第四話
王都の貴族街を出て、外周街を少し外れた位置にある開けた丘。
上流階級のマダム御用達のお洒落なカフェテリアでもなく、税金をどっさりつぎ込んで整備された公園でも広場でもない。見渡すかぎり草、木、虫、草、木、虫、背後に岩、たまに蛇も出ます・・・の何もない所。
健全な若者の逢引にはまったくそぐわない、そんな場所に私達はいた。
―――2時間以上も前から。
「なかなかいらっしゃいませんね」
「そうだな」
「・・・待ち合わせの場所はここで間違いないのですよね」
「間違いないな」
「デートをするには些か斬新な場所かと思うのですが」
「人目に付かない場所で会いたいからと、この丘を指定してきたからな」
「・・・・・・はい?」
ヒトメニツカナイバショ?
ひとめにつかないつかいない・・・・
人目に!?
「ひ、」
「(火)?」
「ひひひひひ、人目に付かない場所ですってぇぇぇーーっ!?」
「!」
何考えているんですかっ!?
何のこのこと相手の誘いにのっているんですかっ!?
何でそんなに危機感がないんですかーーーーーっ!?
もし主の願望通り、ラーディンからのお誘いが正真正銘のデートの申し込みであれば、世間体を考え隠れてひっそり会うくらいおかしなことじゃないですよ!
なにせお互い成人していて、社会的に高い地位にいるのだし。
けれど、外で会って話しをしたり、連れ立って歩くくらい二人は同じ部隊に所属する同僚なのだから、取り立てて不自然ではない筈で。
それを態々こんな中心街どころか外周街から外れた森の奥に呼び出すなんて明らかに普通じゃない。
怪しい。怪しすぎます。
もう、これでもかって云うほど罠の香りがプンプンするのに、何故呑気にデートデートと浮かれていられるんですかゼン様はっっ!?
「帰りましょう」
「大声で叫んだかと思えば・・・いきなりどうした?あぁ、トイレか」
「違います。そもそも二時間も待って、現われない方を律儀に待つ必要なんかありません」
ゼン様に恋人が出来ないのは、デリカシーの無さも原因かもしれない。
「問題ない、約束の時間は半夜の刻だ」
「半夜の刻って!?」
おもいっきり深夜じゃないですか!
輝く太陽は正午を過ぎたとはいえ、余裕で地平線の上。どう甘く見積もっても約束時間まであと9時間以上はある。
問題大有りですよ。
「もしかして・・・
―――『悪い、待ったか?』
―――『全然、私も今来たところ』
―――『―――馬鹿野郎、体が冷えてる』
(鼻の頭の赤くしてはにかむ少女をぎゅっと抱きしめる青年)
―――『あっ・・・』
~乙女の恋愛指南書第2章より抜粋~
みたいなシチュエーションを狙って・・・」
「よく分かったな」
「ゼン様のメイドですから」
「そうか」
「そうです」
そんな乙男の願望を叶えるために、客観的に見て獲物が罠にかかるのを物陰でじっと待つ狩人そのものだとしても、後9時間以上私達は彼を待たなければならないらしい。
理不尽だ。
9時間以上も(何度だって言いますよ!)ラーディンを血祭りに上げる想像だけで過ごすには余りにも非生産的すぎる。
せめて色々と準備が出来ていればと。急かされ慌てて屋敷を出てきたことを後悔した。
「トイレを我慢するのは体に悪い、俺は大丈夫だから先に帰るといい」
「帰りません。こんな所にゼン様を御一人にできるはずがありません。そしてメイドはトイレに行かない生き物ですので、その御不浄ネタはどうぞ引っ込めて下さい」
追っ払われてなるものですか。
溜息の一つも漏らしていないのに、敏感に空気を察した主をジロリと睨みつける。
「マリアが忙しいのは知っている。無理して俺に付き合うことはない」
「なっ!?無理なんかしてません!」
「しかし退屈だろう?」
「!!」
主の心無い一言に、鈍器で頭を殴られた様な衝撃が襲った。
「マリア?」
「っ・・・」
ゼン様は御自分が仰った言葉の意味を理解されていないのだろう。
黙々と感情の読みにくい瞳で見下ろされ、情けなさと悔しさで、俯きながら唇を噛んだ。
―――『無理して俺に付き合うことはない』
これは酷い侮辱だ。
とんでもない主の勘違いに目の前が真っ赤に染まる。
「私はっ―――」
開きかけた口を閉じる。
必要ありませんか?
ゼン様にとって側に控えるには足りない存在ですか?
