②「殺す悦び」
「てめぇ、そんな命いらねぇだろ」
俺は赤黒く鈍い光を放つ妖刀オロチを振るう。
ズバ!
何人も殺したという辻斬りを一刀のもとに切り捨てた。
俺の足元には辻斬りと、その被害者の遺体。
妖刀オロチを納刀すると、
俺はせめてもの供養、と手を合わせた。
『フハハ、心が波立たなくなってきたな』
「うるせぇぞ。オロチ」
満月から次の満月までの間に一人を殺す。
出来なければ俺は死ぬ。
妖刀オロチの呪いによって。
満月が迫ると俺を襲う呪い。
頭痛や吐き気、締め上げられるような息苦しさ。
それらを思い頭を振る。
『こうして悪人を斬れば呪いは発動しない』
「ああ」
『そうだ。それでいい』
「なんだよ?」
『お前はもう、悩む必要など無い』
「ふん」
俺はまだ深く考えていなかった。
妖刀オロチ、こいつの言った本当の意味が――
◇
翌日。
俺は番所に顔を出した。
「終わったぞ」
俺の声に気付いた岡っ引きが言う。
「へぇ。確認しました。お侍、いい腕ですなぁ」
上役だろう同心も立ち上がった。
「助かったぞ。ほら、これは礼だ」
俺はその袋を受け取り懐へと仕舞う。
礼を言い、立ち去ろうという俺の背に同心が言う。
「最近ほうぼうで悪人斬って回ってるってのは、あんたかい?」
「ああ、それがどうした?」
「いや、“腕の立つ侍が悪人を斬って回ってる”。
そんな噂が出回っていてな。本当にいたんだな」
「ですねぇ。今どき珍しいお侍さんだ」
「そうか。それでは」
俺はそれ以上付き合わず番所を出た。
『正義の味方。か?』
「うるさい」
オロチの嫌味は聞き流す。
俺の心は軽くなっているのだから。
「さてと」
俺は再び旅に出る。
街道を歩き、山道へと差し掛かった。
すると、必死で山道を駆け下りる男が見えた。
「だ、誰か!」
「どうした!」
走り寄る俺を見つけ、立ち止まる男。
膝に手をつき、ぜぇぜぇと息を吐く。
「こ、この先で山賊が!」
「なんだと!?」
『幸先がいいな』
「うるさいぞ!」
笑うオロチを黙らせ俺は走り出した。
俺はこの時も気付いていなかった。
自分が微笑んでいたことを。
「きゃあぁぁぁ!」
山の中腹、森の中でそれを見つけた。
横倒しになった荷車、斬られ横たわった馬。
そして山賊どもに今にも斬られんとする女の姿。
「ふっ!」
俺は走りながら息を短く吐き、
斧を振りかぶる山賊へとオロチを抜き放つ。
動きを止めた山賊の横を通り抜けると、
ドサっ
山賊は倒れた。
「なんだ! てめえは」
「やっちまえ!」
残りは4人。
仲間を一人斬られ、残る山賊たちが逆上して襲い掛かってきた。
『来るぞ! 来るぞ!』
嬉しそうなオロチの声を聞きながら、
俺は妖刀オロチを振るう。
一閃。
二閃。
三閃。
瞬く間に3人斬り伏せた俺に、
残った一人と、女まで息を呑む。
冷や汗が頬を伝う山賊。
その表情を真正面から捉え、
ドン。
俺は山賊を斬って落とした。
「おお! 終わってる」
助けを求めた男がようやく追いつき、
生き残った女と抱き合っている。
「ありがとうございました!」
泣きながら礼を言う男。
「ではな」
そう言って立ち去る俺の背中を、泣きながら見送る女。
その表情は嬉し泣き、だけではないように見えた。
『山賊ごときでは物足りないのではないか?』
「何を言っている」
『ハハハ』
「人助けも出来て呪いも遠のく。それでいい」
『そうかもな』
俺は黙って歩き続けたが、
しばらくオロチの含み笑いを聞かされる羽目になるのだった。
「無い、だと?」
俺は辿り着いた城下町、
恒例となった番所で声を上げていた。
「ああ。あんたの言う強盗だの困った事件は最近無いな」
「お奉行さまもその手の事件に力を入れてらっしゃってね」
「そう、なのか…」
「殿様もいらっしゃる、このご城下で、
揉め事など起こさせない。
そう息巻いてらっしゃるよ」
「なるほどな……」
平和な城下町。
誇らしげに言う同心たちの顔。
そんな顔を見ながら、
俺は手が汗ばむのを自覚していた。
