生まれた日③
時間を忘れて、何も考えず、月を見ながら薬草酒を口に運ぶ。
月の位置がだんだんと変わり、ずいぶんと時間が経ったように感じてきた頃。
出入口のほうから、何やら音が聞こえてきた。
真夜中に隠し部屋に来る人は誰だろう、と自分を棚に上げて考える。
扉の開く音が聞こえ、杖で灯された明かりがユイの元までやって来た。
窓に向けていた視線を動かすと、ちょうど明かりの持ち主が部屋の中を満遍なく照らす。いきなりの明るい光に、ユイは思わず目を閉じた。
「……ユイか。明かりもつけずに、こんな時間に何してんだよ」
「イサク先輩?」
声色からして、やって来たのはイサクのようだ。
見知った顔に安心しつつ、ユイはゆっくりと姿勢を正した。
「先輩こそ、こんな時間にどうしたんですか?」
「朝イチで使う教科書が見当たらなくてだな。ここになけりゃ、誰かが持ってったんだろうけど……」
そう言って、ユイの座るソファの後ろに並ぶ棚の中を探し始める。
「部屋の明かり、つけましょうか?」
「別にいい。これで探せる」
杖の明かりだけを頼りに、イサクは棚を照らしながら探していく。本人が良いと言うので、部屋の明かりはつけないまま、ユイはまたぼうっと窓の景色を見やる。
「何飲んでんだ?」
さして時間は経っていないだろう。突然真横から声をかけられ、ユイは驚いた。
いつの間にか近くのソファにイサクが腰かけ、ユイが飲んでいた薬草酒のビンを手に取っていた。
「……探し物は見つかりましたか?」
「いや、俺のはないな。誰かの予備があったから、それを借りてくことにした」
「酒か?」とビンの中の匂いを嗅ぐ。そうだと答える前に、イサクはそのビンを傾け口に運んだ。そして、激しくむせ返った。
「お前……これ、薬草酒か?」
「そうです。あの、大丈夫ですか? 口直しに水でも飲みますか?」
「いや、いらない。……これ、ずいぶん苦味が強いし、酒も強いな。お前、酒飲めないんじゃないのか」
「飲めないことはないです。今まで飲まなかっただけで。……あの、そんなに苦かったですか?」
未だに険しい顔をして時おりむせるイサクに、ユイは思わず心配の声をかける。
確かに薬草酒なのだから、多少苦味が強いとは思いつつ飲んでいたが、イサクがむせ返りそうになるほどだろうか。苦いのが苦手というわけでもないはずなので、相当苦味が強いのだろう。
──おかしいのは、私?
自分の入れ物に入っている酒を口にする。確かに苦いが、いつも飲んでいる薬草茶より少し苦いくらいだ。
小さな違和感を覚えつつも、ユイは険しい顔をしたままのイサクに意識を向ける。
「顔、怖いですよ」
「いつもだろ」
「あの、やっぱり水飲んだ方いいですよ。それとも甘味の方がいいですか?」
口直しをした方が良いと思い、ユイは立ち上がってキッチンへ向かう。先ほどはいらないと言っていたが、さすがに後味が悪いのか、「どっちも」と返答があった。
ユイは水を1杯と戸棚にあった乾燥果物をいくつか持って戻る。
イサクはそれらを受け取ると、乾燥果物を口にしてすぐに水も飲み干した。
「……マシになりましたか?」
「あぁ……大分な。お前、なんてものを飲んでんだよ」
「そう言われても……。それにこれは、東の酒場から買ったものです。使っている薬草の種類しか見てなかったので、味は今日初めて知りました」
この酒は、所用で構内の東側にある娯楽施設などが集まる場所に赴いた時に購入した。使用されている薬草を見た上で買ったので、味については一切知らない。
薬草を使った飲み物や食べ物などを普段から口にしているからだろうか。買った本人にしてみれば良いものかもしれないが、他の人であればまず手を出さないくらい苦いものなのかもしれない。
これはひとりで処理しないといけないと思い、自分の入れ物に酒を注ぐ。
「ずいぶん飲むのな。酒豪か」
「今日くらいはいいかなって。それに……普段は飲みませんよ。体にいいものでもないですし」
「……そりゃそうだな」
イサクもユイの過去の一部を知った者のして、言外に言うユイの言葉の意味を察したようだ。
少しの間、他愛ない話を続ける。
「なんか、私ばかり飲んでますね。先輩飲もなにか用意しますか?」
「……いや、いい。そろそろ戻る。向こうで軽く飲んでたからな。そっちで飲むわ」
どうやら、既に彼も酒を飲んでいたらしい。
イサクが酒に強いことは知っているが、飲み過ぎに気をつけてということは伝えておく。
イサクはぞんざいに返事をして、立ち上がる。探しに来た資料を手に持ち直し、部屋を後にする。
「……ユイ」
それは、なんの前触れもなく、唐突だった。
ソファに座り直していたところで、出入口に歩いていったはずのイサクが、ふとユイの名前を呼ぶ。
はい、という返事と共に顔をあげると、視界に広がるイサクの顔。
唇に柔らかい物が触れて、離れる。一緒に、イサクの顔も離れていく。
「早く寝ろよ」と言い残し、イサクは今度こそ、部屋を後にした。
「………………え」
突然の出来事に理解が及ばぬまま、ユイはただ呆然とソファに座りこむ。
そして窓の外が白け始める頃まで、同じ姿勢のまま固まり続けていた。




