依頼と外つ国の漂流者①
季節はゆっくりと進んでいき、周囲の木々が煌々と色づき、冷たさを感じる風が色づいた葉を落とし始めるころ。
せっかくの休日、ユイはマールに呼ばれ研究室の一室に腰を下ろしていた。
「この前露店でコーヒーを買ったんだけど、飲む?」
「いえ……薬草茶でお願いします」
「薬草茶ね。俺の調合でいい?」
はいと返事を返し、マールがお茶を入れている間、ユイは部屋をぐるりと見まわす。
研究室にしてはかなり狭い部屋に、周囲の棚にはたくさんの本や巻物が置かれている。机の上には書きかけの資料が置かれている。
マールが入れてくれた薬草茶を受け取りながら、さっそく話の本題へと促す。
「もうちょっと、世間話をしてもいいじゃんか」
「私だって、やることは他にもあるので。それで、用っていったい何ですか?」
マールは残念そうに息をつくと、姿勢を改めてユイへと向き直る。
「ユイも忙しいことは承知の上で、ひとつ依頼……というか、お願いがあるんだ」
「教職員たちによる論文発表会って知ってる?」と問われ、ユイは首をひねる。
論文発表会なら、分野ごとに開かれたりすることは知っているが、教職員たちによるものは聞いたことがない。
「先生たちの……ってこと?」
「まあ、そんな感じ。王国内の教職員たちが集まって、学校ごとや自身の研究内容を共有する場だと思ってもらえればいいよ」
魔法使いが他者へと研究内容を公開することは、普段であればありえないことだ。もちろん例外はあれど、ほとんどの人たちは秘匿したいと思っている。
しかし、それでは王国の発展のためにならないと、200年ほど前から分野ごとに話せる範囲での研究の発表が始まった。
マールが話しているのは、これの教職員バージョンだという。
「今回、開催場所がここ、レイスヴィーク大学校なんだ。それに伴って、うちからの発表者を多く出せるらしい。それに研究生も含まれてさ、俺も少しの時間だけど、発表させてもらえることになったわけ」
「それって、すごいことじゃないですか」
つまりは教員に交じって多くの人たちへ自分の研究を披露するということだ。なかなかない機会だとは思うが、それと今回ユイが呼ばれたことは何か関係があるのだろうか。
「それで……それを聞かせるために私を呼んだわけじゃないですよね?」
「まぁね。そこでさ、ユイに俺の研究発表の助手をお願いしたいんだ。ダメかな?」
「助手……?」
予想外の話に、思わずユイは眉を寄せる。
いろいろと聞きたいことを、マールが話し始めた。
「俺の研究ね、魔法医療の分野ではあるけど、薬草学も汲んでて。今は新薬の研究と、一般人──魔法使い以外でも使える薬の研究をしているんだ。その中のひとつ、双方ともに効果のある薬草について、論文発表会で取り上げようと考えているんだ」
魔法使いと魔法が使えない一般人では、使用する薬が異なる。そもそも、魔法使いより体が丈夫ではないため、同じ薬を使おうとすると、過剰効果となる。反対もしかり、一般人に合わせた薬は、魔法使いが使用したところでなんの効果もない。
そのため、魔法使いには魔法使いの医療、一般人には一般人の医療というように、区分がなされているのである。
「でもさ、さすがにひとりで準備をするのは難しいから、手が欲しいんだけど……。同じ研究生たちも自分の発表に手いっぱいみたいだし、他の人って言っても、最低限魔法医療と薬草学の知識を持った人……って言っても、そんな人なかなかいなくてさ」
そこで、ユイに白羽の矢が立ったらしい。
確かにユイは、魔法医療の資格も中級まで取得したし、薬草学についても先生の手伝いをするくらいには知識があると自負している。
「選んでもらえたのは嬉しいけど、私も暇じゃないのだけれど……」
「無理を承知でのお願い。他に頼める人がいないんだよ……」
「……その、発表会というのはいつあるの?」
「開催は来年の春。まだ時間はあるけど、教職員たちも忙しいから、そろそろ手をつける人が多いって聞く」
どうやらマールもかなり困っているようだ。
ユイの本心としては、自分の勉強に時間を使いたい。だが、マールには今までお世話になっている。無下に断ることもできない。
さすがにすぐに答えは出ないため、いったん考える時間をもらうことにした。
マールもふたつ返事をもらえるとは思ってないようで、なるべき早く返答が欲しいと言って、この場は解散となった。




