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ユイ・メモワール  作者: 碧川亜理沙
5年生編
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行動の意味③



 夜。

 授業をすべて終え、その他諸々の作業を終えると、ユイは隠し部屋へと足を運んだ。

 だが、隠し部屋にはガウルの姿しかなかった。


「イサク先輩は来ていた?」

「俺は見てないっすね。もしかしたら来てたかもっすけど、俺もさっき来たようなもんなんで」


 そう言って、ガウルはテーブルに広げていた課題へと目を戻す。どうやら課題についてはまじめに取り組みを続けているらしい。

 その様子を横目に見て、ユイはどうしようかと悩む。

 このまま隠し部屋で待っていてもいいが、確実に訪れるかと言われればわからない。また明日でもよい話の内容ではあるが、もやもやしたまま日を繰り越したくない。

 部屋に入って、ソファに座るでもなく立ったまま悩むユイに、ガウルがどうしたのかと尋ねる。


「……イサク先輩に用があるけれど、待つかどうするかを悩んでいる」

「急ぎの用っすか? 寮……にいるかは分からないか。伝言蝶でも飛ばします? あ、俺持ってねぇや……」

「……ううん、大丈夫。私、今日はもうここに戻らないと思うから、最後になりそうなら戸締りだけはちゃんとしてね」


 ユイは今日中にことを片付けようと決意し、ガウルに声をかけて隠し部屋を後にする。

 イサクがどこにいるのかはわからないが、隠し部屋にいないのなら、寮にいる可能性もある。上級生の寮ももちろん男女で建物が分かれているが、お互いの寮内への出入りは入り口付近までしかしていない。

 ユイ自身、男子寮へと足を向けるのは初めてなので、いささか緊張しながら寮の入り口へと足を無得る。




 寮の1階は、入り口から奥の方に少し歩くと、広めの談話室がある。基本的に、寮の部屋は割り当てられた人たちしか使うことができないため、別の寮の学生たちはここで集まることが多い。

 ユイもそろりと奥の談話室を覗き込む。10人程度の人が集まっており、その中には女学生も含まれていた。

 イサクがいればありがたいと思ったけれど、残念ながらここにはいないようだ。

 人を探しているように見えたからか、談話室で話していた男女のグループがユイに話しかけてきた。


「誰探しているの? ここの寮の人なら呼んでくるよ」

「えっと……イサク先輩はいるか分かりますか?」


 頼めるなら頼んでしまおうと思い、その人たちに尋ねる。だが、そもそも誰だと言うところの話になった。

 その中のひとりが、思い出したように聞いてくる。


「イサクって、6年のイサク・ナシュナージであってる?」

「あ、はい。そうです」

「それならちょうどさっき、寮に戻ってきたの見たかも。ちょっと待っててな、今呼んでみるから」


 どうやらイサクのことを知っている人がいたらしい。お願いしますと言い、ユイは談話室の隅のソファへと座り、待つ。


 さほど待たずして、イサクが談話室へとやって来た。

 視界にユイの姿を認め、驚きの表情を見せる。


「お前がここまで来るってのは、何か急ぎの用事でもあるのか?」

「急ぎ……ではないです。ただ、先輩に聞きたいことがありまして」


 昨日の夜のことだと告げると、イサクはくるりと体を方向転換し、ついて来いと言って歩き出す。ユイもソファから立ち上がって、彼の後を追いかけた。


 寮からさほど歩かぬところで、イサクは立ち止まった。周囲に遮音魔法をかけたところで、イサクとユイは向き合う。

 

 お互い、少しの間空気を読みあった後、先に口を開いたのはユイの方だった。


「あの、昨夜の……。あの時、私にキスをしたのは、どういう理由からですか?」


 ド直球な質問に、イサクは思わず目を瞬かせる。


「理由……か。理由なんてあると思うか?」

「……分かりません。一応他の人の意見も聞きましたが、結局は本人に聞かないと分からないということが分かりました。先輩は……私を好ましい、と思ったからしたのですか?」

