調査⑦
翌日の夕方。
5コマ目の授業終わりに報告があると伝言蝶を受け取り、ユイは授業後、指定された空き教室までやって来た。
すでに遮音魔法は施しているらしく、クリスティンはさっそく本題へと入った。
「結論から言うと、俺らに依頼された調査は、今日をもって終わりでいいとダンテの一族より申し伝えられた」
それは、思ったよりもあっさりとした終わりを告げる言葉だった。
「……えっと、長引かないのは嬉しいけれど、大した成果はないよね。それでも、終わっていいの?」
いちばんの成果といえば、昨夜の管理室のこととなるが、如何せん巻物を持ち出したり中身を写したりはできていない。ユイとクリスティンの見聞きしたことしかないが、さすがにそれを手がかりと呼ぶには根拠が薄すぎる。
クリスティンは、徐に制服のポケットから、1本の棒のようなものを取り出す。
「昨夜の件については、すでにハワード家を通して、ダンテの一族に報告済みだ。……と言うか、今日の昼過ぎ、突然ダンテの一族が目の前に現れて、そこで終わりを告げられたんだが」
「えっ、ダンテの一族が構内にいたの?」
「その様子じゃ、君のところには行っていないのか。あぁ、周囲に人がいない時とはいえ、さすがに驚いた」
突然現れたら、それは驚くだろう。だが1度ユイ自身も、構内でダンテの一族の姿は見かけたのだから、知らぬうちに出入りしていたとしてもおかしくない。
「家に送った手紙を読んで来たらしい。実に興味深い内容だと言われたよ。あと、昨夜の無謀に関しては、さすがにやり過ぎだと怒られた」
「それは……まあ、そうよね」
改めて思い返すと、ずいぶんと強行突破に出たものだと思う。しかも貴族の人間が、こそこそと夜盗のごとく動いているのだから始末に悪い。
過ぎたことを考えるのはやめにして、ユイは気になっていることを尋ねた。
「それよりも、ダンテの一族がわざわざ来たってことは、口頭だけでは証拠が薄いからってこと? あなたの記憶そのものを読み取りに来たと言うなら、現れた理由も分かるけれど」
さすがにクリスティンが書き記した報告だけでは物足りないだろう。しかも、物的証拠はひとつもないのだ。
いちばん手っ取り早いのが、相手の脳内の記憶を魔法で取り出して見ること。だが相手と直接対面しないといけないし、何より繊細な魔法技術が必要だ。相手の脳内の記憶を取り出す魔法を使えるほどの魔法使いは、はたしてどれほどいるものか。
しかしクリスティンは被りを振り、「これに興味を持っただけらしい」と、先ほど手に取った棒のようなものを軽く振る。
「さっきから手に持ってるけれど、ペンとか杖にはとうてい見えないけれど」
ペンと言っても先は尖っていない。
杖と言うには無骨すぎるし、何より長さが足りない。
ただの綺麗な棒と言うのに相応しいそれを、ダンテの一族がわざわざ見に来るのか。
「試験品としていくつか知り合いから貰ったものだが、この模様が入った箇所を魔素を込めて軽く押すと、そこで話している声を保存できるという代物らしい」
「声を、保存……?」
イメージがつかないユイに、クリスティンは実演してみせる。
「中に魔法陣が組み込まれているらしいが……。保存できる時間も長くはないと聞いたが、少なくとも体感30分は作動しそうだ。そして、もう一度ここを押せば保存が完了となるらしい」
「それでどうやって聞くの?」
「反対側の……これか。反対側をこうやって軽く引っ張ると、蓋のように外れる。その状態で、魔法を唱えたら聞こえるらしい」
そう言い、「解放せよ」と魔法を唱える。
少しして微かに雑音が聞こえ始め、『……に魔法陣が…………保存できる』と、先ほどクリスティンが話したと思われる内容が流れてきた。ところどころ途切れてはいるが、会話の流れからして十分に理解できる。
「これ……すごいわ。こんな魔法道具があるなんて」
「試作品と言われたが、十分すぎる性能だよな。実は昨晩、念のためにこれを持って管理室へ向かったんだ。あの時の会話も保存した。ちゃんとできているかは不安だったが、必要なところはちゃんと聞こえていた」
「なるほど。それを一緒に報告したのね。だからダンテの一族がわざわざ学校まで来たのだとしたら、納得がいくわ」
「これのお陰で、物がなくても、ある程度の手がかりとして信じてもらえた。逆に、買い取りたいと言われて困ったよ。作った本人の許可が下りたら、いくつか流すということで話は着いたが」
大変だったと、クリスティンの口ぶりから苦労が伺える。
とにもかくにも、これにてダンテの一族からのお願いは終了ということになる。
初めはどうなることかと思ったが、ダンテの一族が納得する手がかりは得られたのだろう。
「いろいろと大変だったけれど、無事に終わってよかった。ありがとう、クリスティン・ハワード」
「礼を言うならこちらもだ。それに案外、君ともゆっくり話せた。何せ入学式以来、ろくに話していないからな」
それを言われると、ユイとしては何も言えない。
入学したての頃は、いち早く知識や技術を覚えようと、他者との不要な関わりはいらないと考えていた。
だが、今となってみれば、一概に切って捨てるものではないと思う。
「あの時は……悪かったわ。今みたいな余裕もなかったし、ましてや五家の人として扱われるのが好きじゃなかったから」
「さすがにあの時は驚いたが、今となってはいろいろと合点がいくところもある。だが、多少は傷ついていたぞ」
改めてユイは悪かったと謝る。お互い本気で言っている訳じゃないので、この話はここで終わりとなった。
「じゃあ、俺はそろそろ行くよ。さっきから外で待ってるオーラの視線が痛いんだ」
ちらりとクリスティンは今日の出入口をみやる。
オーラとは、クリスティンの侍従ではなかっただろうか。
ユイも視線を向けると、誰かは分からないが、確かに人影の姿がある。
「教室に入ってくればいいのに」
「さすがに、ダンテの一族のことはあいつに話せないからな。今回の件はオーラはノータッチだ。まあ、さすがに突き放しすぎたから、そろそろ機嫌でも取ってくるか」
そう言って、ひと足先にクリスティンは教室を後にする。
去り際、一瞬だけ侍従がユイの方に顔を向けた。
軽く頭を下げてみたけれど、どうも彼はユイのことを嫌っているようだ。一瞬だけではあるが、その表情からして、好かれてはいないだろう。
「……小腹がすいた」
ダンテの一族の件が終わり一安心したからか、妙に空腹が気になった。それに時間的にも、そろそろ夕飯時である。
──みんな、いつものテーブルにいるかしら。
ふと、いつものメンバーを思い浮かべる。ここ最近、あまりゆっくりと会話できていなかった。
今日は久しぶりに、みんなと話したい。そう思いつつ、ユイも静かな教室を後にした。




