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ユイ・メモワール  作者: 碧川亜理沙
4年生編
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調査⑥



「真夜中に何をしているんだ。こんなこそこそと。まるで不審者じゃあないか」


 管理人が、管理室に備えてあるランタンに火を灯していく。部屋の中がぼうっと明るくなった。

 突然の明かりに、ユイたちはしばし目を瞬かせる。

 その時、一瞬だが、管理人の表情がぎくりと強ばった気がした。しかし再度の瞬きの後に見ると、その表情は、学生を窘める大人の顔をしていた。


「とりあえず、今手に持っているものをそこに置いて、こっちまで来てもらおうか」


 ユイとクリスティンは、それぞれ手に持っていたものを近くの机へと置き、棚から離れる。

 その様子を眺めてから、今度は管理人が先ほどまでユイたちがいた方へとゆっくりと歩き出す。


「全く……今時の学生は、夜中にこそこそと人様の物を漁るものなのか。君たち……4年生、かな。上級生にもなって、恥ずかしくないのか」


 つらつらと説教じみた言葉を連ねながら、管理人は先ほどまでユイたちが読んでいたものを手早く片付ける。


 あれらの羊皮紙の束が、根拠は薄いが、今のところ最も有力な情報だ。もう少し、中身を吟味したいところではある。

 だが、ここで管理人と事を荒らげるのは避けたい。

 日を改めるにしても、1度見つかってしまった手前、次からは警戒されるのが目に見えている。


 ──さて、どうしたものか。


 ユイは隣に立つクリスティンを見やる。

 彼もちらりとユイの方へ視線を向けたが、すぐに管理人へ視線を戻した。


「……単刀直入に聞きます。あなたは、昨今続いている、学生が魔石に憑かれる件に関して、何か噛んでいますね」


 あまりにも単刀直入すぎて、思わずユイはクリスティンを凝視する。しかもその口調は、疑念ではなく、半ば断定したような口振りだ。

 当の本人は、ユイの視線など知らぬの体で、管理人に視線を向けていた。


「……いきなり何を言い出すかと思えば。失礼だよ、君。証拠もないのに、人を疑うなど」


 一瞬の狼狽は見せたものの、管理人の言い分は最もだ。

 しかしクリスティンは、なおも言葉を続ける。


「課外行動中のできごとなんです。全員、転移扉を使うなら、ここを通る。あなたは転移扉を利用した人たちの記録は欠かせない。だけど、先ほど俺たちが目にした記録は、魔石に憑かれた人たちの経過を記したものでした。転移扉の管理人のあなたが、なぜその情報を記録する必要があるのか」

「……私が何を記録しようと、君には関係ないよね?それに、君たちは知らないかもしれないけど、ここの仕事は転移扉に関することだけじゃない。ほかの仕事の資料かもしれないだろう」


 クリスティンと管理人の言い合いが続く。

 クリスティンは、ずっと細い糸口から、管理人を怪しい位置づけとしているが、内容としては苦しそうだ。

 対して管理人の方は、クリスティンの言い分を否定し続ける。本当に関係ないのなら、管理人の言葉はすごく妥当なものだ。


 だけと、何故だろう。


 ──彼の方が、この会話を終わらせたがっている。


 何もやましい事がないのなら、ここは管理人の方が怒って然るべきだ。居心地が悪いのはむしろユイたちのほうであろうに。


 ユイは黙って彼らの口論を聞いていたが、話が一区切り着いたあたりで口を挟んだ。


「それでは、あなたの上司にその資料の閲覧許可を貰えれば、見せて貰えますか?」


 ユイの言い分は、正当なものだろう。本人がダメだと言うのなら、さらに上の人物にお願いするだけなのだから。


 だが、管理人はその言葉に明らかに狼狽えた。

 良いも悪いも返事がないので、ユイは言葉を続ける。


「もちろん、あなたの上司に断られたら、その時は素直に諦めます。だけど、許可がいただけるなら、その時は見せてもらえるんですよね? この手順であれば、正当性はありますよね」


 真夜中に勝手に管理室に忍び込み、記録を漁っていたユイたちが今更言えることでもないのだが、そのことは1度棚に上げて、本来の行動を語る。

 彼の上司が誰かなど知らないが、少なくとも常識を持っている人ならば、中身を見ずに反対などしないだろう。


 ユイだって、事を大きくするつもりはない。少しでも、手がかりが欲しいだけなのだ。

 実際、この調査自体公にはしていないのだから、彼の上司にまで話を持っていきたくはない。しかし相手があまりにも怪しいという点と、この調査を長引かせたくないという気持ちから、反応を見る目的 として彼の上司の話を持ち出したのだ。 

 まさか、それが思いのほか、管理人に刺さるとは思わなかったが。


「……て、手順を踏むと言うなら、好きにすればいい。こっちだって、今日のことは話させてもらうからな」


 少しして、管理人が口を開いた。

 ユイもそれを止めるつもりはないので、ご自由にと言い返す。


 ここで一旦会話が途切れた。

 どうするかと言う意を込めて、クリスティンの方を見やる。

 彼の方もここを区切りとみたのか、ユイの方をちらりと見て頷いた。


「では、閲覧の件についてはそのように。……最後に、話を戻すようで申し訳ないですが、ずいぶんと詳細に魔石に憑かれた人の状態を記していましたね。他人に聞いたりしない限り、魔石の種類など知りようがないでしょうに。よっぽど優秀な鑑石能力をお持ちなんですね」