そして番所を出た俺にこのセリフ。
『焦っておるか?』
オロチの憎たらしい言葉。
「平和な街。いいじゃないか。次へ行こう」
俺はそう言って歩き出す。
じくじくと、頭が痛みだすのを感じながら。
そうして城下町を抜けようと、俺は橋を歩いていた。
ふと、川の水面に映る月に気付く。
なんとなく、空を見上げた。
「今日が満月かよ……」
見上げた俺を、真ん丸の月が見下ろしている。
また始まってしまったのだ。
妖刀オロチの呪いが――
街道を行く俺の脚は我知らず速いものとなっていた。
「おっと、ごめんよ」
早飛脚の男が俺に声をかけ、通り過ぎていく。
周りを伺えば、すれ違う者が皆、俺を避けている。
『いいぞ。その顔だ』
「なんだと?」
『鬼気迫る表情。と言った所か。
人が皆避けていきおるわ』
俺は背中でうすら寒いものを感じた。
俺はあせりでひどい表情をしていたようだ。
『どけどけ!オロチ様のお通りだ』
「この野郎」
俺を避けて通る人々の姿に、随分ご満悦のオロチ。
いい気なものだと思うが、それどころではなかった。
「早く悪人を……」
「次の満月が来る前に……」
その思いで、俺は次の街へと急いだ。
それでも、
「もう新月か……」
俺は夜空を見上げ、
姿を隠した月にため息をついていた。
小さな宿場町を二つ抜け、
それでも碌な依頼が無かったのだ。
いよいよ始まる呪いを思い、
夜空を眺めて立ち尽くす俺に、
『満月までに人を斬れ。
俺の言っているのはそれだけだ』
オロチの冷たい宣告が俺の心を刺すのだった。
ズキズキと痛み始めた頭を押さえつつ、
俺は次の宿場町へと辿り着いていた。
「おらおら、どけ」
「邪魔だぞ、お前ら」
番所へ急ぐ俺の前で男たちが声を上げていた。
皆、胴丸を着込み刀や槍を持ったものものしい恰好。
肩を怒らせ歩く男たちに街の者たちは怯えている。
『斬るか?』
オロチの言葉を無視して、
俺は番所へ駆け込んだ。
その番所の中は何やら騒がしい。
同心や岡っ引きが何人も話し込んでいる。
「どうした?」
傍にいた岡っ引きに俺は尋ねた。
「ああ? 何だ、あんた」
岡っ引きは苛立ったような声を上げ、
振り返ったが、
俺の姿を見た途端、何やら上から下まで眺めまわした。
そんな岡っ引きに俺は再度尋ねる。
「何やら騒がしいが、何か事件か?」
俺の姿に思う所があったのか、岡っ引きは話し出した。
「実はね、よそから来た、はねっ返りどもが、
“決闘だ!”なんて言い出して河原に集まり出してね」
「決闘? なんだそれは」
「きっかけは何だか知らねえが、
徒党組んだ連中が睨みあってやがるんで」
「街の皆が怯えていたのはそれか……」
「“決闘”はご法度。
喧嘩両成敗の決まりなもんで、
俺たちも人を集めてるところで」
“喧嘩両成敗”――
その言葉を聞いて、俺の胸が一つ跳ねた。
「斬っていいんだな?」
岡っ引きの言葉を遮るように尋ねる俺。
「だから今、人を集めてるって……」
「河原はどこだ!」
俺の興奮した表情に、戸惑う岡っ引き。
それでも河原の場所を聞き出した。
番所を飛び出した俺には、
「何だ! 今の男は!」
「どこへいこうってんだ!」
さらに騒がしくなった番所の声は聞こえていなかった。
教えられた河原へ近づくほど、
男たちの叫びあう声がよく聞こえてきた。
「ぶっ殺すぞ!」
「なんだと、てめぇ!」
『盛り上がっているじゃないか』
嬉しそうなオロチの声。
獲物を見つけて舌なめずり、ってところか。
「そういう事じゃないだろ……」
俺は一応そう呟きながら、河原へと辿り着いた。
五、六人ずつの集団が二組、合わせて十数人、睨み合っている。
近づく俺に気付いた一人が叫んだ。
「何だ、てめえは!」
殺気だった男たちの視線が一斉に俺に向く。
そんな状況でも俺の脚は止まらない。
「決闘だって?」
「だから、何だ!」
と男が刀を抜いて俺に向けた。
「なら、斬っても文句はねぇよ、な!」
居合抜きで切り捨て、集団のど真ん中へ!
