第五話
結論から申し上げますと、ラーディンは現れませんでした。
延々待つ事合計14時間以上。
ものの見事にすっぽかされた私達は、東の空が白み始める前に帰宅。
ゼン様に完徹で一睡もしていないのだから、本日のお勤めはお休み下さいと申し上げても、首を横に振るだけで聞き入れてもらえず。
始終無言のまま、素早く朝食を済ませると制服に着替え登城されたのでした。
若干不穏な空気を滲ませながら・・・・。
「御可愛そうなゼン様・・・」
期待が大きかっただけに、さぞや残念だったでしょう。
お側を離れてしまうことに些か不安はありましたが、女の身では用事も無いのに職場まで付いて行くことは出来ません。
奴も他人の目がある城内で騒ぎを起こすことは無いでしょう・・・たぶん。
私的には当座の危機を回避出来たことに安堵しておりますが、主の気持ちを思うと胸が痛みます。
意味深な誘いをかけておいて、まさかのボイコットとは流石の私も読めませんでした。
もし私がムキムキのマッチョだったら、今直ぐラーディンを見つけだし、尻の穴から手を突っ込んで奥歯をガタガタ言わせてやるのに。
「役に立てなくて御免ねマリア」
「気にしないで、他を当るから。それよりクッキーご馳走様、キャロルの店のお菓子は評判がいいから、きっとゼン様も喜ぶわ」
外周街の表通りにある御菓子屋の裏手口。
申し訳なさそうに眉尻を下げる少女に、私は笑顔で貰ったばかりの包みを掲げてみせた。
私がキャロルと呼んだ少女の父親が経営する御菓子店は、庶民に手が届く比較的安価なお菓子から、金持ちを相手にした高価な御菓子まで幅広い客層の商品を扱っていて、毎月最低一つは新商品を発表する。目新物好きの貴族の中で密かに人気上昇中の店だ。
当てが外れ、ここに寄った本来の用件は解消されなかったが、発売前の新作のお菓子をお土産に持たされれば無駄足だったとは思えない。
「マリアの御主人様は本当に甘い物が好きなのね」
「以外と可愛いところがあるでしょう?でも秘密にしてね。私が喋ったって知られたら怒られちゃうから」
「あははっ、りょーかい。その代わり、気に入ってもらえるように売り込んでおいてよ!うちのお菓子が、ユーリウス家に卸されているって成れば、箔が付くからさ」
「ええ任せて」
私はニッコリ笑って、布石を打つ。
些細な事だろうと、外で主のプライベートを漏らすメイドは三流以下。
女の内緒の約束など蜘蛛の糸のように脆い。
あえて噂をばら撒き情報を操作するのが、一流のメイド。
隠れ甘い物好きの設定は、女の子に親近感を持たせるための技。
表情の変化に乏しく、口数の少ないゼン様は硬く冷たいイメージを持たれがちだ。
ギャップ萌えで、少しでも親しみ易さを上げておくことは、主のマイナスにはならないだろう。
「それじゃあ私もそろそろ店番に戻らなくちゃ。彼のことで何か分かったら教えるね」
「ありがとう。でも程々でいいから、彼氏に妬かれない程度によろしく」
「もう!マリアったら!」
またねと、別れて次の目的地に向かう。
このペースだと後3件は回れそうかな。
「・・・はぁ、ここもハズレ」
あれから4日、ラーディンは忽然と姿を消した。
何も言わないゼン様にそれとなく探りを入れてみてれば、例の一件の翌日から一度も城に出仕していないらしい。
無断欠勤を心配した同僚が一人暮らし用に借りている部屋に様子を見に行ったが、部屋は無人。大家さんに訊ねてみても何日も前から帰っている様子がないとか。
一体何処に行ったのか・・・。
私自身も何件か情報通の友人の元を訪ねて回ったが、収穫はゼロ。影も形も見当たらない。
実家に帰省している線は薄い。家との折り合いが悪くて軍人になったと、偶然本人の口から耳にしたことが有る。
失踪、誘拐、事件、事故に巻き込まれた・・・もしくは借金取りにでも追われている、とか?
冷たいかもしれないが、死んでいるならまだいい。死人は生者を脅かしたりはしないから。
生きて面倒な事件に巻き込まれているのなら、主絡みでなければ正直に言って関わり合いたくない。
(単純にゼン様の報復を恐れて、何処かに隠れているならいいんだけど・・・)
一度交わした約束を破ることを非常に嫌う主は約束を反故にした者に対して容赦がない。
理由如何によって、明日の朝日を拝め無いほどボコボコに制裁は下される。
まぁ、黙ってやられるほどラーディンも弱く無いはずだが―――。
―――え?
ザッと、黒い人影が現れたと思った瞬間、あっさりと路地裏に引き摺り込まれた。
「きゃっ!?」
もう絶対に考え事をしながら歩くのは止める!