 半ば嫌味とも取れるような言葉に、向こうもさすがにむっとしたようで、

 

「さすがに失礼だぞ、君。それに、魔獣の魔石に憑かれたのなら、話を聞いたり様子を見ればわかるじゃないか。もちろん、私だって最低限の鑑石はできるつもりだが、そのくらいは一学生でも分かるだろう」


 さすがに大人といったところか。不機嫌な態度は残しつつも、感情を抑えた反論をしてきた。

 だが、自分の発した言葉には気づいていないのだろうか。

 クリスティンは表面上謝罪をしたが、さらに追い打ちをかけるように管理人へ言い放った。


「誰も魔獣の魔石に憑かれたなんて、一言もいっていませんよ。それに、今回の件も含めてですが、何の魔石に憑かれたのか、その話は最低限の人たちしか知らないはずです。この学校の人たちは、基本的にその話題は噂しませんし。それに魔石に憑かれるってことは、自分の能力の未熟さを示すことにもなります。憑かれた本人たちも、他人に言いふらすことないでしょうに……一体、誰に話を聞いたんでしょうね」


 その言葉に、管理人も自分の失言に気づいたようだ。反射的に口元に手を当てる。


 確実な証拠とはならなくても、管理人の怪しさはより一層増した。

 今回の依頼である手がかりを集めるうちのひとつの要素にはなりえるのではないだろうか。


 ──物的証拠が一番欲しいところだけれど……さすがに、これ以上は難しいかしら。


 そろそろ潮時かもしれない、と思いつつ、ユイはクリスティンへ声をかけようとする。

 だがその前に、管理人のくぐもった笑いが耳に届いた。


「だ、だったらどうした。私が何をしていても、君たちにはなんも関係ないだろう? それに私なんかよりも、君たち貴族のほうがよっぽどろくでもないことをやっているじゃないか。こんな平民に、ありもしない内容でいじめて楽しいか?」


 開き直ったというか、論点がずれたというか、管理人はユイたちを指さしながら、貴族へ対しての不満をつらつらと述べ始める。


「……失礼、どうやら話がかみ合わなくなってきたようなので、俺たちはここで退室させていただきます」


 さすがのクリスティンも、これ以上は話ができないと思ったのだろう。

 ユイに行こうと合図を送り、2人は管理室の出口へと足を向ける。



「……王家の傀儡ハワードと、親殺しのフェールディングが」



 さっさと管理室を退出していたらよかったのか。

 つぶやかれた管理人のその言葉を耳にして、ユイの足は止まる。


 ──まだ、いたのか。私の邪魔をする人が。


 ユイのことではないのかもしれない。

 しかし、その言葉を耳にして、ユイの思考はそれでいっぱいになった。


 管理室内の空気が、一瞬にして緊迫した。

 しまった杖を瞬時に引き抜き、その杖崎を管理人に向ける。

 魔法を唱え始めるその発声にかぶさるように、


「音を奪え(エイキ・ターラ)」


 ユイの杖先にクリスティンが身を割って入り、彼の魔法がユイの魔法を打ち消す。


「落ち着け、ユイ・フェールディング。君が彼をやったところで、何もありはしないぞ」


 ユイの視線は、腰を抜かして座りこむ管理人から、目の前に立つクリスティンへと向けられる。

 邪魔をするなと言いたいが、彼の魔法のせいで言葉が発せられない。


「重ねて申し訳ない。今度こそ退室させていただきます。夜分遅くの訪問、失礼しました」


 クリスティンは早口に管理人に退室を告げ、ユイの腕を取ってそそくさと管理室を後にした。





「……クリスティン・ハワード、手を離して。大丈夫、落ち着いたから」


 学生棟の近くまで来た頃、ユイは腕をつかみ速足で歩き続けるクリスティンへ向けていった。

 クリスティンのほうも、ユイの声色で冷静になったことを感じたのか、存外あっさりとその手を離した。


「……さっきは、ごめんなさい。危うくあの人を殺すところだった」

「学内で人殺しはやめてくれ。さっきの君はやりかねないところだったぞ」


 クリスティンもほっとしたように、息をついた。


 先ほどまで頭を占めていた思考は、まだかすかに残っているものの、今はだいぶ落ち着いた。

 あの瞬間、まだユイの将来の邪魔になる存在がいるのかと思い、すぐさま排除しないといけないという考えに至った。

 しかしよく考えれば、彼がフェールディングとかかわりがあるとも思えない。あの言葉も、ユイに向けられたものでないのなら、ここで彼を殺してしまうほうがデメリットが大きいのだ。


「……それで、本題のほうなのだけれど、これからどうするの? それなりに手がかりと言えそうな話はあったけれど、口頭だけだと証拠としては薄いわよね」


 ユイは話を戻す。管理人がきてしまうことは想定外ではあったが、それ以上に気になる話はたくさん聞けた気がする。だが、それをどうやって証拠としてあげていけばいいものか。


「それについては、おそらく大丈夫だろう。今日はもう遅いし、いったん解散にしよう。ダンテの一族への報告は、俺のほうから送っておく。また明日にでも、詳細について話そうか」


 今何時なのかはわからないが、少なくとも日付をまたいでかなり時間がたっているだろう。一区切りがついたからか、先ほどまで気にならなかったが、突然全身を疲労が襲い、だんだんと眠気も迫ってきていそうだ。


 いろいろと聞きたいことはあるものの、ユイはクリスティンの提案に賛成し、また明日にでも話し合う時間を設けることで、その場はお開きとなった。




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