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ユイ・メモワール  作者: 碧川亜理沙
4年生編
71/72

先輩③


 最後の授業が時間通りに終わり、ユイは食堂から夕食分を小皿にとりわけ、そのまま隠し部屋へと向かった。

 今日は新たに出た課題以外は全て終わらせてあるため、自分の時間が多くとれそうだ。


 ──そう言えば、この間芽が出たやつ、実験用と使うようで分けておかないと。


 これからやることを頭の中で組み立てながら、ユイは学生棟へと入り、すいすいとドアをくぐって行く。


 隠し部屋へと着き、ドアノブを捻ると、ガコッと床が消えてなくなる。

 ユイは手に持つ小皿に注意を払いながら、苦もなく地面へと着地する。上を見上げると、少ししてから何事もなかったかのように、頭上に床が現れた。


 ──いつ見ても、魔法トラップの仕組みが分からない。


 3年ほど定期的に変わるここの魔法トラップと格闘しているが、無事に解除できたとしても、何故そのように作られているのかが全く分からない。

 一時期、本気で魔法トラップの解読を試みたが、ひと月と経たないうちに断念した。


 いずれ誰かが、この学生棟の魔法トラップの謎を解くだろうと思いながら、隠し部屋の中に進んでいく。


「あ、ユイ先輩。お疲れ様です」


 先客がいた。

 課題でもしていたのだろうか、テーブルの上に広げられた教科書から顔を上げたミアが、ユイの姿を認めるとすかさず立ち上がって挨拶をした。

 今日はまだ彼女しかいないらしく、ほかに人の姿は見当たらなかった。


「早いね。授業がなかったのかな」

「あ、はい、そうなんです。でも課題がたくさんあって……。図書館に行ったんですけれど、フリースペースがほとんど埋まっていたので、ここで課題をしていました」

「フリースペースが埋まることってあるのね……」


 図書館には、場所の予約を取らなくても利用できるスペースがいくつかある。

 いつもどこかしらは空いているイメージだったため、埋まっているという話に驚いた。


 ユイはキッチンに小皿を置くと、いつものように飲み物の準備に入る。

 ミアにも何を飲むかと尋ねると、自分が入れると返ってきた。キッチンにいる自分が入れたほうが早いからと言うと、申し訳なさそうにソファに座りなおした。


 ミアの分の飲み物も準備し、ユイはテーブルのほうへと移動する。


「……課題は順調?」


 ミアの手元にある課題をちらりとのぞきながら尋ねた。


「あ、そうですね……。今回のは教科書を見ながらなら書けるので問題ないです。それにしても、記述式の課題って多くないですか? こういうものなのでしょうか?」

「1年生は座学中心だから、多く感じるのかもしれないね。でも学年が上がっても、記述式の課題は結構あるから、今のうちに慣れておくほうがいいよ」

「そ、そうなんですね……」


 大変だとつぶやきながら、ミアは手元の課題へ視線を戻す。

 その向かいのソファに腰を下ろして、ユイは食堂から持ってきた小皿の料理を食べ始める。


 少しの間、ミアのペンを走らせる音と、ユイの租借音だけが聞こえていた。



「……ミアに聞きたいことがあるのだけれど」


 ユイが声をかけたのは、ミアのペンの手が完全に止まった時。

 唐突の切り口に、ミアは何でしょうと恐る恐る聞き返す。


「サークルに入ってしばらくたったじゃない? ミアは何かしたいこととかあったりする?」

「したいこと……ですか?」

「そう。今5年の先輩たちは忙しそうだから、全員で活動は難しいけれど、したいことがあるならやっていこうと思っているの。一応、雪が降る前には山登りにはみんなで行きたいけれど、それ以外に何かしたいことがあれば教えてほしい」


 ユイは率直に、何をしたいかを尋ねることにした。


 アスクルに相談したり、いろいろと考えてみたりしたが、どうやら自分は相手が何を求めているのかを察するのが苦手らしい。


 ユイが1年生の時は、もともとやりたいことが決まっていたし、なにより先輩たちの進むべき方向と似ていたこともあって、結構自由にやらせてもらっていた気がする。それに、これをやろうと決めるのも全員の意見が一致することが多いから、活動をするにもさして困ったことはなかった。


