卒業パーティー③
後輩たちを卒業パーティーのお供へと誘った日から、早くも数日──。
とうとう、7年生の卒業式の日がやって来た。
とは言っても、式に参加するのは卒業できる7年生と、お世話になった先輩たちの晴れ姿を見ようと集まる在校生たち。参加しない在校生は、いつもと変わらぬ日常を過ごすのであった。
ユイもそのうちのひとり。
今まで卒業式に参加したことはない。今日は日が迫ってきている魔法医療資格の試験勉強に費やしていた。
だが、今回は夜に開かれる卒業パーティーに招待されている。
夕方、辺りが暗くなり始めた頃、ユイはサークルメンバーと共に、大講堂前に集まっていた。
卒業パーティーは、この大講堂で開かれるらしく、先程からたくさんの人が出入りをしている。
「ドレスコードの指定がなくて助かりました」
「今年は特段設けてないみたいね。年によっては指定があるから、準備が大変だったりするのよ」
フレインやイサクから、年ごとに行われた卒業パーティーの話を聞く。しばらく団欒としていると、出入口の人の流れが緩やかになって行った。
「落ち着いてきたみたいだし、そろそろあたしたちも入りましょうか」
フレインの声掛けとともに、ユイたちは各々招待状を手に持ち、大講堂へと入っていく。
受付と思われる学生に招待状を手渡し、5人はメインホールへと案内された。
「わぁ……」
「すご……」
ドアを開けたその向こうには、思わず感嘆の言葉が漏れてしまうほどの豪奢なセットが揃い踏みしていた。
優雅な楽器たちの演奏が、程よい耳障りで講堂内を満たしている。その音楽に合わせるように、中央付近では数人の学生がペアとなり、静かにダンスを踊っている。
彼らから視線を両脇に移すと、そこには立食形式の食事スペースが設けられており、料理や飲み物を片手に、談笑する人たちが集まっていた。
「……貴族のパーティーみたい」
ユイは小さい頃、祖母に連れられ参加したパーティーを思い出す。その時の豪奢さには及ばないが、それでも雰囲気だけで行けば近しいものを感じる。
思わず零したユイの言葉に、「今年はこれでも大人しい方だぞ」とイサクが言う。
「年によっては、ここから景品をかけた魔法決闘や、全員参加の大食い対決なんてのもあったな」
「そ、そうなんですか? 今年はそういうのはないんですよね……?」
「サプライズとかはあるかもしれないけれど、今年はあくまで卒業生との語らいの場をメインにしているって聞いたから、大丈夫だと思うわよ」
フレインの言葉に、ミアがほっと息をつく。
確かに、周囲を見渡しても、複数人で集まって賑やかに談笑している姿しか見受けられない。今のところ、想定外となるようなことはないだろう。
「ここからは別行動ね」と言い、フレインとイサクは人の集まっている方へと先に向かっていった。
残ったのは、ユイと1年生2人。
「……私は誘ってくれた人に挨拶に行くけど、2人はどうする?」
小さくなりながらも、物珍しげに周囲を見回しているミアとガウルに問いかける。
2人はどうしようかと顔を合わせていたが、ミアが一緒についていっても良いかと尋ねてきた。
「えっと、ユイ先輩はエギル先輩に会いに行くんですよね? もしマール先輩が一緒にいるなら、僕少しお話したくて」
マールと面識があっただろうかと考えたが、本人が会いたいなら断る理由はない。
ガウルも一緒に着いていくということで、3人はそろって人混みの中へと入っていった。
「……いないのだけど」
ぐるりとひと通り、卒業生たちが集まっている中を覗いていったが、エギルとマールの姿は見当たらない。如何せん人が多いので、見落としている可能性も否めないが。
「いませんね……」
「招待状渡したから、てっきりいるものだと思っていたけれど」
「ちょうどどっかに行ってるだけかもっすよ?」
「それなら、もう少し待ってみようかな」
席を外している可能性も考えて、もう少し様子見をてみることにした。
時間も経ち、そろそろお腹もいい感じに空いてくる。ユイたちは、並べられている料理たちに舌鼓を打ちながら、たくさんの人が集まる講堂内をのんびりと眺めていた。
