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ユイ・メモワール  作者: 碧川亜理沙
5年生編
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行動の意味①



 ろくに眠りもしないまま、時間になり授業を受けに行くユイ。一睡もしていないので、眠気が襲ってくるのではと思いつつも、思考が別のところで働いているからか、昼になるまで眠気は一向にやってこなかった。





「……ちゃん? ユイちゃん、大丈夫?」


 至近距離で顔を覗き込まれ、ユイははっと我に返る。


「あ、はい。ごめんなさい、フレイン先輩。何か言いましたか?」

「いいえ。ただ……ユイちゃん、大丈夫? なんかさっきからずいぶんぼうっとしてるわよ」


 心配そうな表情で、動かしていた手を止めてユイを見やるフレイン。

 ユイは改めて謝り、大丈夫だとフレインへ返す。


 今日は2コマ目の授業が早く終わり、昼まで隠し部屋で休もうと思っていたところ、そこにはすでにフレインがいた。

 久しぶりにゆっくりとフレインと話す機会であったので、お互い作業をしながら他愛ない雑談をしていたところである。


 落ち着いた空気感で、少しずつユイのほうも寝不足により思考が遅くなってきた自覚はありつつも、時折どうしても意識が昨夜のできごとに移ろっていく。

 ユイ本人はさしていつも通りと装ってはいるが、はたから見たら心配されるくらいぼうっとしている時間が長いようだ。


 フレインは心配そうに気遣ってくれるが、それ以上踏み込んでくることはない。

 ここの人たちは、むやみやたらに事情を聞くことをしてこないので、ユイとしてはその距離感がありがたかった。

 だけど、今日ばかりは、珍しくユイの側から少しだけその距離感を詰めてみた。


「………あの、フレイン先輩」

「ん、なあに」

「あの、大したことではないのですけど……少し聞いてみてもいいでしょうか」


 ユイとしても、勉強のことなら遠慮なく聞けるけれど、さすがに今回ばかりは自身のことに関することなので、尋ねようとする姿勢にも多少の遠慮が入る。

 しかしこれ以上、ユイひとりで思い悩んでいても答えが出ないので、それなれば年上の先輩に頼るのが良いのではないかという結論へと至ったのだ。


 フレインの側もユイのまじめな雰囲気を悟ったのか、作業の手を止め、改めてユイと向き直る。

 ユイはどう切り出そうかと一瞬悩んだものの、率直に尋ねてしまったほうが良いだろうと結論付け、フレインへと切り出す。


「あの……異性が他者へキスをするのはどういう時なのでしょうか」

「…………はい?」


 一拍置いて、フレインの間の抜けたような声が上がった。

 ユイは抽象的だったかと思いつつ、言葉を選びながら話を続ける。


「えっと……その、異性同士のふれあいの一種ということは知っています。でも、それはどういった時に起こるものなのかと思って……。いろいろと考えてはみたんですけれど、いまいちピンとこないもので……」


 フレインも自分の想像の斜め上の質問に驚いたのだろう。

 話を続けるユイをいったん手で制し、自分の中で話を整理するように質問の意図を確認する。


「ちょっと待ってね……。つまりユイちゃんは、キスという行為がどういうときに行われるかを知りたいって話?」

「そういうことになりますね。それに、フレイン先輩なら何か知っていそうな気もしたので」

「いや、まぁ、知っているか知らないかでいえば、ユイちゃんよりは知っているでしょうけれど……」


 フレインはこの質問の内容をどうとらえるべきかを迷っていた。

 だがユイの表情を見るに、これが冗談や世間話といった軽い感じで聞いているように見えない。

 そうなれば、自分もそれなりの言葉をもって返答をするのが筋であろう。


「そうね……」とフレインはしばし考える。


「……まず、前提として、双方ともにお互いを好ましいと思っていないとできないでしょうね。苦手な人と接触するって、それなりの抵抗感があると思うし。あと、これは人によるかもしれないけれど、その場の雰囲気や状況も影響する場合もあるんじゃないかしら。さすがにどこかしこでするものでもないでしょう、キスって」

「なるほど……。あの、例えばですけど……不意打ちのようにすることってあるのでしょうか?」

「不意打ち? あー……どうかしら。あたしは経験ないけど、これも状況によってはあるんじゃない? 相手を驚かせたいとか、自分を意識してほしいとかそういう理由で」

「驚かす……」


 フレインからの返事は、ユイにはすぐにピンとくるものではなかった。

 そもそも、自身がその方面の話に疎いことは自覚しているので、先に理由を探し始めてしまうのもそのせいかもしれない。


「……あまりよくわからないかもです。でも、それならどうして──」

「あ? 珍しいな、2人そろってるなんざ」


 話に夢中になって考え事をしていたせいか、唐突に隠し部屋へとやってきたイサクの姿に、ユイは内心かなり驚いた。

 フレインは気づいていたのだろうか、さして驚いた様子もなくいつも通りに会話を進める。


「あたしは久しぶりに時間ができたからね。そういうあんたは授業ないの?」

「6年なんて決まった授業はほぼねぇだろう。研究の息抜きついでに、昨日取ってた本を戻しに来ただけだ」


 そういってイサクは棚の中に無造作に持ってきた本をしまう。

 そしてそのまま部屋を出ることなく、空いているソファにそのまま腰を掛けた。


「そういえば、イサク。あんた最近露店に並び始めた新商品のコーヒーはもう飲んだ?」

「なんだそれ。新しいのがあんのか?」

「そうなのよ。ちょっと気になってこの前買ってきたのよね。しまっておいたはずだから飲んでみる?」


 そういってフレインはソファを立ち、キッチンへと向かう。

 ソファには、ユイとイサクのみ。違うソファに座っているとはいえ、ここはさして広くない部屋。お互いの距離は、遠くはない。


 ユイはちらりとイサクの様子を見やる。

 特に変わったところはない。いつも通り、少し気だるそうにソファに体重を預け座っている。

 イサクのほうでも、そんなユイの視線に気づいたのか。ユイのほうへ視線を向ける。そのころには、ユイは不自然にならないように彼から視線を外していた。


「ユイちゃんも新しいコーヒー飲んでみる? 3人分ならぎりぎりありそうよ」


 フレインがキッチンから呼びかける。

 ユイは作業していたものを手早く片付けて、ソファから立ち上がった。


「私の分はいらないです。あの、フレイン先輩。私、そろそろ行きますね。調合は夜にでもやるので、そのままにしていて大丈夫です」


 それでは、と2人に声をかけ、ユイはそそくさと隠し部屋を後にした。




 その背後、ユイが部屋を完全に出ていったあとで、目ざとく何かを嗅ぎとったフレインが、イサクへと詰め寄っていたのは、また別の話である──。



 

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