ダンテの一族⑥
その部屋は窓がなかった。
明かりも今どき珍しい蝋燭を使っており、背後のドアが完全に閉まると、何ヶ所かに置かれた蝋燭の明かりだけがぼんやりと室内を照らした。
こちらは寮の自室より少し狭いくらいの広さだ。だが、中央に置かれたソファ以外の物がほとんどないため、広々とした印象を与える。
そんな部屋の中央に、唯一の家具であるソファが置かれている。
そして、そこには人がひとり座っていた。
「久しぶりじゃのう、フェールディングの」
長くウェーブがかった赤茶色の髪が、蝋燭の明かりでより一層赤く見える。
まだ若そうな見た目だが、その声色や口調、こちらを見る眼差しにはそれ相応の年月を感じさせる。
ユイはゆっくりと、その場に膝をつく。近くにいるフランも同様に床に膝をつく。
この国で足を折るのは、王族の他に目の前の一族だけだ。
「ご無沙汰しております。……ダンテの一族」
ダンテの一族。
今やこの名を知るものは、五家の一部の者以外いないのではないだろうか。
ダンテの一族は、元は王家の影武者を勤めた者たちの総称である。
はるか昔、アークレイリ王国が建国する前の、別の地に王家があった頃から、ダンテの一族は密かに王家の影として歴史を歩んできた。そして時には、王家の代弁者とし、それ相応の権力を持つこともあった。
それはアークレイリ王国初代国王が、この地に建国してからも変わらない。
しかし刻が経ち、世の中が平和になるにつれ、ダンテの一族の役割は徐々に減って行った。王家を狙う敵が圧倒的に少なくなってきたことと、王の身辺を護る魔法騎士団がかなり優秀に育ってきたからだ。
今から約500年ほど前。
当時の王は、ダンテの一族に告げた。
『永らく仕えてくれた感謝する。だが、時代は変わった。ダンテの一族ぞ、これを以て影としての役目を解こう。今後はいち王国民として過ごしていくが良い』
こうしてダンテの一族は、王家の影武者という役割を解かれた。
だが、納得していたのは王族のみ。
静かに王宮から離れるダンテの一族を、当時の五家当主たちは引き止めた。
『王はあのように仰っているが、我ら五家は、ダンテの一族の存続を望む』
『これは王家は預かり知らぬこと。五家と、ダンテの一族との密約である』
『どうかこれから先も、王家の影として、我ら五家と共に王家をお護りいたそうぞ』
当時のダンテの一族も、なにか思うことがあったのだろう。
五家の当主たちと、その密約を交わしあった。
──確かその歴史があるから、ダンテの一族にも当主が代替わりした際は、伝えないといけないのだっけ。
ふと、つい最近クリスティンから聞いた話を思い出す。
内心では面倒くさいと思っていても、古くから続くことはそう簡単に止められることではない。こうして、双方が顔を合わせて代替わりを伝えることになるのだ。
「さて……手短にいこうかの。ユイ・フェールディングよ。そなたがフェールディングの当主と思うておったが、代わっておったと聞き及んだ。違いはないか?」
ダンテの一族は、前置きするでもなく、すぐに本題へと入る。
「はい、違いありません。フェールディングの当主は、ユイ・フェールディングから、こちらのフラン・フェールディングへと代替わりしてります」
「フ、フラン・フェールディングと申します」
「うむ、相分かった。今後はお主へと言伝などを送るとしよう」
緊張気味のフランの名乗りを聞くと、ダンテの一族は承諾の返事をした。そして、ご苦労であったという言葉とともに、これにて終いと言った。
「……え?」
ユイは思わず下げていた頭をあげた。
許しもないうちに顔をあげるのは無礼と承知のことだったが、ダンテの一族は特に気にした様子もなく「なんじゃ」と言い放った。
「何か話でもあるのか?」
「い、いえ……。その、あまりにもあっさりとした代替わりの報告だったもので……」
「昔は王宮での報告並に、格式張っておったと聞く。だが、時代は変わったのじゃ。今はそんな面倒くさいことはせんよ」
「そうなのですね……」
あまりにもあっさりと、ダンテの一族への報告が終わった。時間がかかるものだとばかり思っていたので拍子抜けだ。
話が終わったと言うこともあり、部屋を後にしようとすると、名指しでユイの名を呼ばれた。
「お主とハワードの小伜……クリスティンとか言うたか。あの者もここへ呼んでくるのじゃ。お主たちに話がある」
「私たちに……?」
リリヤではなく、ユイとクリスティンを呼びつけるとはどういう内容なのか。疑問に思いつつも、ひとまずその言葉の指示に従う。
フランともに部屋を出ると、ずっとドアの前で待ってたのだろうか、リリヤとクリスティンが出迎えてくれた。
無事に報告を終えた旨と、クリスティンを呼んでいることを伝える。
「……言伝があるとは伺っておりませんでしたが。何用か、彼の方は仰ってましたか?」
「いえ、何も。ただ話があるとだけ」
「そうですか……。名指しされている以上、従うしかありませんね。クリスティン、彼女とともにダンテの一族の元へお行きなさい」
返事をする本人も、突然の出来事に訝しみの表情をしている。
ユイとクリスティンがダンテの一族の話を聞く間、リリヤがフランに対しダンテの一族についてを話してくれることになった。
そちらの対応はリリヤに任せ、ユイは今度はクリスティンと共に、ダンテの一族がいる部屋へとまた戻って行った。




