後輩⑤
1年生2人を帰した後、ユイは彼らの名前を聞き忘れたことに気づいた。また明日、来てくれるということではあるので、その時に確認することにしよう。
それよりも、今はフレインやイサクと話がしたかった。
今日これから隠し部屋に来るかはわからないが、とりあえずユイは室内で先輩たちを待つことにした。
どのくらい時間が経ったのだろう。
ガチャリと入り口のドアが開く音がして、ユイは読んでいた教科書から視線をあげた。
本日分の薬草の世話を終え、それでも先輩たちが来る気配がなかったため、明日の授業の教科書を読んでいたところであった。
「あれ、もしかしてユイちゃんいるの?」
やってきたのはフレインだった。
長い髪をアップに結わえたフレインは、中に入るなり驚きの表情でユイを見やった。
「びっくりした。鍵がかかってたから、まさか人がいるとは……。もしかして、何か用でもあった?」
「用は一応ありますけど……。でもフレイン先輩たち、忙しいですよね? こんな夜中まで……授業ですか?」
「今度複数チームに分かれて、探掘実習があるの。その顔合わせや話し合いが長引いちゃってね」
その表情には、少し疲労の色が見える。
ユイは立ち上がり、何か飲むかと尋ねる。フレインはぬるめの薬草茶を所望した。
2人分の薬草茶を用意して、ユイはフレインがいる机の上へとお茶を置く。
「イサク先輩も忙しい感じですよね?」
「実習あるのは同じだけど、違うチームだからね。あいつが今何をしてるのかは、分からないわ。用事ってイサクに?」
「あ、いえ、どちらでも構わないんですけど……」
先ほどまでは相談したいと思っていたユイだが、先輩たちの忙しさを思うと、こんなことで時間を取らせるのは悪いと思えてきた。だけど、自分一人で決めてよいものかという思いもあり、なんとも複雑な気持ちだ。
そんなユイの心情を知ってか知らずか、フレインは話を聞く体制に入った。
もう夜も遅い時間なので、明日でもといったが、話せるうちに話したほうが良いと返された。
それ以上の反論は言えないので、ユイはなるべく端的に、今日来た1年生たちの話をフレインに話して聞かせた。
一通り話し終えた後、フレインは少し悩むそぶりを見せた。だがすぐに結論を出したのか、ユイに向かって提案する。
「話は分かったわ。そのうえで……今回の話、あたしはユイちゃんに決めてもらったほうがいいと思う」
ユイは戸惑った。そもそもユイひとりで決めかねた内容だったので、フレインたちに話を聞いてもらおうと思ったのだ。それなのに、ユイに決定権がゆだねられるなど、誰が思おうか。
「……あの、どうして私が決めたほうがいいんですか?」
「今後のことを思ってよ。これから先、新しく人が入るとなると、いちばんかかわることが増えるのがユイちゃんだと思うのね。あたしたちもできるだけ参加はするけど、思ったより授業や課題が大変でね。話は聞いてあげれるけれど、最終決定はユイちゃんにお願いしたいな」
なるほど、彼のいうことも一理ある。
最近、フレインとイサクは、授業がある日はあまり隠し部屋に来ていないようだ。休日にやってきても、課題をこなしている姿をよく見る。ユイが4年に上がってからは、課外行動はまだ一回も行っていない。
もちろん、ユイも今までに比べれば忙しい状態ではあるが、先輩たちよりはまだ時間に余裕があるのかもしれない。
「……でも、イサク先輩は大丈夫ですか? 私がここに来たばかりの頃も、しばらくの間結構不機嫌そうな感じだった気がするんですけど……」
「イサクのことは無視していいわよ。あいつは自分のテリトリーにあまり他人を入れたがらないだけだから。慣れればなんてことないし、サークルなんだから、人が増えて当たり前でしょう」
ユイの心配事は、フレインの言葉で次々に打ち返されていく。
あとはもう、ユイ自身の決定権の責任しか残らなくなった。
「……本当に、私が決めていいんですか?」
「くどいわよ、ユイちゃん。あなたが決めたなら、あたしもイサクも、別に反対なんてしないわ。それに正直ね、同じ同志が増えるならよかったって思うの。だって、3年近くもこの3人で活動してたのよ? 将来的なことも考えると、人を増やしたほうがいいんじゃないかって内心じゃ何度も思ってたもの。ここらへんで新しい空気を入れるのも悪くないわ」
フレインの内心を少し聞いて、ユイは考え込む。
このサークルの方針は、変わっていない。そう考えると、ずっとこの3人だけで進めていくのも悪くはないが、新しいことをするとなった場合、人数的に不安は残る。
だが、そう聞いても、ユイに決定権が委ねられるのは不安なものだ。1年生たちの話を聞いたが、ユイたちの方針と近いかと言われればそうではない。
「……もう少し、話を聞いて、ちゃんと考えてみます」
自分が決めるのであれば、慎重になって決めるべきだ。
正直、1年生たちの話を聞いたあとは、このサークルの趣旨から外れるような感じがして、すぐに答えが出せなかった。
だがフレインの話を聞いて、その考えはなくなった。趣旨がずれたからと言って、将来的にそれが吉と出るか凶と出るかは分からない。多少の方向性の違いは、飲んで汲むべきなのかもしれない。
真剣に悩み始めたユイに向かって、フレインは苦笑しながら言う。
「まぁ、そんなに気負わなくてもいいわよ。別にユイちゃんが決めたことに、あとから文句なんて言わないし。自分の直感を信じなさいな」
明日は授業終わりに来れたら来るというフレインの言葉に、ユイは内心ほっとして頷き返した。




