ダンテの一族②
研究棟から学生棟へ移動する間、ユイは周囲がいつもより騒がしいことに気づいた。
そしてその原因の元は、学生棟が近づいてきたときに目に入った。
学生棟の外に、多くの学生が出ていた。そして一部は南東方面に連れだって向かっている。
気になって人々の隙間から南東方面を見てはいるけれど、これと言って変わったものは何も見えない。
不思議に思いながらも、学生の集まりから少し離れる。その時、ユイを呼ぶ声が背後から聞こえた。
「ミア、ガウル」
1年生コンビが声をかけてきた。彼らも気になってきたのだろうか。ガウルは興味津々に、ミアは困惑した表情で人の集まりを見ている。
「人が集まっているけれど、何かあったか知っている?」
「い、いえ。僕たちも隠し部屋へ行こうと思って通ったら、こうなってるのを見つけて……」
どうやらミアたちもこの集団の理由は分からないらしい。
だけどガウルは「さっき聞こえてきたんすけど」と前置きしていった。
「なんか、誰かが魔石に憑かれた……みたいな話が聞こえたっす」
「魔石に?」
もしガウルのいう通りなのであれば、この騒ぎようにも会得がいく。
そしてユイが研究棟に向かう間に聞いた救援信号や、先ほどのダニエルの慌てようも、その話を裏付ける理由になる。
──けれど、先生たちが出るほどとなると……重症なのかしら。
ユイはふと、1年生の頃の出来事を思い出した。
あの時はユイ自身も当事者であったが、課外行動中に魔石に憑かれた学生が発生した。そしてその学生の処置をユイやフレインたちとともに行ったのだ。
だがその時でさえ、先生たちが出てきた記憶はない。学生会が主導となって、ことの収拾にあたっていた。
「ユイ先輩……魔石に憑かれたって、大丈夫なんですかね?」
ミアが不安そうな声で尋ねる。
ユイは分からないといった。その学生の状態を見たわけじゃないので、なんとも言えない。それにもし重症だとしても、先生たちが出て行ったのであれば、処置は正確に行われるだろう。
しばらくユイたちは学生の集団の中に交じって様子を見ていたが、学生会の人たちが解散を伝えると、人々はまばらに散っていき始めた。
「……私たちも隠し部屋に行きましょう」
「……そうっすね」
「はい」
ユイたちもこれ以上ここにいる意味はないので、そろって学生棟へと足を向け始める。
その時、偶然視界にひとりの人物が映り込んだ。
ウェーブを描いたきれいな赤茶色の長い髪。ローブを着ていてその体躯は分からないが、ユイより身長は高く、すらりとしていそうだ。そして、遠目では分かりづらいけれど、きれいな顔をしていそうだ。
それだけ目立つ容姿をしているのに、周囲の学生は誰ひとり、その人物に視線をやらない。
まるでその人だけ認識していないような、そんな感じだ。
ユイはその人物を視線で追いながら、「どうしてダンテの一族が……」と無意識につぶやく。
つぶやいたのち、ユイはぴたりと足を止めた。
その言葉が、忘れていた記憶の糸を引っ張り始めた。
──……ダンテの一族。そうだ、なんで忘れていたの。
その言葉を聞いたのは、おそらく片手で数えられるほどだろう。
だが、それはとても大事で、できれば忘れるなと言われていた言葉でもあった。
「ユイ先輩? どうかしましたか?」
突然立ち止まったユイを不審に思ったミアが、振り返り尋ねる。
「……急用を思い出した。悪いけれど、これを隠し部屋においててくれる? 2人は先に戻っていて」
「え、あ、はい」
「わかりました」
ミアに持っていた荷物をすべて預け、ユイは先ほどその人がいたであろう場所へ小走りに向かう。
少し視線を外しただけなのに、その赤茶髪の人物の姿は、もう見えなくなっていた。
「どこへ行ったの……」
少しの間、まだ人が集まる学生等周辺を探してみたが、ついにその人物は見つけることができなかった。
ユイは一度立ち止まって考えこむ。
見間違い、というわけではなさそうだ。いくら目が悪くなってきたといっても、あれだけ目立つ容姿をそうそう間違えるわけない。おそらく、もうこの場を去ってしまったと考えるのが妥当だろう。
そして、ダンテの一族とはできれば早々にコンタクトを取りたい。これはユイひとりの問題というより、フェールディング家として、今後に関わってくるからだ。
──さっきの人と、どうやって会えばいいのか……。
つまるところ、その方法さえわかればいいのだ。
だが残念なことに、ダンテの一族は、五家の人間しか知らない。しかも全員知っているかと言われれば、否だろう。現に、フェールディング家ではきっとユイしか知らない情報のはずだ。そういうユイも、すべてを知っているわけではないのだが。
悩んだ末に、ひとり、知っているかもしれない人物に思い当った。
頼らずに済むならそれでよかったのだが、現状そうも言っていられない。コミュニティが少ない中で、唯一ユイが頼めそうな相手は、ひとりしかいないのだから。
「……背に腹は代えられないわね」
覚悟を決め、ユイはその人がいるであろう場所に向かって足を進めた。