「て、てめぇ」
「いきなり何しやがる!」
二人目、三人目と斬って落とす。
慌てる男たちが刀を、槍を構え始める。
「喧嘩両成敗! なんだってよ!」
右に、左に体を躱しながら、
刀を跳ね上げ袈裟斬りに。
繰り出された槍を叩きつけ、
がら空きの喉元へ横薙ぎに。
『いいぞ!ほれ、後ろだ』
俺は振り抜きざまに斬る。
『次はそこだ!』
オロチの囁くままに俺は刀を振るう。
まるでオロチが乗り移ったかの如く。
「こいつ、やべぇぞ!」
「おい、逃げ……」
舞う様に男たちを斬り殺す。
怯え、逃げ出そうとした男の背中をたたっ斬る。
どしゃり
川べりに倒れたこいつが最後だった。
男たちが息絶え、川のせせらぎが聞こえる。
俺は傍に倒れる男の袖で、妖刀オロチの血を拭う。
「ふぅ……」
頭痛が遠のくのを感じ、俺は息をつく。
『これも人助け、か?』
「そうだろ?」
そこへ岡っ引きや同心たち、役人どもがやって来た。
「お侍、これ一人でやったのか……」
ここの場所を教えてくれた岡っ引きだ。
「ああ」
同心たちが死体を検分し始める中、
俺は気になっていたことを尋ねた。
「こいつら、随分物々しい格好だが、結局何があったんだ?」
息絶え転がる男たちの惨状に、
眉を顰めながら岡っ引きが言った。
「近く戦があるってんで、
喰い詰め浪人たちが大挙して向かってるらしい」
「隣の国に、な」
「戦、だと!?」
戦、その言葉に俺の胸は高鳴る。
そして報酬の話も忘れ歩き出した。
隣の国へ、“戦”へと――
◇
戦の噂を聞きつけた俺は、峠道を歩いていた。
戦なら人を斬れる。
それこそ、いくらでも――
そんな思いで峠道を踏みしめ歩く。
汗ばむ身体を、山から吹き下ろす心地よい風が通り抜けていく。
そして俺はふと、思い出した。
「そういえば、お前を初めて抜いたのも戦だったな」
『そうだったな』
「あの時、お前は寺に封印されていた」
『ああ』
「どうして、あんなところにいた?」
『知りたいか?』
「いや、別に」
『ならば話してやろう』
『俺の、妖刀オロチの物語を――』
「ぎゃああああ!」
俺は斬った相手を蹴り飛ばす。
『邪魔だ!』
男が倒れ、見ていた者たちが息を呑む。
皆、恐怖に震え、俺の前を遮るものは無くなった。
『ふん』
俺は血濡れたままの刀を担ぎ、道の真ん中を歩き出す。
街の者どもの視線なんぞ気にならない。
俺にとって、
邪魔だった。
うるさかった。
意見してきた。
そんなものは全て斬って捨ててきた。
まともな職などあるわけもない。
殺して奪う。
それだけだ。
そんな俺が行き着いたのは戦だった。
ちょうど武士などと名乗る連中が幅を利かせ、
南北二か所で都を名乗るそんな時代。
そこらじゅうで戦をしていた頃だった。
そんな各地の戦を転戦し、
俺は、
斬って、
斬って、
斬りまわっていた。
俺は“人斬り大蛇”と呼ばれるようになっていた。
そしてあの坊主が俺の前に立ったのだ。
「貴様が人斬り大蛇か」
こぎれいな法衣に身を包む剃髪の男。
眼光鋭く、俺を前にしても動じない。
男の後ろには弟子だろう男たちが武器を手に控える。
