104 脱獄の取引
「なるほど。つまり……あなたは私の隠し財産を溶かしてしまった上に、なんとかしてくれと泣きついて来ているわけですか」
「ふ、ふざけるな……! 誰が貴様なぞに泣きつくものか! なんとかしろと、獄長として囚人に命令をしているのだ」
威厳を保とうとする獄長に、オニキスはにやにやとしながら檻の向こうを見上げる。
「困っているのなら、あなたのお得意の隠蔽をすればいいではありませんか」
「……無能な部下どもが、宝を掘り出したことを王に伝えてしまったのだ」
「なるほど、それはご愁傷さまです」
「も、もとはと言えば、変な仕掛けがあることを事前に通告しなかった貴様のせいだろう! 責任はおまえにある!」
「いやー、その言い分は通りませんね。あなたは聞いていないかもしれませんが、王の方には直接、無理やり開けようとした時の対策を施していると伝えています。あの箱に同封された鍵で開けようとすると、中身は黒焦げになるとも」
「ふ、ふざけたマネを……!」
獄長は顔を赤らめ、檻の向こうを睨みつける。
今にもこいつを殺してしまいたい、そんな殺気を感じるほど。
「態度には気を付ける事ですね。私の協力なしでは、あなたが無理やり箱を開けようとしたことは必ず王にバレます。そうなれば……その職をクビになる、だけで済めばいい方でしょう」
歯をぎりぎりと食いしばる獄長は、ガンと鉄の檻を拳で殴り。
しばらくの後に肩を落とし、少女を見下ろす。
「……何が望みだ」
「望みですか。もちろん望みは自由の身……つまり、脱獄ですよ」
「な、何だと……! この私が、そんなことに協力するとでも……」
「協力せざるを得ないでしょうね。なにせこれは『王が一国との交渉を捨ててまで欲しがったもの』ですから。それとも、死にたいのですか?」
顔をしかめる獄長は、無意識に首元をさすっている。
「しかし……貴様を逃がすというのも大きな問題だろう」
「それくらいのことはいくらでも誤魔化せるでしょう。馬鹿正直に、逃がしてしまったことを世間に公表しなければ良いのです。ずっと監獄に閉じ込めているふりをして、面会も許可できないと偽ることで不都合な死体を隠すことなど……よくやっている手口でしょう」
獄長は嫌な顔をする。
目の前にしているのは、王の醜聞を握っているかもしれない元豪商なのだ。
この監獄の都合の悪い真実など、いくらでも知っていておかしくない。
「そして当然、父も一緒にですよ。同じ手法を使えば簡単なことでしょう?」
「仮に……それを飲むとしてだ。どうやってこの状況を解決するつもりだ」
イライラした様子の獄長に、オニキスは指を立てて笑顔を向ける。
「あの鉄製の箱……ずいぶん壁が厚いと思われませんでしたか」
「思ったが……それほど頑丈なのだろう」
「あれには二段底のように、壁の中に空間があるのです。書類はその中にありますが……当然、壊して開けようとするとまた黒焦げになります。私がその正規の手順をお教えしますから、その中身の書類を、適当な箱に入れ直して王にお渡しすればよいでしょう」
獄長は腕を組み、オニキスの顔をまじまじと見つめる。
今度こそ、信用に足るだろうか、と。
「……手順を教える代わりに、外に出せというのだな」
「はい。私と父がゲティアに無事到着したら、お教えしますよ」
「は、はぁ……⁉ そ、そんなに待っていられるか! さっさと教えろ!」
唾を飛ばして怒鳴る獄長に、オニキスは顔をしかめ。
「あなたの権力があれば、今夜の夜にでもゲティアに送り届けることくらい訳ないでしょう。そうすれば、明日の朝には王の前に箱を届けられますよ」
「……できないことはない、が。しかし、貴様をゲティアに逃がした後、教えられた方法が機能するという保証はどこにも……」
「そんなものはいくらでもやりようがあるでしょう。数日は監視をつけて頂いても構いません。教えた方法が上手くいかなければ、部下に首を切らせるなり何なりすればよいのです」
今度こそ獄長は黙り込む。
腕を組み、カビだらけの黒い天井をじっと見上げた。
そして、しばらくの後に。
「……分かった。確認がとれ次第、監視の目を解くようにしてやるが……何か変なことをしたら、すぐに殺す命令を下すからな」
――――――――――――
何とかなった。
獄長は安堵のため息をつき、ソファに座り込む。
奴の言っていたことは真実だった。
手順通りに箱を開け、中から出てきたものを新たな箱に入れ替えて王に送る。
……少し手間はかかったが、これで首を切られずに済む。
部下に奴を殺せと命じたくもなったが……いらない死体処理のリスクを背負うことにもなる。
仕方なしに開放する命令を出してやった。
鼻歌交じりにワインを開ける。
政治家からの賄賂でもらった、平民の家ならば百は建つ高級品だ。
今日はこれを一口……
「しょ、所長……!」
一人の時間を無能な部下に邪魔されて不機嫌な獄長は、ボトルを机の下に隠しながら顔を上げる。
「……なんだ。私は今忙しいのだが」
「そ、その……オブシディアの隠し財産の件で……王より使者がいらっしゃいまして……」
「なんだ。口頭で良いなら今言え」
「そ、それが……王の使者からは、『出頭するように』との命令が……」
おどおどと報告する部下を、獄長はきっと睨みつける。
「……出頭だと? どういうことだ」
「し、使者が仰るには……なんでも、王が箱を開けて書類を見ると、すべての資料が黒ずんでおり……時間が経つ程にその色は黒くなっていき、今では判読不能なほどになってしまったと……」
黒ずむ、という言葉に獄長はびくりと反応する。
どういうことだ? 朝に見た時は、間違いなく問題はなかったはずなのに……
「オブシディア事前に王へ、何者かが箱を開けて中を見た場合、紙は空気に触れることで黒ずむように仕掛けをしてあると伝えていたようです。それで……監獄の責任者を呼べと……」
「な……っ⁉ く、クソ……ッ! あのガキィ……ッ‼」
力一杯にテーブルを叩くと、隠していたワインも倒れる。
部下がちらりとそれを見るも、獄長は怒り任せに立ちあがり。
「クソ、クソクソクソ……! い、今すぐに、あのガキの首を切るように言え!」
「お、オブシディアの件ですか? あれは既に、解放するよう命じられましたよね……? もう、ゲティアの何処かへ逃げてしまったかと……」
地面を転がるワインの瓶を蹴り飛ばす獄長は、殺気のこもった目で部下を睨みつける。
「……王のご様子はどうだったのだ」
「それが……かなりご立腹のようで……この書類に目を通した可能性のある者を、すべて出頭させろと……」
「だめだ、俺は逃げる! このままでは、確実に首を……!」
部下の制止も効かずにずんずんと歩みを進める獄長は、扉を開けて凍り付く。
廊下を埋め尽くす兵士たちが、そこには待機していた。
――――――――――――
陥落寸前と見られていたハギア砦は、魔族軍がユゴルア式の大砲を導入しだしたことで戦況が一変した。
これまではエンデ王国のものだった射程優位性は崩れ、王国軍は徐々に包囲を突破されつつある。
が、これは同時に、ゲティアと魔族軍のつながりを決定的にしたものでもある。
王国は苦しみつつも、ゲティアの苦肉の策であることも理解していた。




