生まれた日①
最上級生が卒業するということは、必然的にそのほかの学年の人たちもまたひとつ、上に上がるということ。
そして、新入生が新たにやってくるということ。
構内のいたるところで桜の木々が咲き誇り、視線を下ろすと色とりどりの草花たちが小さく元気に咲いている。
そんなうららかな時分、ユイは朝から隠し部屋に引きこもり、育ている薬草たちの世話や調合を行っていた。
「ユイ先輩、見てください。植えていたキイチゴがこんなに取れました」
薬草を調合し終え、種類や効能ごとに仕分け作業をしていると、声を弾ませてミアや薬草部屋から戻ってきた。手には大きめのカゴを持っており、その中にはきれいな色をしたキイチゴがたくさん積まれていた。
「収穫までまだ先だって聞いていたけど……。促進魔法、うまくいったの?」
「は、はい! 自然用法で育てているほうはまだですけど、魔法で育てた分はここ最近で一気に実がなりました」
隠し部屋で育てている薬草は、主にフレインとユイで管理をしていたのだが、最近フレインが忙しく手を出せないため、代わりにミアと一緒に世話をしていた。
ミアは薬草等の知識は乏しく、一緒に勉強しながら管理をしているが、その過程でどうやら野菜や果物を育てるほうに興味がわいたらしく、1年の後半から薬草畑の一角を借りて果物を育て始めた。まだまだ実がなるものは少ないが、そのうちのひとつであるキイチゴがとうとう熟したらしい。
「こ、これ、乾燥果物とジャムにしたら皆さん食べますかね……?」
「食べると思うよ。それに、確か前にフレイン先輩がお茶に何かのジャムを入れて飲んでることがあったから、あれば誰かしら消費はすると思う」
「そうなんですね。それじゃあ、あとで作ってこようかな……」
どうやらミアは料理が得意らしく、ここ最近はたまに何かしらのおやつを作ってくることが多い。ユイは全くと言っていいほどできないため、尊敬するばかりである。
この隠し部屋のキッチンは、飲み物を入れるくらいしかできず、それにかなり狭いため料理をするには向いていない。そのため、ミアは校内にある共有の調理スペースでよく料理をしているのだそうだ。
「おい、ミア。それ何粒かくれ……。甘いものが食いたい……」
ユイとミアが話していると、今までずっと机の上の課題とにらめっこしていたガウルが苦しそうに手を伸ばしていた。
「い、いいけど、甘くはないと思うよ。ほかの甘いものでも用意する?」
「もう何でもいい……猛烈に甘いものを欲してる……」
だんだん集中力が切れてきたのか、ガウルは握っていたペンを置き、机の上に突っ伏してしまった。
「そろそろ休憩しようか。ガウルはどこまで進んだの?」
「地理学の課題はやったっす……」
「あと残りは4科目だっけ。レポート提出系が時間かかると思うから、あと2教科は今日中に終わらせることを目標にしようか」
「マジっすか……」
ユイの言葉に、ガウルの顔が辛そうにゆがむ。
ここのサークルのメンバーは、自分たちの成績を開示することに抵抗がない。というより、もともとフレインとイサク、ユイの3人で授業や自身の学習の情報共有を密にしていたので、何ができて何ができないのかはお互い認知している。
その延長線上で後輩2人の1学年の成績を確認させてもらったのだが……。
──まさか、ガウルがここまで勉強ができないほうだったとは思わなかったわ。
学年終わりの総合成績表を見せてもらった時は驚いた。そのほとんどの成績がD評価だったのだ。もちろん、中にはB評価やA評価のものも含まれていたが、総合評価がDという内容をユイは初めて見た。
探掘コースを視野に入れるのであれば、1年のうちからこの成績はかなりやばい。4年のコース選択では、1年から3年の成績の総合成績を加味される。総合科目はB評価であったのは幸いだが、それ以外の成績が低すぎると2年から頑張ってもコース選択で探掘コースに受かる可能性がかなり低くなる。
そのため、追加課題として出されている課題をこなさせながら、ユイがガウルの勉強を定期的にみることになったのだ。
当の本人も、さすがにこの成績はまずいと感じているのか、意外にも素直に課題を進めている。やる気があるのはいいことだが、ガウルの集中力が1度の勉強で持って2時間しないくらいというのは、いささか不安なところである。
一時の休憩を取ることになり、ユイとガウルは机の上に広げていたものを端に寄せる。その間に、キッチンに入ったミアが飲み物を入れてくれることになった。
「ユイ先輩はお茶にしますか? ガウルはどうする?」
「俺はコーヒーがいい」
「砂糖とミルクをたっぷり入れた?」
「…………おう」
「私はいつもの薬草茶で。自分でいれるよ」
「い、いえ、先輩は座って待っててください。あ、この焼き菓子だけ持って行ってもらってもいいですか?」
ミアがキッチンの棚から取り出した焼き菓子の袋を机越しに受け取る。中身はクッキーのようで、まだほんのりと温かみを感じる。
「ガウル、あなたの後ろの棚に使い捨ての皿があるはずだから、1枚取ってくれる?」
「皿っすね。了解っす」
「あれ……。ユイ先輩、これ何か分かりますか?」
ガウルの取り出してくれた皿にクッキーを移していると、キッチンからミアの尋ねる声がした。
視線を向けると、彼女の手には細長い植木鉢程度の大きさのビン。透過していないので、見ただけでは中身は分からない。
「……私が持ってきたものよ。ただの薬草酒だから、置いておいてくれる?」
「ユイ先輩の……? お、お酒、飲まれるんですね」
「飲んだことないわ、まだ」
ユイの返事に首を傾げながらも、ちょうど沸騰したお湯を慌ててとめるミア。
薬草酒のことはそこで忘れ去られ、3人はのんびりとひと時の休息を味わったのであった。