「まず嫌いだったらしねぇだろ。あの時は純粋に惹かれたからしただけで……って、何言わせてんだよ、お前。柄じゃねぇってのに」


 がしがしと頭をかくイサク。その姿は恥ずかしがっている時や居心地が良くない時に見られる仕草だ。

 イサクの答えの後に、ユイは少し考えてから口を開いた。


「私は……誰かと一緒になるという選択肢はありません」

「……あ? 何の話だ?」

「将来的な話です。私は誰とも添い遂げるつもりはない。理由は……家と私自身のこと、って言えば分かりますかね?」


 唐突な話の変換に眉を寄せたイサクだったが、ユイの話が将来誰とも契ることはないという話だと理解した。


「ずいぶん話が飛んだな」

「そうですか? 話の内容から、そういう関係も含まれていたのかなと思って……」

「キスひとつでそこまで話は進まねぇよ。さすがに飛躍しすぎだ」

「そ、そうなんですね……。すみません、じゃあ、今の話は忘れてください」


 どうやら契りの話は尚早だったらしい。自身の知識の浅さが露見してしまい、ユイは行き過ぎた話に身を小さくする。

 イサクの方も小さく息をつくも、おうと返事をするに留めた。


「…………嫌だったか、突然で」


 少ししてから、ぽつりとイサクの方から尋ねた。

 何をと思い、まだ昨夜の話が続いているのだと気付く。


「嫌……という訳では、ない、と思います。驚きましたが」

「……別に俺だって、お前とどうこうなりてえって思ってない。お前の方は気にしてないだろうが、そもそも身分的にありえない話だ」


 身分云々の話は個人的に好きではないが、言わんとしていることは理解している。

 イサクの家も貴族の部類に入ると聞くが、五家と比べれば雲泥の差だ。五家の結婚は、基本的に個々の血筋の傍流や分家から相手を娶ることがほとんどだ。他所から選ぶこと自体、五家の存続を揺るがす原因になるとさえ考えられていると聞く。


 ユイ自身は、生涯誰とも添い遂げるつもりはない。そもそも、長くない命なのだ。短い生ならば、自身の夢のために費やすのが理想だ。


 それに、フェールディングの忌まわしき部分は、ユイの代で途切れさせたいと考えている。

 この身に受けた実験や、明らかに非人道的とも言える研究について、もはや詳しく知るものはフェールディングの中にユイ以外いないはずだ。その記憶や実験体となったこの血を、後世まで残したいとは露とも思わない。


 ──ここまで先輩に言うべきではない。


 昨夜のイサクの行為が、婚姻という話まで行く以前の行動であったと理解した。その上で、拒むことなく、それを受け入れている自分がいることも認める。

 だが、先のことなど誰も分からない。イサクのほうで、気持ちが変わらないとも言い切れない。しかし今ここで、これ以上の話を持ち出す必要はないだろう。


 ユイはイサクに頷き返し、「不本意ながらそうですね」と返答する。

 お互い思うところはいろいろあるが、双方の気持ちの整理はついてきたようだ。


「……とりあえず、私の早とちりがあったことは謝ります。すみませんでした」

「別に謝んなくていいぞ。そもそも、お前が色恋とかに疎いことを忘れて、やり逃げして混乱させたってのもあるからな」

「それは……そう、ですね。突然すぎる先輩が悪いですね」

「ほう、お前も言うようになったな」


 片頬を上げて笑うイサク。さすがに5年近くも共に過ごしていれば、多少の悪態もつきたくなる。


 ちょっとした軽口を交わし始めた頃合で、この話の落ちどころを悟った。

 それに、思ったよりも長く外で話していた気がする。あまり遅いと、寮長に怒られてしまうかもしれない。


「……そろそろ戻るか。ひとりで戻れるな?」

「子どもじゃあるまいし、平気です」


 会話をしたからか、ユイの中の疑問も解消され、いつも通りに接することができる。

 やはり、このままの関係性がいちばんしっくりくる──そう思いながら、途中まで2人並んで歩いた。


「あ、フレイン先輩には少しだけぼかして相談してたので、もしかしたら何か話をしてくるかもしれません」

「やっぱり何か話してたな? 早速今日の昼間に、あいつに追求されたんだが」

「え、もうですか? イサク先輩の名前は出してないのに……」

「変な勘はいいからな、あいつ。そのせいで、昼に寝ようとしてたのに、丸々潰されたぞ」

「それは……お気の毒様です」

「他人事みてぇに言いやがって」

「……えっと、それなら早めにフレイン先輩に話した方がいいですね。寮にいるのかな……。イサク先輩、フレイン先輩を呼んでもらってもいいですか?」

「今か? このまま呼びに行ったら俺まで巻き込まれる気が……」

「イサク先輩は同席しなくても大丈夫ですよ?」

「お前じゃなくて、フレインの方に引っ掴まれる気がしてんだよ。伝言蝶やるから、それで呼べよ」

「もったいないじゃないですか。それに、フレイン先輩が寮にいるとも限らないので、確かめる意味でも……」

「なおさら伝言蝶でいいよな? 本当に人の扱いが雑になってきて……」


 だんだんと口数が増えてきながら、結局2人は他所から帰ってきたフレインに見つかり、事の顛末を洗いざらい吐かされることとなったのだった。




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