第三話
「お帰りなさいませゼン様」
「ただいま」
お昼過ぎ。
今日のお勤めは午前だけだったゼン様が、城から帰宅。挨拶もそこそこに早足で自室に直行した。
(―――あれ?)
後に続きながら、僅かに感じた違和感。
相変らずの無表情から感情の機微を読み取ることは出来ないけれど、明らかに普段と違った様子に、私は内心首を傾げた。
今日は、午後から急ぐ予定は入っていないはずである。
なのに、一体何を急ぐ必要があるのか。廊下から自室へと向かう背に、普段から無駄に垂れ流されている余裕が感じられない。
小走りじゃないと追いつけない速度で、黙々と先を行くゼン様。
いつもなら、長身の自分と、相手とのコンパス差を考慮し、歩調を合わせて歩く芸当くらい無意識の内にやってみせるゼン様にしては、珍しく配慮が欠けている。
私は長い廊下を離されない様に注意しながら、主の様子をじっくり観察した。
・ステップは踏まないものの、心なしか、軽い足取り。
・やや早足ではあっても、響く足音は軽快で、苛立った雰囲気のものじゃない。
機嫌が悪いわけでなく、むしろ機嫌は良いようで。
―――ということは、何か良いことでもあったのかな。
益々珍しい主の様子に、湧き上がる好奇心を押さえつけ、私はあくまでポーカーフェイスを維持。
上機嫌の理由を問いただすなんて、不躾なまねはせず、普段通りに扉の前に立って開けると、先にゼン様をお通ししてから、既に玄関で受け取っていたコートにブラシをかけてクローゼットへ。
コートと一緒に受け取っていた皮の手袋には、布をあて軽く表面の汚れを拭ってからタンスの引き出しへと仕舞った。
次に腰のベルトから外された長剣を書斎机の後ろの定位置に立て掛け、仕事着である制服を脱がせ、代わりに出してきた普段着を渡して、無言で着替えを手伝う。
(ちなみに、本日の召物は褐色の肌によく合う深緑色の詰襟。私は密かにこの色が一番ゼン様に合っていると思う)
「聞いてくれマリア」
「どうかいたしましたか?」
待ってました。
一連の作業が終わった頃を見計らって、始終無言だったゼン様がようやく口を開いた。
ゼン様専属のメイドであり、幼馴染であり、主の秘密を知る一握りの人間である私は、(自分で言うのも痴がましいが)よき相談相手でもある。
無理に聞き出さなくても、大抵のことは話してくれた。
「恋文を貰った」
「それはおめでとうございます。一体どなたからですか?」
上機嫌の原因は、恋文?
『恋文』別にそれ自体は別段驚くべきことじゃない。
ゼン様の顔の造りだけは百点満点。私のサポート(と言うな名の隠蔽)が完全には行渡らない館の外では、ボロが出ない様に無口無表情のストイックで通っているので、彼の秘密を知らないお嬢様方から恋文を貰ってくることなんて、しばしば有る。
・・・いや、でもゼン様が恋文を貰って、こんなに機嫌が良いのは本当に珍しいか。
よし。
もし家柄がつりあって、人間性に問題がなければお館様にご報告の上、許可が下り次第即効お見合いをセッティングをしなければ。
余談ですが、今最もお勧めなのは、ウーンデキム家のジァンヌ様。肖像画を拝見しましたが、金髪の巻き毛で、お人形の様な容姿。噂によると性格も控えめで、なかなかの淑女だとか。
他にも多数リストアップしているけれど、恋文の相手が私が知っている(目を付けている)お嬢様なら・・・
「ラーディン・クーアだ」
はいー?
「申し訳ありません、もう一度お願いします」
その方なら存じております。
けど、
あまりにも予想外な人物の名に、脳が該当者の承認を拒否しました。
再入力を要求します。
「ラーディン・クーアだ」
―――ですよね。
一語一句の違いもなく、同じ回答、真にありがとうございます。
主が嬉しいと私も嬉しいなんて、爪の先程でも思った過去の自分よ、さようなら。
今はゼン様、貴方の全てが小憎らしい。
「・・・ラーディン様といえば、御髪と瞳が宵闇色で、“黒の雷”の二つ名を持つあのラーディン様ですよね?」
「そうだな、そのラーディンだ」
通りで嬉しそうな筈だ!
私としたことが、完全にノーマークでしたよ。
うん、いや、でもしょうがないよね。
だって、
その人はゼン様の同僚で・・・
―――男―――なんだから!!