とある小さな合戦場。
負け戦に逃げ出す敵方を、俺は一人で追いかけ、
斬りまくった所だった。
血や汗のにおいが風に運ばれていく。
そんな風が、草を揺らす音だけが聞こえる。
俺は雑兵に突き立てていた刀を抜いて尋ねた。
『なんだぁ? てめぇは』
坊主は俺の問いに答えず、眉を寄せる。
「命乞いをするものでも躊躇なく殺すとは」
『戦だぞ?』
「それが?」
『生きるために敵を殺す。それだけだろうが!』
「命まで奪わずともよいではないか」
『他人の“命”なぞ知ったことか!』
俺は殺意を込めた眼で坊主を睨む。
それでも坊主は正面から睨み返す。
俺が刀を握る手に力を込め、
坊主が全身から気迫を立ち上らせる。
「こ奴の魂、汚れておる!
浄化せねば、さらなる災厄を招きかねん!」
坊主の言葉に控えていた男たちが散会、
俺を囲まんと動き出す。
俺は一気に怒りがこみ上げ、叫んだ。
『うるせぇ! 坊主! お前は――』
刀を振り上げ、一直線に坊主へ走る。
『邪魔だ!』
そうして俺と坊主共の“戦”が始まった。
俺の大上段からの一撃。
坊主の前に男が立ちはだかり刀で受けられる。
次の瞬間、
俺の背後から二本の槍が繰り出されていた。
『クソが!』
身体を捻り、横薙ぎに刀を振るうがすぐさま距離を取られる。
そんなギリギリの攻防。
坊主も、その弟子たちも並の動きでは無かった。
押せば引き、引けば寄せる。
見事な連携に俺は翻弄される。
それでも怒りで自らを奮い立たせ、
俺は刀を振り続ける。
「ハァハァ……」
『ぜぇ、ぜぇ……』
俺たちの戦はいつの間にか夜を迎えていた。
「大蛇、諦めよ」
『うるせぇ! てめえらが死ね!』
疲労困憊、刀を握る手も痺れ始めた。
それでも坊主共も連携が綻び始めている。
俺は覚悟を決めた。
『ウオオオオオ!』
全力を以て坊主へと突進したのだ。
坊主の前に立ちはだかる弟子。
刀を振り上げ斬りかかってくる。
それを俺は体をねじ込み肩で受けた。
鍔元では大して斬れない。
『ウオオオオオ!』
俺は再び叫びを上げた。
目を見開く、弟子、そして坊主。
ズブ
俺の刀は、弟子の後ろにいた坊主を貫いていた。
「ぐふっ」
坊主が口から血を吐いた。
「まさか、これほどとは……」
一瞬の出来事に固まる弟子共。
あたりの空気が一気に凍り付く。
『ぜぇぜぇ、……見たか』
坊主を仕留めたつもりの俺。
しかし次に目を見開くのは俺の番だった。
なんと、坊主は血反吐を吐きながらも何やら印を結んでいたのだ。
『何のつもりだ!』
坊主の結んだ印から光が溢れだし、
俺や刀に纏わりついていく。
「き、貴様の魂。……浄化される、その日まで……」
光が俺の全身を包み込み、
「刀へと封印、する」
その言葉と共に、俺に激痛が走った。
『なんだ! 何が起きている!』
『引きはがされるのか?』
『お、俺の魂が!』
「幾年月かかろうとも、その穢れ、払われんことを――」
『うおおおお!』
全身を引きちぎられるような激痛に叫び続ける。
そして、月を見上げた俺は吠えた。
『穢れなど知ったことか!
