第六話
どうしよう。
どうしよう。
どうしたら。
事態は考えていたより深刻かもしれない。
ラーディンは、今誰かの命令を受けて動いている。
今回は口先三寸で誤魔化し撃退したけれど、次は見逃してもらえないだろう。
ゼン様が危ない。
あいつはゼン様が私に指示を出して、自分の事を調べて回っていると思っているから。
「急がなきゃ・・・」
最悪の事態になる前に手を打つ。そのためには情報がいる。
私は外周街から貴族街にあるユーリウス邸まで、人目を避けながらひたすら走った。
「あの、ゼン様・・・それで、何故私達はここにいるのでしょう?」
またもや深夜。
しかも今度は外周街の治安が悪いことで有名な裏街道の東通。
目立たない地味な恰好をした私とゼン様は、狭い建物と建物の間でこそこそと身を隠していた。
「静かに。今夜ここを通るはずだ」
「一体何方が?」
「赤い糸で結ばれた運命の人が」
ダウトォォォーーーーッ!!!!
ちょっと、ちょっと、数行前のシリアスな前振りを返して下さい。
私、ゼン様のために目茶苦茶頑張ろうとしていましたよね!?
それなのに、ぴっと小指を立てて、どや顔をしないで下さいよ!
何?何なの?何でうちの主は空気を読めないの。
「ら、ラーディンのことはもう宜しいのですか?」
「過去は振り返らない。俺はもう新しい恋に向かって走り出している」
ゼン様の中で終わっていても、奴の中では今も確実にホットな話題だと思います。
「前向きな姿勢は男らしくて結構なのですが、新たな恋に走る前に過去の因縁を清算致しておきませんと・・・」
「ふむ。確かにストーカーに成られても厄介だな。分かった、今度奴を見かける事があれば斬り捨てておく」
ゼン様の頭の中でどんな脳内変換が行なわれたか解りませんが、大変頼もしい台詞を頂きました。
最悪これなら油断していた所を、後ろからグサリ・・・なんて事態にはならないで済みそうです。
「今夜俺の守護星座と太陽星が重なる。運命の天秤は東を指した。そう恋占いに出てた」
「『恋占い』・・・そうでした。ゼン様の趣味の一つでしたよね。『占い』は」
「正確には『恋占い』だが」
人生初、男からの恋文の次は、運命の人ですか。
二日前の出来事が私の脳裏を過ぎった。
ゼン様の部屋に食後のお茶をお持ちした時、ゼン様は机の上に規則的並べられたカードを熱心に見つめていらっしゃった。
何か面白い結果でも出たのかなと、思ってはいたんです。時々カードを出して、占いの真似事をやっているのは知っていたから。
でも、まさか恋占いをしていたなんて・・・。
「忘れないうちに、マリアにコレを渡しておく」
そう言って、黄旨る私を完全にスルーしたゼン様がテキパキした動作で懐から取り出した物は、ピンク色の縄でした。
「・・・コレは?」
「縄だ」
「縄ですね」
受け取った縄は、色以外は至って普通の、人一人捕縛するのに丁度いい長さの只の縄。
同じ物がゼン様の手にも握られている。
ピンクの縄が2セット。
「今日のラッキーアイテムだ」
「・・・」
ラッキーアイテムですか。
「ちなみにラッキーカラーは?」
「ピンクだ」
ですよね。
主は縄で私に運命の相手なる人物を問答無用で捕獲しろと言うのだろうか。
渡された縄の意味を、悶々と考えていると、縄の強度を確かめていたゼン様がふと何かを思い出したように顔を上げた。
はいはい、今度は一体何でしょうか?
「そういえば、探し物は見つかったか」
「はい?」
「俺の書斎の机を開けただろう」
「!」
チラリとだけ向けられた視線に、肩が飛び跳ねるのを私は押さえることが出来なかった。
(ばれている)
夕方、無事ユーリウス邸に帰った私は無断でゼン様の部屋を捜索した。
ゼン様が受け取ったラーディン・クーアからの手紙を探して。
幼い頃から長年仕えているとはいえ、無断で主の部屋を物色するなんて、許される行為じゃない。
否、主従うんぬんの前に、人として恥ずべき行為だ。
(こんなに早く見つかるなんて・・・)
つい変態発言ばかりに目がいって、忘れがちになるがゼン様は優秀な人だった。
「首・・・ですか?」
首も覚悟の上での行動だったのに、動揺した心が声を震わせた。
「首?誰を・・・もしかして、マリアをか?何故?」
きょとんと、言葉の意味が理解できない幼子の様にゼン様が僅かに首を傾げる。
「何故って・・・」
首を傾げるゼン様に対して、逆に首を傾げる。
「俺は別に咎めているわけじゃない。マリアは必要のないことはしないからな」
「!!」
曇りの無い信頼の言葉に、私は真っ赤になって俯いた。
もの凄く恥しい。
そしてもの凄く嬉しい。
(暗くて良かった。絶対に耳まで真っ赤だ)
「俺の部屋に入室出来るのは父上か母上、執事長のトラントかマリアだけ。あれだけ侵入の形跡を綺麗に消せるのは、普段から身の回りの世話をしているマリアだけだ」
慎重さが逆に仇になったなと、完全に面白がっている主。
反則だと思う。
私の主で幼馴染のゼン様に私は時々こうして負かされる。
特殊な性癖のゼン様は、自分と同じ性別の男が好きで、空気をとことん読めない人で、乙男で、変態で変人だ。
でも私を絡め捕って離さない。
「それで見つかったのか?見つかっていなければ手伝うぞ」
「えっと、あの、はい。おかげ様で(?)見つかりました」
「そうか。で、それで俺は訊ねるべきか?一体何を探していたのか」
「・・・保留でお願いします」
「では止めておこう」
「ありがとうございます」
ゼン様の中で終わっているのなら、今更彼の話題を穿り返しても仕方がない。
もう少し情報を整理して、確証を得てからでないと駄目だ。
ラーディンがもし現れた時、一応は警戒心を持って対応してくれるのなら私からこれ以上言うべき事は無い。
コツコツコツ。
幾つか他愛の無い雑談をしていると、石畳を踏む音が夜の静寂を破った。
「(し。静かに、身を屈めて隠れろ)」
「(はい)」
(本当に誰か来た!)
建物とゼン様の体の間に隠される様にして身を縮める。
足音が二つこちらに向かって近づいて来ていた。
ゼン様曰く運命の人が・・・。
私は緊張でドキドキしながら縄を握り締めた。
願わくば女性でありますようにと祈りながら。
『!!』
月の光がタイミングよく人影を浮き上がらせる。
まるで本当に運命のように。
「え?嘘・・・ラーディン・・・と、まさか・・・クルーガー殿下!?」
意外すぎる人物の登場に思わず声が漏れた。
「誰だっ!誰かそこにいるのか!?」
(しまった!)
慌てて口を閉じてももう遅い。
(でもどうしてこんな所にクルーガー殿下が・・・)
月の光に照らされいるのは、城下に出回っている王族の絵姿と同じ顔。
間違い無い。
辺りを警戒するラーディンに先導されながら現れたもう一人の人物は、我が国エテルノ王国の第五皇子『クルーガー・ド・ツヴァイ・エテルノ』だった。




