生まれた日②
それから数日──。
忙しくしながらも、実のある日々を送る毎日。
この日ユイは、いつも通り授業を終え、食堂で偶然会ったハンナたちと夕食を取り、ひとり寮の自室へと戻る。
上級生になって寮の場所が変わり、校舎からかなり離れた場所へと移動していた。部屋は相変わらず2人一部屋ではあるが、上級生にもなるとほとんどの学生が寮の部屋で過ごすことは少なくなる。それこそサークル活動をしている人は、学生棟の部屋に籠りっぱなしになる人も多いと聞く。
ユイの同室の人もその例にもれず、この部屋で見かけることはほとんどない。ユイ自身も、なるべく睡眠時は寮へ戻るよう心掛けているが、最近は隠し部屋で一夜を明かすことが多くなってきている。
なので今日も、実に2日ぶりに寮の自室へとやってきていた。
部屋には同室の人の気配はない。むしろ2日前と何も変わっていないように見えるので、部屋に戻ってきていないのだろう。
ユイは簡単に部屋の掃除を済ませ、自学習を始める。
ただひたすらに勉強をすること数時間……。
ふっと集中力が切れたタイミングで、記憶時計を見る。そろそろ23時に差し掛かろうとしていた。
ユイは開いていた教科書等を片付け、寮を出る。
向かった先は、隠し部屋。
昼間とは違い、建物の明かりが消えた学生棟は、どことなく薄気味悪さを漂わせている。
ユイは杖先に灯りをともして、そんな暗い建物をいつものように歩いていく。
いくつもの扉を抜け、あっという間に隠し部屋へと到着する。
既に解いている魔法トラップをいとも簡単に捌いていく。
安全な内容まで進んだところで、ユイは強引に部屋のドアノブを回した。
本来は、きちんと最後まで魔法トラップを解かなければ、途中で酷い目にあったり、しばらくドアが開かないという自体になる。
しかし今回の魔法トラップはやや簡単な部類で、タイミングさえ掴めば途中でドアを開けてもたいした被害はない。そのため、ここ最近のユイは、最後まで魔法トラップを解くことなく部屋の中へと入っていた。
部屋の中は暗く、人の気配もない。どうやら誰もいないようだ。
部屋の明かりをつけることもせず、ユイは足元に注意して部屋の中へと進む。
いつもは空きっぱなしの窓が、今日に限っては塞がっている。そのせいだろう、夜であるけれどいつもより暗く感じていたのは。
ユイは魔法で、窓にはまっている木戸を取り出す。今日は雲ひとつない空模様が映し出されており、半月の月明かりが室内へと入り込む。
ある程度室内が明るくなったところで、ユイはテーブルの上の物を端にまとめる。そしてある程度スペースができたことを確認し、今度はキッチンへと移動した。
キッチンの棚の中に閉まっておいた、細長い植木鉢程度の大きさのビンを取り出す。その近くに封がしてある菓子類を見つけたが、さすがにこの時間から甘いものを食べるのは良くないと思い、断腸の思いで止めた。
ビンをテーブルの上に置き、近くのソファに深く座り込む。
記憶時計を確認すると、まだ24時まで少し時間があるようだ。
久しぶりに、ただぼうっと時間が経つのを待つ。こんなにも何もしない時間というのは、ユイにとってかなり貴重なことだ。
時おり小さく物音が聞こえるだけで、ほとんど無音の中、ユイはぼうっと窓の外の景色を見やる。
少しの間、何も考えない時間を過ごしていたら、いつの間にか24時を過ぎていた。
リラックスしていた体を戻し、ユイはテーブルに置いていたビンの蓋を開ける。ふわっと薬草と酒精の匂いが広がった。
キッチンからユイ専用の飲み物入れを持って来て、ビンの中身を注ぎ入れる。
8分目まで注ぐと、ユイはそれを手に持ち、窓の外を見ながら小さく掲げる。
「20歳の誕生日おめでとう、レイ」
離れた場所にいる同胞へと送ると、ユイはゆっくりその中身に口をつけた。
レイ──ユイにとって、いちばん近しい家族。彼の誕生日を祝うことは即ち、ユイ自身も祝うことと同義である。
アルコール独特の後味を口にしながら、ユイは無事20歳を迎えることができたことを感慨深く感じていた。
元々、フェールディングという旧家に生まれ、実験体として幼少期を過ごしていたため、この体は長くは持たないと言われていた。頑張って20歳を越せるかどうか。
もちろん、やりたいことを見つけてからは、なるべく長生きできるよう、様々な薬や治療を試みていた。だが、実験体として中身を弄り回された結果か、気休め程度しか効果は出ない。
少しずつぼろぼろになる体を、何とか薬で誤魔化し続ける日々。
そんな状況の中、怪しいと言われた20歳を迎えれたというのは、中々に感慨深いものである。
いつもなら誕生日を祝うということはしないのだが、さすがに今回ばかりは祝わずにいれようか。そう思い、数ヶ月前から準備していた薬草酒を片手に、ひとり静かに半月を眺めながら、滅多に飲まない酒を嗜んでいた。