「あ、いたいた。探してたって?」
ほどほどにお腹も膨れてきて、美味しそうなデザートを吟味し始めた頃。
喧騒の中から、聞き覚えのある声が聞こえてきた。声の方を向くと、いつもよりきちんと制服を来たエギルの姿があった。
「探していたけれど、誰かに聞いたんですか?」
「あぁ、さっきイサクと会ってな。ユイが探してたぞって教えてくれたんだ」
どうやら先にイサクと遭遇したらしい。心の中でイサクに感謝しながら、ユイはエギルにお祝いの言葉を伝える。
「卒業おめでとうございます。仕事先も見つかったんですか?」
「おう、ありがとな。仕事先なぁ……とりあえず、目星はつけてみた。決めるのはここからって感じだな」
先日の話から、少しばかりは進展したのだろう。その辺はユイが口を出すことでもないので、頑張ってくださいと伝えるにとどめる。
「おっ、そっちは1年生か? 初めまして……だよな? まぁ俺は卒業してしまうけど、他の先輩たちとも交流していけよ」
エギルはユイの後ろに立っているミアとガウルきも声をかける。2人とも初対面ということもあるからか、どことなくぎこちなさを感じる。
「そうだ。エギル、マールはどこにいるか知っていますか? ミア……彼女が、マールに話したいことがあるようで」
ミアの代わりにユイが尋ねる。マールの姿も見つからなかったので、エギルなら何か知っているかもしれない。
「マール? まだ来てないのか? 俺が最後に話した時、先生に連れられて行ってたから、もしかしたらまだ離してもらえてないのかもしれないな」
どうやら、卒業パーティーには顔を出す予定ではあるらしい。だが、いつ頃になるのか、さすがにそこまでは分からないようだ。
「探して呼んでこようか? どこいるか知らないけど」
「い、いえ、そんな……! 先輩の手を煩わせるわけには……」
そのまま走っていきそうなエギルを、ミアは全力で引き止める。さすがに卒業生を使い走りに行かせるのは悪いと思ったらしい。
当の本人は気にしていなさそうだが、ひとまずその場に落ち着いた。
その後もしばらく話をしていたが、途中でエギルが他の学生に呼ばれて席を離れた。
1年生たちもずいぶん緊張が解れてきたようで、すれ違いざまに話しかけてくる先輩たちと和やかに話をしている。
ユイはそんな2人を横目に、人の輪の中からそっと抜け出し、人が少ない壁の方へと移動して行った。
「……ふぅ」
ある程度の人混みには慣れてきたけれど、長時間いるとなるとさすがに疲れる。パーティーはまだまだ続くようなので、ここら辺で息抜きが必要だ。
「ひとりで何してんだよ」
ぼうっと賑やかな雰囲気を眺めていると、いつの間にか近くにイサクがやって来ていた。
「休憩です。そういう先輩は?」
「人混みがうるさくなってきたから逃げてきた。……飲むか?」
手渡されたのは、おそらくテーブルから持ってきたであろうブドウのジュース。見た目はただのジュースだが、ほんのりと酒精の匂いが混じっている。
「それ、お酒ですよね? やめておきます。たくさん人がいる中で酔いたくないですし」
「あぁ、やめておけ。飲ませたら、後でフレインにでも怒られるしな」
初めからユイに飲ませる気はなかったようで、そのままイサク自身でぐいっとグラスを傾ける。
「あ、ユイちゃん! ちょっとこっちいらっしゃい。この前知りたがってた地理学について、うってつけの先輩がいるわ。イサク、あんたもこっちに来なさいな」
間を置かずに、今度は人の集まりの中から、フレインが呼びかける。近くにいる卒業生だろうか、その人の腕をがっしりと掴んで話さぬまま、こっちと手招きする。
「呼ばれてますよ」
「お前もな」
フレインの声がやけに通るので、少し離れていたところにいたミアとガウルも、フレインの傍に移動しているのが視界に入った。
卒業パーティーなのに、今のところろくに卒業生と絡んでいない。もっとも、知り合いが少ないというのもあるのだが。
「イサク先輩、行きましょう」
動く気配がなさそうなイサクを促し、ユイはフレインたちが集まる輪の中へと混じって行った。