そこまでして俺を封印するというのなら』
『いいだろう!』
『ならば俺は呪い続けてやる!』
そうして月を睨んだ。
『満月だ! 今宵のような満月の度、
俺は持ち主を呪い殺してやる!』
俺の叫びはそこまでだった。
ヒュン
そんな音がして、光が俺の持っていた刀へと移った。
「これでいい……」
どさり、と坊主が息絶え倒れ、
慌てふためく弟子たちが走り寄る。
むせかえるような血と汗のにおいが充満する、
死体が山と重なるそんな小さな合戦場。
そしてそれを見下ろす満月の下、
妖刀オロチは誕生したのだ。
『それからだ……』
それから俺は呪い続けた。
金目当てで俺を盗んだ盗賊。
仇討ちのために俺を抜いた女。
誰も彼も、最後には俺の呪いから逃れられなかった。
そして最後に俺を手にしたのが、あの坊主の弟子の末裔だった。
そいつは俺を抜くことも、捨てることもせず、
あの寺へ持ち帰り、封印しやがった。
それから長い間、俺はあの寺にいた。
『そして――お前が俺を抜いた』
「なるほどな」
俺の頭にオロチを抜いた寺が思い出される。
あの時、
俺も戦に紛れ込んでいた。
国中が東と西に二分された、あの大戦に。
あの寺に陣取った俺の陣営。
そこを急襲されたどさくさで、俺はオロチを抜いていた。
「図らずも縁があったってことなのか?」
『かもしれんな』
峠を越えた丘の上、眼下に広がる風景。
俺はその奥に聳える天守、その城下町を見据えた。
「見えたぞ、鷹津の国だ」
『行こう』
そう言って一歩踏み出す。
「俺とオロチ、俺たちの“戦”だ」
◇
いよいよ俺たちは鷹津の国の城下町へと辿り着いた。
やはり戦があるというのは本当のようだ。
町を行く者たちの雰囲気にそれが出ている。
武装した荒くれ者たち。
せわしなく往来する大八車。
皆、気持ちが昂っているのがよく分かる。
しかし一方で、
町人たちはピリピリした様子。
荒くれ者たちを見る度に、
何やら小声で話し合っている。
「この先、どうなるのだろう……」
そんな不安な気持ちがあるのだろう。
興奮と不安。
緊張と高揚。
上の都合と下の生活。
参加する者しない者
様々な思いがごちゃ混ぜとなったこの雰囲気。
俺も昔味わったことがある。
「これが“戦の前日”、か」
『お前も昂ってきたのではないか?』
オロチの言葉に、俺は素直に頷いた。
脈が少し早くなり、
顔が火照りだしたのが自分でも分かる。
「ああ、昂ってきた」
そう言って俺は、オロチを握る手に力を込めるのだった。
鷹津城のすぐ傍にある大きな屋敷。
ここが兵の募集、管理を行う詰め所になっているらしい。
開け放たれた門前に荒くれ者たちが列を成している。
受付は鎧甲冑に身を包んだ男。
この鷹津の国の武士だろう。
「頼もう。こちらで兵を募っていると聞いたのだが……」
俺の順番となり、そう声をかけると、
「よくぞ参られた。鷹津の国は歓迎するぞ」
と、受付は身分確認もそこそこに、
「得物は刀か。ではあちらへ――」
と、門をくぐった先、
10人程で固まった集団へと案内された。
「随分あっさり、だな」
『所詮、数合わせ程度の扱いなのだろう』
集団へと歩きながらの会話。
「オロチ、お前嬉しそうだな」
『当然だろう。これほどの規模で……」
俺の向かう集団、
それ以外にもたくさんの塊が出来ている。
それこそ屋敷を埋め尽くさんほどの。
『人を斬れるのだからなぁ』
オロチの声に、
知るはずもないオロチの満面の笑みが、
俺の脳裏に浮かび、
「ああ、そうだな」
と、俺は呟き集団へと加わるのだった。
