依頼と外つ国の漂流者②
どうやら論文発表会というのは、ユイが思っているほか一大イベントのようだ。
「あら、それはすごいわね。忙しいとは思うけれど、その話受けたほうがユイちゃんのためになると思うわよ」
マールの研究室からの戻り、偶然廊下で会ったフレインに先ほどの話をすると、思いのほか進められた。
意外に思って論文発表会のことを尋ねると、先ほどより詳しく教えてくれた。
「主役は先生たちだけどね、あたしたち学生もその発表を公聴することができるのよ。国中の教職員が集まってくるから、人気の分野や先生たちの発表には、かなり多くの人が聴きにくるのよね。しかも今回はうちの学校で開催でしょ? 前回は南のほうにある学校で開催されて、あたしも行ったんだけど、遠かったから時間的にあまり聴けなかったのね。今回はそういうことはないから、時間が許す限り公聴できるのよ! 春になる前には発表リストも公表されるはずだから、事前に見たい発表を吟味することができるのがいいのよね」
最早だんだんと独り言に近くなってきたのを自覚してか、フレインがひとつ咳払いをして話を戻す。
「それに、アクラネス先輩……あ、研究生ね。アクラネス研究生は、魔法医療と魔法薬学の分野について学んでいるんでしょう? ユイちゃんもかじっている分野だし、何より助手という肩書きで、自分の知らない情報を知れるかもしれないのよ? 忙しい以外に断る理由がないなら、あたしはその話、受けるべきだと思うわね」
ちょうど話のキリがよいところで、校舎から外へと出た。
「あたし、ちょっと寮へ戻るから」と言い、フレインとはその場でいったん別れた。
──マールの話、もう少しちゃんと聞いて、受けようかしら。
フレインの話しぶりからして、彼の話を受けた方が今後のためになると感じた。だがユイ自身の時間がその分なくなるので、あくまで自分にとってもプラスとなる時間にしたい。
また後ほどマールの研究室を訪ねようと計画し、ユイの足はそのまま隠し部屋へと向かって行った。
マールへ時間がある時に研究室へ行くと伝言蝶を送ってから数日。
ユイは何だかんだ授業で忙しくしてしまい、マールの研究室へ行けない日々が続いた。
ようやく課題や授業の準備がひと段落した頃。
時間に余裕ができたので、今からマールの研究室へ足を向けようかと思い立つ。
彼の予定もあることを考え、ユイはこれから向かう旨の伝言蝶を飛ばした。
返事が戻るまで何をしようかと考えながら、その足は無意識に食堂へと向かう。
今日は休日の昼間ということもあり、食堂はそこそこに人が集っていた。いつものテーブルに視線をやるも、今日はハンナたちの姿は見えず、見知らぬ学生たちが楽しそうに会話に講じていた。
思ったよりも人が多いので、乾燥果物だけいくつか貰い、別の場所に移動しよう。そう思い、食べ物が並ぶテーブルに赴き、目当ての物を綺麗な布へと包んでいく。
「持っていくなら、せめて器に入れたらどうだ?」
布の端を包むと思ったより選びすぎたようで、丸々とした包の形になった。
その様子を見ていたのか、ユイの近くで声がかかる。自分に向けられた言葉じゃないだろうと思いながらも、その声に聞き覚えがあったため、ユイは視線をそちらに向けた。
「包みすぎじゃないか。そこの器でも持ってこようか?」
「クリスティン様、それならば私が。……そのように持ち運んでは、見映えが悪いですよ」
そこにいたのは、クリスティン・ハワードとその従者。従者のほうは、相変わらずユイのことを嫌っているのか、その表情や態度が刺々しい。
「別に、ここで食べるわけじゃないから。お気遣いどうも。それで……何か用?」
従者態度は気にしないことにして、ユイはクリスティンに尋ねる。
あの一件以来、クリスティンは顔を合わせたら親しげに話してくるようになった。そのほとんどは、他愛ない世間話であり、相手がユイでなくてもできる話の内容だ。
初めのうちは世話になったらということで、少しだけと相手をしていたが、最近は用がないなら話しかけなくていいと伝えていたはずだ。
予想していたが「姿を見かけたから声をかけたまでだ」と返事があり、ユイは人知れずため息をつく。
さすがに食べ物のあるテーブル周辺で立ち続けているのも悪いと思い、食堂の出入口の方へと移動する。クリスティンたちも、当たり前のようにユイと一緒に移動した。
「世間話程度に、情報共有をしておこうと思ってな」
先ほどの話の続きだろう。立ち止まったところで、クリスティンが口を開いた。
「情報共有……?」
「漂流人が現れた話は知っているか?」
漂流人という言葉の意味を思い出すのに、少し時間がかかった。
アークレイリ王国は、国周辺が海で囲まれた島国である。技術や魔法的制約により、王国から海の向こうへ行くことは不可能に近い。
だが稀に、王国外から人が流れ着くことがある。多くの場合、何らかの事故により流れ着いてきたということが多く、その時点で漂流人は事切れている。
クリスティンが言うには、ここ最近、北方の地域の海岸にて、漂流人が発見されたのだと言う。
「学内でも話題にしている学生は結構いるぞ。全く聞いていないのか」
「知らなかった。少なくとも、私の周囲では話している人はいなかったけれど」
もしかすると話していたのかも知れないが、必要なこと以外はだいたい聞き流しているので、記憶に残ってないだけかもしれない。
内心ではそう思いつつも、初耳だと言った。
「でも、珍しいとはいえ、そこまで話題にのぼることかな? 年に1度、あるかないかだとしても、すぐに話題としては流れそうだけど」
「普段だったら、な。これはまだ他言無用で願いたいが……どうやら生存しているらしい」
クリスティンがユイたち周辺に遮音魔法をかけながら言う。流れるように話したので、理解するのに一拍置いた。
「……え、生きてる? 漂流人が?」
「五家関係者に先に情報が渡ってきたが、王宮の神官たちの話だとそうだな」
「過去に漂流人が生きてこの国に来たって話は……」
「俺の知る限り、初めてだな」
クリスティンが遮音魔法を解く。
ユイはこの話にただただ驚いていた。
冷静に話すクリスティンの気もしれないが、これは今後の王国を左右するきっかけになるかもしれないことだ。それほど、外からの人間が生きてこの国にいることが異例なのだ。
「……驚かないの?」
「この件について、既にひと通りハワード家関係者たちと論じた後だからな。いずれ正式な発表はあれば、またいちだんと周囲が騒がしくなりそうだ」
それはそうだろう。市井に知らせが回れば、多くの人たちがその漂流人を気にする。今後どのような扱いになるにしろ、王家と五家が絡まない選択肢はない。
──まぁ、私には関係ないところではあるけれど。
どうやらクリスティンは、ユイにこの話をしたかったらしい。
話終えると、「続報があればまた伝える」と言い残して、食堂の奥へと従者を引き連れて歩いて行った。
続報などいらない、と言いたいところだが、この件に興味がないかと言われたら否定しずらい。少なくとも、漂流人の今後については気になるところだ。
──外つ国の話が聞けたら嬉しいけれど。
さすがに無理だろうと思いながら、ユイは食堂を後にした。