ラーディン・クーア。
たとえ彼の名を知らなかったとしても、国内で戦場を駆ける“黒の雷”の名は小さな子供でも知っている程有名だ。
そんな有名人と私は多少の面識があった。
使いで何度か城にいるゼン様を訪ねた時に偶然知り合い、彼自身もこのお屋敷に、仕事の緊急連絡や所用で訪ねてきたことがある。
ラーディン様はゼン様の同僚で、同じく王国治安維持部隊左軍、第一小隊所属。商人上がりの貴族クーア家の三男坊。得意の棒術で、実力主義で有名な第一小隊の隊長に引き抜かれたらしい。
私が知る限り、ラーディン様は同年代のゼン様を一方的にライバル視していて、友好的な関係だったとはいえない。
何故今更?
これまでとっていた挑発的行動や態度は『実は愛情の裏返しだったんだ!てへ☆』的なパターンでしょうか。
・・・許すまじ。
うぉお~の~れ~、ラーディン様―――否、貴様に敬称など不要!
ラーディンの野郎ぉぉぉ!!!
うちの変態を誘惑するとは、どういう了見ですか!?
なにが黒い雷だ!調子にのるなよっ!!
貴様にはキングオブ変態の称号をくれてやるわっ!!!!!
「―――あ、マリア?大丈夫か?」
「あ、はい!?すいませんゼン様」
「顔の形が崩れていたぞ」
「・・・(本気で余計なお世話です)」
不思議そうにこちらを覗きこんでくるゼン様からは、微塵も悪意は感じられない。
本当の事しか言わないだけに、貴方の一言は容赦なく心をえぐりますよ。
くっ、私の目が黒い内はゼン様に最後の一線は渡らせませんからね。
ラーディン・クーア抹殺計画を一時中断し、私は素早くメイドの仮面を装着した。
「これから出かけてくる」
「・・・どちらへ?」
いそいそと外出の用意をし始めるゼン様。
ものすごく嫌な予感がした。
「ラーディンとデートだ」
「私も付いて行きます」
絶対に阻止しなければ!!
手と手を取り合う世紀の最強ホモカップル。
歩く公害だ。
「断わる。小さな子供じゃないんだ、保護者同伴でデートなんかせん」
こんな自分より大きな子供、丁寧にお断わりさせて頂きます。
本当は私だって主のデート?に付いて行くような野暮なまねしたくない。むしろ心の平穏のためにも、今聞いた話は綺麗さっぱり忘れて家でお茶を啜っていたい。
けど、
「マリアは絶対に付いて行きます」
私はゼン様のメイドなのだ。
たとえゼン様の幸せが、ラーディンとのゴールインにあろうとも、
自分の存在意義がホモカップルの誕生を許さない。
「絶対に、か」
「絶対に、です」
「・・・」
「・・・」
沈黙。
ゼン様の纏う空気が一段重くなった。
ま、負けるもんか。
人には誰にでも譲れない瞬間がある。
まさに今がその時なのだ(こんなタイミングで人生の岐路を語る自分に凹むけれど)。
何が何でも付いて行きますよ。
―――そして、徹底的に邪魔をする!
ゼン様の琥珀色の瞳を真っ直ぐに見つめ、
「心配なんです」
「置いていこうとしても駄目ですから」
「お側にいさせて下さい」
主を心配する健気なメイドを全面に押し出し、圧力に対抗する。
ファーストインパクトと強すぎて、全く疑いを持たなかったけれど、冷静になって考えてみれば、あのラーディン・クーアからの恋文なんて怪しすぎる。
ゼン様の秘密を嗅ぎ付けて、主の評判を落としいれようとする罠かもしれない(むしろ罠であって欲しいような・・・)。
(万が一本気だったとしても、二人の仲を応援することは出来ないのだけれど)
どちらにしろ、今の浮かれた状態のゼン様を、野に放つわけにはいかない。色々と危険だ。
絶対に付いていって潰そう・・・もとい、お守りしなければ。
数十分。実際には数分だったかもしれない。
はぁ、と唐突に聞こえた深い溜息と、伏せられた琥珀色の瞳。
勝った。
その瞬間私は自分の勝利を確信した。
「分かった、許す」
「ありがとうございます」
時間制限のあるゼン様と同行の許可が下りるまで、じっくり話し合うつもりでいた私とでは最初から勝負にならなかった。
「すぐに出かける準備をしろ」
「只今」
こうして、私は同行の許可をもぎ取った。




