100 過去のグラシア様
「今すぐに、ディアロとイザヤに交渉を持ち掛けてください、ゼタ様」
「はぁ? ディアロとイザヤ? なんで急にそんなこと……」
怪訝そうに執務机から顔を上げたグラシア様は、俺の顔を見上げ――
眉をひそめたかと思うと、一瞬固まる。
「………………ん? あんた今、なんて……」
「どうされましたかゼタ様。何か俺、変なこと言いました?」
名前を訂正せずにそう言うと、グラシア様はぐっと身を引き。
ペタペタと自分の顔を触りながら、目を見開いている。
「え? え? な、なに? な、なんですか、どういうことですか……⁉」
「どうしたんですかグラシア様。急に敬語になりましたけど、どうかされました?」
「え? は、はあ? ど、どういうこと……?」
困惑して目が泳ぎまくってる。
なるほどなぁ。こう見ると確かに中身はゼタ様だ。
「冗談ですよ、俺は未来から戻って来たんです。グラシア様がゼタ様だっていうネタばらしは済んでます」
「は、はぁ……? な、なんっ、ど、どういうっ……?」
「……あの、その恥ずかしがる下りも二度目なんでもういいですよ」
「は、はぁ~~~~~~⁉」
顔を真っ赤にしてわなわなと体を震わせるゼタ様。
「な、なんですか! 二度目かなにか知りませんが、わ、わたしにとっては初めてのことなんですよ⁉」
「はあ、そうなんでしょうが……ちょっとやることがあるんで、話を進めて良いですか?」
「よ、良くありませんよっ! ああもう、この秘密は墓まで持って行くつもりだったのに……!」
上気した顔を抑えて、ちらちらと上目遣いでこちらを見上げるゼタ様。
なんか、このお姿のゼタ様も新鮮でいいな。
体が違うから声帯も違うんだろうな、声も明らかに本体よりちょっと低いし。
「とにかく、ディアロとイザヤとの交渉を持ち掛けて欲しいんですよ。それとユゴルアにも交渉を持ち掛けて欲しくて。新兵器について、オブシディアの隠し財宝の名前を出して……」
「そのっ! ま、待ってくださいっ! 話が入って来ませんからっ!」
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「はぁ……。なるほど、それで二週間後の世界から戻ってきたと。ここはあなたにとって、過去の時間軸なのですね。それにあの賢者エレミアが……大天災の犯人だった……と」
「はい。やっぱりゼタ様は物分かりが良いですね。グラシア様もそうでしたけど」
「や、やめてください! グラシアの人格の話をするのは!」
そうは言っても。
今も見た目は完全にグラシア様なんだから仕方ないだろ。
「しかし今の話を聞くに……エレミアはまだこちらに、正体が見破られているとは思っていないでしょう。これは何か利用できるかもしれません」
「……確かに」
やっぱり話が早い。なんか天界にいたころを思い出すな。
見た目は全然違うし、背丈もゼタ様より明らかに大きいけど……頭は衰えてないんだな。
「目的自体は大きく変わらず……とりあえずは目の前の戦争を勝たせて、二週間でこの国を世界で一番の国にすること……? 相当無茶なこと言ってませんか」
「ええまあ、仰る通りですね。でも……」
「でも?」
「いえ、何でもないです」
ん? とゼタ様は首をかしげる。
無茶なことを言ったのは俺じゃなくてゼタ様なんですよね。
「それで……どうしてディアロとイザヤに交渉を?」
「あー、それを言ってませんでしたね。目的としては、現状の政権を彼らに明け渡すことです」
「……政権を、明け渡す?」
怪訝な表情になるゼタ様。
まぁ、そうなるのも分かる。
「現状の政府は腐敗しきって、何をしようにも妨害されてしまうじゃないですか。それに王国の息のかかった重役が沢山いて、これじゃあ勝てないんですよ」
「それを解決するために……政権の明け渡しを行う、わけですか。ロナ君は本当に、こう……目的のためなら手段を選ばないというか……」
呆れたように頬づえをつくゼタ様だが、どこか嬉しそうに見えるのは気のせいだろうか。
「分かりましたよ。ロナ君のことです、色々と考えてのことなんでしょう。すぐに動くことにします」