どさりと持っていたクッキーが落ちる音が、遠くで聞こえた。
「おっと、悪いが大人しくしてもらおうか」
「っ!?」
捕らえられ、お決まりの台詞が耳元ど囁かれると、背筋がぞくりと泡だった。
(意外に良い声・・・じゃなくて!そう言われて大人しく従うとでも!?)
我武者羅に暴れてやろうと見上げれば、犯人と目が合う。
「「―――へっ?」」
驚いたのは私を捕らえた人物も同じだったようで、同時に間抜けな声が漏れた。
宵闇色の髪に瞳。“黒の雷”ラーディン・クーア。
ゼン様とは違った野性的な魅力を持つ顔の造作は整っていて、一度見れば忘れない。
探し人とのまさかのエンカウント。
「あなた!?」
「お前は『お見合い婆のマリア』!」
「ば、婆とは相変らず失礼ですね!せめて『愛のキューピットマリアちゃん』と呼んで下さい!というか、呼べ」
口を押さえる手の力が一瞬緩んだ隙に素早く外して文句を言う。
『愛のキューピットマリア』『宿木のマリア』
日々、主のお見合いをセッティングしては失敗のくり返し・・・お見合い回数が増すにつれて、夢砕かれ不幸になる女性が続出。
アフターケアーの一つとして別の男性を紹介したのが切欠で。
より良い嫁を求め、徹底的に相手の家柄、好み、性格、嗜好、趣味等を細かく調べ上げる私は、主が見合いに失敗する度、お詫びに豊富な人物データを元に相応しいパートナーを探し出しては、何組ものカップルを誕生させた。
気がついた時には、肝心の主は未だ未婚にも関わらず『愛のキューピット』の二つ名を頂戴していた。
「あんた前に会った時と性格変わってないか?」
「先日私の中でラーディン様の株が大暴落しました。よって公の場を除いて、今後ラーディン様に敬称並びに敬語は使用されません」
「・・・まぁ、いい。堅苦しいのは嫌いだしな。それより誰だか知らねえが、俺の居場所を聞いて回っているようだと思えばあんただったとはね」
「・・・」
「それで?何故コソコソと俺の周りを嗅ぎ回ってる?ゼンの野朗が何をあんたに命令した?」
「嗅ぎ回ってなんか・・・」
「いないとでも?」
「っ!」
逃げられない様に腰にがっちり回された腕が更に引かれ、ぐっとラーディンとの距離が縮まる。
一つの嘘も見逃さないためか、相手の息がかかるほど近くに覗き込まれ、不覚にも体の熱が増した。
夜の闇を溶かし込んだ色の瞳に、不安げな表情をした私の姿が映る。
早くなった鼓動を悟られたくなくて、必死にラーディンとの間に隙間を作ろうと腕を突っ張る。
今私達の体勢を第三者に見られたとしたら、きっと口付けを交わす恋人同士に見えることだろう。
・・・こいつと恋人同士。
―――冗談じゃないわ!!
「・・・く」
「ん?どうした、いまさら怖がったって・・・「臭い」
「・・・・・・・・・へ?く、臭い?」
「だ・か・ら“臭い”って、言ってるんですよ」
ぽかんとした表情のラーディンを見つめ、はっきり言う。
「体臭のことです」
アイロンどころか洗濯もしていないだろう皺の寄りまくった地味な詰襟に視線を投げ、大げさに眉を寄せてみせると、ビクンとラーディンの肩が跳ねた。
(かかった!)
「全体的に臭いです。悪臭がします。何日お風呂に入っていないんですか、せめて歯ぐらい磨いて下さい」
「ばっ、馬鹿野郎!俺だって好きで臭い訳じゃない!こんな命令がなけりゃあ、今すぐ家に帰って風呂に入りたいんだ!でも歯ぐらいは毎日磨いてる!」
4日ぐらいなんだ!と。
そう言いつつもやっぱり口臭が気になるのか、ラーディンは己の口に手を当て私から僅かに距離をとる。
「ええっ!?本当にお風呂に入ってないの!?しかも4日も!?」
弛んだ腕の拘束に目論みは成功したが、演技じゃなく本気でドン引いた。
「うるせー!軍事演習中なら一週間ぐらい軽く風呂どころ水浴びだってしないことがざらだ!」
「不潔!近づかないで!」
「なっ!?」
さらに二人の間に距離が出来た。物理的にも精神的にも。
「ち、違う!俺は不潔じゃないっ!!」
若い女性に生ゴミ扱いされたのが余程ショックだったのだろう、ついにラーディンはその場に膝を着く。
「お風呂に入ってから出直してきて下さい」
「・・・っ!」
止めにラーディンに触られた部分を掃う真似をすれば、この世の終わりの様な顔で崩れ落ちた。
「では御機嫌よう」
違う。俺は綺麗好きなんだ。本当に綺麗好きなんだ・・・とぶつぶつ何やら呟いているラーディンに背を向け歩き出しても、心が折れた彼が追ってくる気配は無い。
(彼の復活は風呂に入らないかぎり無理だろう)




