第二話
愛が無くても結婚はできる。
自重しないゼン様のカミングアウトに、倒れるお嬢様を介抱すること数十回。
記憶隠蔽の腕も神の域に達してきた頃、ゼン様が言った。
「聞こう。俺には何が足りない?」
ゼン様宛の手紙を運んできた私が、部屋を退出しようとした所で呼び止められた。
珍しく難しい顔をしているから何かと思えば。
よっぽど前回のお見合い結果に納得出来ないらしい。
「正直に申し上げても?」
「許す」
とは言ったものの、殆んど完璧超人のゼン様に、致命的に足りないものなんて『女性を異性として愛せない』の一点のみ。
でもそれは本人が一番分かっていることなので、今更指摘する必要はない。
じゃあ、他に女を落とす上でゼン様に欠けているスキルといえば・・・
「失礼ながら、ゼン様はコミュニケーション能力が(著しく)不足しているかと」
「自覚はある」
いやいや、ないでしょ。どう見てもないから。
顎は机に片肘を着けた甲の上。
斜めに椅子に腰掛け、長い足を組んで気だるげに頷く姿は贔屓目に見ても、他人にアドバイスを求めている姿勢じゃない。
危うく喉元まで出かかったツッコミを、私は気合で飲み込んだ。
復唱。
私は一流のメイド。私は一流のメイド。私は一流のメイド・・・
そう。
私は一流のメイド。
一流のメイドは主人にツッコミなど入れない。
「大変結構です。自覚は克服の始まりですから」
内面の葛藤など表に出さず、ただ花の様に微笑むのみ。
それが一流のメイドである私の仕事なのだから。
「―――では以上をふまえて、私がこれから読み上げる質問に答えて下さい」
己を知り、それを人に分かりやすく伝える事で、コミュニケーション能力の向上に繋げる。
マリアによるゼンのための『人間関係の円滑な進め方』のレクチャーが一通り終わり、最後に復習を兼ねた簡単な質問表を読み上げる。
質問1.お名前はと年齢を。
「ゼン・ユーリウス。24歳」
はい正解です。というか、まず間違えようがない。
質問2.身分又は職業、もくは両方を簡潔に。
「軍属。所属は王国治安維持部隊左軍、第一小隊副隊長。身分の方はまだ父上が健在だから無いが、問題が起きないかぎり、いずれは伯爵の地位を継ぐことになる」
「副隊長補佐ではありませんでしたか?」
「昨日辞令が下りた」
「それはおめでとうございます」
さすがゼン様、出世街道まっしぐらですね。
後で急いで昇進祝いの手配をしなければ。
質問3.されて嫌なこと。
「嘘をつくのも、つかれるのも嫌いだ」
「ゼン様の信条ですよね」
「これは譲れない」
質問4.嬉しいこと。
「嬉しい・・・とは違うが。
疲れて屋敷に帰って来た時、マリアに『お帰りなさいませ』と言われると安心する」
「あ、有難うございます・・・」
び、ビックリしたー。
今のは新手のドッキリか何かですか!?
もちろん主人にそんな事を言ってもらえて嬉しくないわけじゃないけれど、ゼン様相手に一瞬でもドキッとしてしまった自分にOTLですよっ。
質問5.得意な事は?
「編み物」
「確かにゼン様のレース編みは素晴らしいですが、そこは剣術とお答え下さい」
嘘じゃないしね。
質問6.趣味は?
「恋占いと料理」
「料理だけでいいと思います。最近貴族のご婦人方の間で手料理が流行しているみたいですし、ゼン様ならギャップによる高ポイントが期待できます」
うん。
たとえ表情筋が死んでいても、顔だけは良いゼン様。エプロン姿は飢えたご婦人方に好評だろう。
質問6.休日は何をしていますか。又は習慣にしていることはありますか。
「休日の朝は、花をたっぷり浮かべた浴槽でゆっくり入浴をする」
うん?
質問7.最近読んだ本は?
「復刻版乙女の恋愛長編小説全12巻」
うんん?
だんだん雲行きが怪しくなって・・・
質問8.男の友情と女の友情(愛情でも可)、どちらか一方を取るとしたらどっち?
「状況にもよるが、条件が同じなら『男の愛情』」
ちょっ、おまっっ!?
質問9.好きな人のタイプは?
「容姿には拘らない。顔よりも行動力と決断力がある男に魅力を感じる。欲をいえば俺の隣に立った時に身長差がでないの者がベストだ。自分より背が低い者が相手だと、抱きしめて貰う時に都合が悪いからな。理想は――――」
はいアウトー!
急に饒舌に語りだしたゼン様。
恋に恋する乙女の様に、並々ならぬこだわりがあるらしい。
「ゼン様。交際相手に長身を望む気持ちは分かりますが、この場合『好きな人のタイプ』とは大抵“異性”を指します。その事を踏まえてお答えください」
「しかしこの場合『好きな~』が示す感情は“親愛”ではなく“恋愛”だろう。
つまり性的興奮を覚え、恋愛感情に繋がる可能性がある要素を上げる事を求めた問いだ。違うか?」
「・・・違いません」
「俺は女性に対して恋愛感情は湧かない。マリアは俺に嘘をつけというのか」
不満の色を浮かべながら、断固拒否するゼン様。
ああ言えばこう言う。私は思わず米神を押さえた。
理責めで負けない自信のある私も、今回の主の言い分には(言っていることは限り無く残念な内容ではあるが)分があるように思えるのだから、始末が悪い。
折れるつもりのない主の意思を酌み、打開案を提示する。
「分かりました。ではこの質問には一言『ない』とだけ」
好きな女性のタイプは無し。(裏訳:男が好きだから)
まず裏の意味に気づく人はいないでしょう。
受け取り方によっては、来る者拒まずの節操無しの答えに聞こえてしまうけれど、この際仕方がない。
第一無理にゼン様の意思を曲げさせる程重要な質疑でもないと、この時の私は思った。
・・・後にこの判断をマリアは激しく後悔する事になるのだが、それはまた別の話である。
―――『ちなみに、ゼン様より上背がある殿方はそうそういらっしゃらないかと・・・』
―――『あくまで理想だ』
―――『さようで御座いますか』