「あー……。グラシア様がある時期から俺の言うことに素直に従うようになったのって、こう言うことだったんですね……」
「だ、だから! わたしのまえでグラシアの話を掘り返すのは辞めてください!」
顔を赤らめてぽこぽこと殴りつけてくるゼタ様。
そう考えると、色々と今までの疑問が解けるな。
……と、そこで教皇室の扉が開き、ニーアさんが入って来た。
「あぁ、ニーア。この事はニーアにも言っておかないとですね」
「……え? いや、良いんですか……?」
俺が言うと、ゼタ様は首をかしげた。
「未来のわたしから聞いていないのですか? ニーアは一か月ほど前から、私とあなたが神であることを伝えて、動いてもらっていますよ」
「……へ? な、何でそんなこと……」
「単純に、隠し通せなかったというだけです。それこそロナ君がニーアの目の前で奇跡などを見せるものですから……最初の方は隠そうとしていたのですが。ロナ君も態度の変化を感じたでしょう?」
ゼタ様にそう言われて、ここ一か月ほどのニーアさんとのやり取りを思い返すが……
「……いえ? 最初から最後まで、ずーっと嫌われっぱなしですけど」
「そ、そうなのですか? おかしいですね、ニーアには確かに伝えたはず……」
「隙あらば俺のこと殺そうとしてましたけど」
「……それには気づいていました。なのでいつの日かは、意図して暗殺の場に入り込んで阻止したこともありましたよね」
……あれって意図した妨害だったのか。
ニーアさんが馬乗りになって俺を殺そうとした時とか、クローゼットに忍び込んでいたときとか。
「まぁ、これも実は正体を打ち明けるに至った一因でもあります。あなたが殺されるのは問題ですから、正体を教えて、殺すのを辞めるよう約束してもらいました。ですからそれ以降は、何もなかったでしょう?」
「いや? 全然? 最近も普通に毒薬を飲ませようとしてきますし」
「ど、どうしてそんなことを⁉」
驚いてニーアさんに尋ねるゼタ様に、本人はぷいと顔を背ける。
「……黙秘致します」
「な、何で⁉ そもそも毒は神に効かないと、説明したはずですが……⁉」
凄く困惑している。俺としても謎だったんだよな。
確実に殺るならもっと物理的な方法を取れば良いのに。
「で、でもですよ? 最近のニーアはより協力的になった……でしょう?」
「あー。確かにそうかもしれないですね。なんか相変わらず俺の命を狙ってくるくせに、暗号のこととか……仕事はちゃんとするなと思ってました」
と、ずっと背筋を正して何も口を挟まずにいたニーアさんが。
「……グラシア様」
「なに?」
「その、もうこのお方が神であると知っていることを……隠す必要はないのですか」
「ええ、そうですが……。あ、もしかして、それを隠すために、殺すふりをし続けていたとか…………えっ? えぇっ⁉」
ニーアさんはしずしずと歩みを進めそのまま……目を丸くするゼタ様の前で、ぎゅっと俺に抱き着いてきた。
「な、なななな……何してんの⁉」
急な抱擁を見せられてわなわなと震えるゼタ様に、ニーアさんは抱き着いたまま首を傾げ。
「……もう、好意を隠す必要が無くなったので。その表現をしているだけにございます」
「こ、ここ……好意……⁉」
今にも爆発しそうなゼタ様は、はわわと椅子を盾に屈みこむと。
「に、ニーアは、ロナくんのことが……その……す、好きって事……⁉」
「はい。お慕い申しております。出来れば今すぐにでも押し倒して……」
「だ、ダメ‼‼‼‼ そ、そんなこと、ダメに決まってます‼‼‼ そ、そう、今は一瞬も無駄にできないんですよ!」
叫ぶゼタ様に、俺はどう反応していいのか困り果てていた。
「えっと……ニーアさん? 俺は神なので……好意は嬉しいんですが、その思いにこたえることは……」
「できないのは分かっております。これは私の欲望を一方的にぶつけているだけでございますので。お気になさらず」
お気にするだろ、こんなにくっつかれてたら。
「い、いいから離れて! 私はロナくんの上司なんです! わ、私の前では、不健全なことは許しませんからね……!」