 ──ユリとルームメイトになった時も、結局何をしてほしいかを彼女に聞いたものね。率直に聞いてしまったほうが、今後の方針は決めやすいわ。


 ユイの質問に、ミアは困ったような顔をして視線をうろつかせる。

 難しい質問をしただろうか、と思いつつも、ユイは黙って彼女の返事を待った。


「……あの、すみません。すぐに、これをやりたいって言うのは、まだ出てこなくて……」


 ようやく出した答えは、とてもあいまいで、不明確なものだった。


「なんでもいいのだけれど。自分のとっていない授業の内容を勉強したいとか、資格を取得するから勉強を教えてほしい……とか」


 思い浮かぶ例えを示してみたけれど、ミアの反応は鈍い。

 やりたいことがないといわれると、ユイとしても1年生たちとどうやって接していこうか逆に悩んでしまう。簡単なものでも、何でもいいから出してほしかった。


 そんなユイの心境を知ってか知らずか、ミアはまた謝った。


「あの、本当にすみません……。もともとあいまいな動機でサークルに入ってしまっているから……。これから何をしていくか、何をしたいかって、まだ全然イメージつけれなくて……」

「別に謝ることではないけれど。……本当に、何もない?」

「……はい、すみません。ガウルだったら、何かあるかもしれないですけれど……」

「そういえば、彼はまだ来ていないよね。学校ではよく話したりしないの?」

「いえ、そもそも同じ授業をあまりとっていないみたいで、教室で見かけることが少ないんです。ガウルとは基本、ここでしか話していないですね」


 確かに、ガウルは割と自分の意見ははっきり言うように見えた。時折あまり考えていないような発言をすることもあるが、だんまりされるよりは全然いい。

 あとで彼の意見も聞こうと思いつつ、ユイはミアに対して何でもいいからやりたいことを見つけるように言う。


「正直に言うと、私は周りの人が何をしてほしいと思っているのか、察するのが苦手。だからやりたいことがあったらはっきりと言ってほしいの。私も自分でできないことがあったら、みんなに言うわ。できる、できないは、話した後に決めるから、話す前にそこまで悩む必要はない。だからミアも、自分がやりたいことがあるのなら、それを優先してできるよう、相談できるようにしてほしい」


 ──お節介すぎるだろうか?


 説教じみた言い方になってしまったかもしれないと、いい終わった後に思い返す。だが、話した内容は事実なので、いずれは伝えていたかもしれない。


 ミアは根が真面目なのか、ユイの話を真剣に聞いて「頑張ります」と返事を返す。


 こういう時の空気の切り替え方法をユイは知らない。

 だから突然、出入口の方から鈍い音と、情けない悲鳴が聞こえた時には、驚きつつも内心ありがたいと思った。


 ミアと2人で出入口の方へと行くと、おしりを押さえながら、壁づたいに立ち上がるガウルの姿があった。


「えっと……落ちたの?」

「昨日もこのトラップは見ていたよね?」

「わ、忘れてたんす! いってぇ……変なとこ打っちまった」


 若干涙目になっているガウル。ひとまず、問題なく歩けてはいるので、ひどい打撲程度だろう。


「打撲に効く軟膏でも渡そうか?」


 部屋に戻りながら、ユイが尋ねる。


「いえ、平気っす。大丈夫です。これくらい、数日たったら治ります」

「そう? 欲しくなったら言って。確かまだ在庫は残っているはずだから」


 そう言いつつ、ユイは薬草や薬を置いている棚に近づく。

 この棚は主にユイとフレインで管理している。ある程度整理はしているつもりだが、ここ最近どちらもこの棚には手をつけられていないため、作りっぱなし、使いっぱなしのままだった。


「……ここにあるのって、全部先輩たちが作っているんですか?」


 気になったのだろうか、ミアがひょこりとユイの隣にやって来る。


「そうだよ。私とフレイン先輩でね。……2人とも、今から時間ある? この薬草棚を整理するついでに、何があるかを教えておきたい」

「これ……全部っすか?」


 唖然とした表情のガウルに、ユイは頷き返す。

 思いつきの話ではあったが、彼らにもこの部屋の備品について知ってもらういい機会なのかもしれない。


「結構あるっすよ……今日中に終わるんすか?」

「多分。あ、ガウルは体痛いなら、座って仕分けしててもいいよ。もしくは、リスト作成」

「や、俺はそういうの向いてないんで、動きます」

「あ、なら僕がやってもいいですか? リストは……羊皮紙にでも書きます」

「元リストがあるの。ちょっと待ってね、探すから。それを比べながら、整理して欲しい」

「ユイ先輩、ここらのを全部テーブルに持っていけばいいすか?」

「そうだね。あ、先にテーブルの上のものをどかそう」


 3人でわいのわいのと言いながら、唐突に薬草棚の整理を始めていく。


 未だにユイは、後輩たちとの接し方に悩むこともあるのだが、この共同作業で、少しだけ2人との距離が縮まったかもしれない。

 思ったよりも長時間作業となっていったが、ユイたちにとって充実した時間となっていった。




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