確かに私は幼い頃からゼン様の言動に振り回され、苦労の耐えない日々を送っています。
狂信者じゃないんだから、不平や不満だって沢山あります。
でも面倒だなんて思ったことは、一度だって無いんです。
夜になれば冷えるからと気遣われても、顔を上げることが出来ない。
外出用のガウンの端を握り黙ってしまった私に、普段より数段易しい声音で帰る様に促すゼン様。
ゼン様は何も分かっていない。
「ゼン様が関係する事より、大切な事なんてありません」
やり残してきた仕事なんか大した問題じゃない。
憂鬱な気持ちになったのは、事前にこんな何も無い場所に長時間滞在すると分かっていれば、主が不便を感じ無い様に、色々と準備をしてきたのにと悔やんだだけで。
「マリアはもっと自分の・・・いや、いい。では何をそんなに怒っている」
「怒っておりません。私は・・・心配しているんです」
「心配?何も心配する事などないだろう?」
「ば、本気で言ってるですか!?」
流石の私もメイドの仮面が一瞬剥がれかける。
沈んだ気持ちも一瞬で吹き飛んだ。
ああ、もぅ!!この人はーーっ!本当に何にも分かってない!
「そんな時刻に御一人で殿方とお会いするなんて、危険だとは思わないんですか!」
危機感無さすぎです!
社交界にデビュー前の少女だって、ゼン様より警戒心を持っていますよ!
一流のメイドは一時休業して、主にキャンキャンと怒鳴り散らす。
思慮深く優しく嗜めるなんて甘っちょろい方法でゼン様を守れないなら、口うるさい小姑にだってなってみせますよ!
「危険だなんて・・・マリアは大げさだな」
らしくない私の剣幕に、驚いた様にほんの少し目を見開いて、それから口の端に苦笑を浮かべるゼン様。
標準装備の無表情でもなく、眉間に皺を寄せた威圧感たっぷりの魔王モードでもない。今日は沢山主の珍しい表情を見る日だ。
「俺達は互いにゆっくり関係を深めていくつもりだ」
そ・う・じゃ・な・く・て!
恋は盲目といいますが、もしこれがゼン様を陥れる罠で、ゆっくり仲を深める前にぐっさり刺されるかもしれないなんて、どうして考えないのか。
「私はゼン様の身の安全を心配しているのです」
「心配してくれるのは有り難いが安心しろ、俺は身持ちの固い方だ。すぐに体を許したりはしない」
「当然です!と、そうではなくてですね、私は万が一・・「ラーディンはそんな男じゃない」
その根拠の無い自信は何処から!?
その場で頭を掻き毟りたくなった。
どれだけフィルターをかけているんですか。
ラーディンはたしかに姑息な手を好む男ではありませんが、ああ見えて目的のためには手段を選ばない男ですよ。
「ゼン様がお強いのは充分承知しておりますが、絶対に怪我をしないとはかぎらないでしょう」
「そんなマニアックなプレイはしない。まずは手を繋ぐことから始める」
「ありえません。幼年学校に通う児童だって、告白から10秒でキスまでいきます」
「それは・・・末恐ろしいな」
最近のお子様は皆早熟ですからね。
「第一、こんな人気の無い所に呼び出す様な相手が、本当に手を繋ぐだけで済ますと思っているんですか?ゼン様は夢の見すぎです。恋愛とはもっとドロドロのグズグズで、ぐっちゃんぐっちゃんのメチョメチョです」
「ま、マリア?」
「男は皆飢えた狼です。性欲さえ満たせられれば、相手は誰でもいいんです。隙をみせればガブリと食べれられてしまうんですよ」
「ら、ラーディンは別だと」
「甘い!三日前にラーディン様が城の下働の女性を連れて花街に消えるのを見ました」
「何?浮気か・・・俺という恋人がいながら」
ラーディンはまだゼン様の恋人ではないとか、そんな事実はこの際脇においておく。
「男という生き物は口で『好きだ、愛してる、君だけだ』と言っていても、三歩も歩けば別の女性に『好きだ、愛してる、君以外いらない』と見境無く迫って回る節操のない生き物なのです」
「マリアの考え方もかなりの偏りがあるように思えるのだが」
「と、とにかく私が言いたいのは、万が一が起きてからでは遅いってことです!!」
途中で色々脱線した気もするが、とにかく私が言いたいのはそういう事なのだ。
分かって頂けただろうか・・・。
主人公がゼンさんと一緒になって脱線するとツッコミ要員がいない・・・。
前回からだいぶ期間が空いてしまいましたが、暴走する二人のツッコミ役を登場させるため、出来るだけ早く次回の更新をできるように頑張ります。




