもしろい冗談を言うね」
「いや、冗談じゃないっすけど……」
「ああああああああ! だめです! 父の前ではそういう話は控えてください!」
ズーとお父様に割って入るように、オニキスは大声を出す。
……確か、オニキスのお父さんは物凄く正直なお方なんだっけな。
それで詐欺師を疑うこともできず、多額の借金を抱えることになったとか……
「それに……みんなの前では随分と元気なんだね、この子は。それくらい心を赦してるという事なのかな。いつもはもっとおとなし……」
「わああああああああ! お父様! お願いですから、黙っていてください!」
なんだか楽しそうに騒ぐオニキス親子から、俺は一度目を離し。
イザヤの方に向き直って、中断していた話を再開する。
「それで……ユゴルアは、魔族軍が新式大砲を使っていることに関しては何も言ってきていないのですか?」
「はい! 色々とごまかしたのは事実ですが、こちらはユゴルアの要求に完全にこたえたので……約束を反故には出来ないのだと思いますっ!」
「それもこれも全部、アビスさまのおかげってことだねー!」
と、急にアビスがイザヤの後ろからにゅっと顔を出してきた。
「……そうなんですか? アビス様って何かしてましたっけ……?」
「もちろん、アビスは頑張ってくれましたよ! 二つの箱をユゴルアの廃墟に埋めたのはこの子なんですから!」
あー。そう言えばそうか。
またあのときみたいに、ゼタちゃんと一緒にユゴルアに潜入してもらって……
「おねーちゃんの外交取引についてって、それを途中でこっそり抜け出してさ。箱を埋める係をやってたんだよね。ほら、ユゴルアの人たちって、ゼタの事見えないでしょ? だから色々頑張ってもらって」
「こんな子供にやらせる仕事ではないと思ったのですが……案の定、物凄く大変だったのですよね?」
「ほら! 指の根元! べろっべろでしょ?」
アビスは甘えるようにイザヤに寄りかかり、肩越しにタコだらけになった手を見せて来る。
隣に座るゼタちゃんも、イザヤの指を握って離さないし……遠征を通して仲良くなったという事なのだろうか。
「……というか、どうして奇跡を使わなかったんですか。重い箱を埋めるだけの穴を掘るって、相当な重労働だと思うんですけど」
「それは……ほら、ちょ、調子が悪かったの! だから仕方なく自分の手で掘らなきゃいけなくて……」
「そうですか……それは残念ですね。いつかアビス様の調子のいい日を見てみたいのですが」
「ねえ! さっきからさあ! 馬鹿にしてるの⁉」
「……? 何がですか?」
なぜか俺の方を睨みつけて来るアビスに、資料を読み込んでいたイグナート翁が口を開く。
「それにしても酷い注文だったな。存在しないものを存在すると思わせつつ……ユゴルアの監獄から脱獄させろというのは」
「むずかしかった」
いつものように隣に座るシャノンさんが、恨めし気に俺の目をじっと見つめてくる。
「い、いやぁ……仕掛けづくりではお二人にご負担をかけたと聞いてます。俺はあんまり関われてないんですが、結局どうやったんですか?」
「計画についてはシャノンとオニキスが話し合って考えた……そうじゃろう?」
と、イグナート先生はオニキスに話を振る。
先ほどからオニキスは、父を隣にして若干気まずそうにしていた所だった。
「わ、わたし、ですか。えっと……本当は最初、こんな仕掛けを作るつもりは無かったんです。でも、ヴィストさんが、このままじゃ絶対に誰かに宝を盗られて終わりだって忠告して下さって……」
「そんな言い方はしてねェよ。俺ならそうするって言っただけだ。誰も知らねぇ宝の山の場所なんて、やりたい放題できんだろォが」
舌打ち交じりにヴィストは言うが……
確かに、なかなか難しい課題だ。
こちらは獄中で、向こうはあらゆる権限を持っている。
宝の位置を馬鹿正直に教えても、向こうがそれを隠さないとは限らない。
「そういうときは『誰かのせいでそれが台無しになってしまった』という状況を作るのが一番だとも教えてくださったんです」
「その『誰か』を、取引したい相手にするとなお良し、だなァ」
「そ、そうなんです。そこで色々と案を出して言った中で……シャノンさんが、先生の持つ薬品を使えば実現可能かもしれない、と提案して下さって」
「簡単に言いおって……。箱の第一層は、単に硫酸をアンプルに入れて、正規の手順でなければ割れるようにすればよいから簡単だったが……二層目の方は大変だったのだぞ?」
シャノンさんは自慢げにこちらを見上げるが、老人はため息を吐く。
「空気に触れると黒く変色する薬剤を紙にしみ込ませるのは良いが……二層目の空間にも空気があるのでな。単にそれを入れておくだけではダメだったのだ。結局シャノンが、腐るのを遅くする薬を入れることを思い付いたわけだが」
またもふんっと、嬉しそうにシャノンさんは鼻を鳴らす。
その薬ってのは、お菓子の袋とかに入ってる酸化防止剤的なやつだろうか。
「これで一度目に開けた人の弱みを握り……二度目に開けた王は、資料を確認することが出来なくすることが出来たわけです。あとは取引次第でどうにでもできます。……これは私の得意分野ですからね」
と、胸を張るオニキスに。
「そうかぁ、随分と立派になって……。皆の前なのに、そんな大きな声でおしゃべりできるようになったんだね」
「なっ……!」
しみじみと語る父に、その娘は顔を赤くする。
「へー! 裏ではどんな感じなんすか? オブシディアお嬢様は」
「お、お嬢様は余計ですよ、ズーさ……」
「そりゃあもう、シャイで泣き虫だからねぇ。昨日など、七年ぶりに再会したときはぼろぼろと泣いて、口をきくことも……」
「お、おおおおお父様⁉ みんなの前では言わないでください……! あぁもう、また思い出して……」
「お、おい、オニキスが泣いてんぞ⁉ ど、どう言うことっすかボス!」
「茶化してやんなズー。こりゃ感動の再開なんだからよォ。オブシディア嬢はシャイなんだ」
「う、うるさいです……! な、泣いてなんか、いま、せんから……!」
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