「敵方の鷲ノ瀬はどんな具合だ?」
「こちらの鷹津と同じく小国だ。
向こうも必死で人を集めているらしい」
「互いに先の大戦を上手く切り抜けたってのにな」
「だからこそいがみ合っているらしいぞ」
俺の加わった集団は事情通が混じっているらしい。
随分と色々な噂が飛び交っている。
「辺りじゃ馬を取り上げられ泣く者も多いと聞くな」
「幕府から種子島の使用許可まで出ているとも聞く」
「随分大掛かりな戦となりそうだ」
と皆で話し込んでいる。
皆の士気は高い。
だがそれは、心のどこかで他人事だと感じているからだ。
本気でぶつかるのは所詮武士たち。
俺たちはあくまで人数合わせ。
命を捨ててまで戦おうという者はここにはいない。
そしてそれは俺だって同じだ。
こんなところで死んでたまるか。
人を斬れば呪いが遠ざかる。
そのためにここへ来たのだから――
『本当にそれだけか?』
そんなオロチの言葉の真意は、
この時の俺には読み解くことが出来なかった。
屋敷を埋め尽くすほどの男たち。
人の流れも少なくなり、
そこかしこでざわめいていたが、
ドドーーン!「傾聴!」
突然太鼓が打たれ、屋敷から武士が出てきた。
仕立ての良い鎧甲冑に身を包む男。
周囲のざわめきが収まるのを待って、声を張り上げた。
「諸君! 良くぞ我が鷹津へ参陣してくれた。
いよいよ憎っくき鷲ノ瀬と雌雄を決する時が来た!」
「皆もよく知る先の大戦。
我が鷹津の功を認めぬ鷲ノ瀬どもに、
今こそ正義の鉄槌を下すのだ――」
「いざ! 出陣!」
『ククク』
「何がおかしい?」
『正義の鉄槌、と来たぞ』
オロチの軽口、だがしかし、
俺もそれを嗜める気にはならなかった。
戦だぞ? 正義なんぞどこにも、無い――
◇
屋敷を出た俺たちは、
騎乗した武士の後に続いて歩いた。
城下町を抜け、半刻ほど歩いただろうか。
見晴らしの良い野原が開けてきた。
膝下ほどの丈の草原へと足を踏みいれ、
風が、その草原を、俺たちを撫でていく。
鉄と血の匂いを嗅いでいると、
時折、軍太鼓の音が響く。
『いよいよか』
「らしいな」
俺たちが向かう鷹津の陣が目の前に見え、
遠くに敵方、鷲ノ瀬の陣が見えた。
とうとう合戦場へと辿り着いたのだった。
「あれが本陣か」
皆同じ拵えの甲冑に身を包んだ、
武士たちが何度もその陣幕へと出入りしている。
「新参の者たちは向こうだ!」
部隊を差配する役人だろう声、
そして小姓が前を歩き出す。
「こちらです」
俺たちは言われるままにぞろぞろと付いて歩く。
『ハハハ、やはり最前線だなぁ』
案内されたのは即席の小屋。
敵方、鷲ノ瀬の陣の正面だ。
「まぁ思った通りだな」
俺は雑な作りの小屋と、
向こうの陣を見回しため息をつく。
そして俺たちを案内した小姓が言った。
「いよいよ明日には戦が始まるとのこと。
今宵はこちらで休息を。
ですが夜襲には警戒していただきますように」
そこまで言うと頭を下げて、小姓は下がった。
「いよいよか」「腕が鳴るぜ」
俺の加わった部隊では、男たちが口々に話し、
小屋に入りくつろぐ者、
さっそく焚き火を熾し酒を飲み始める者など、
各々好きに過ごし始めた。
夜には鷹津の殿様からだ、と酒が振舞われ、
ここだけでなく、あちこちから歓声が上がる。
「景気がいいな!」「ああ、祭り、だぜ」などと浮かれる男たち。
そんな彼らを一歩引いてみていた俺は、寝ずの番を買って出た。
深夜、俺は一人焚き火を眺めていた。
自然と胸が高鳴る。
緊張か、興奮か、
理由ははっきりとしないが俺は呟く。
「祭り……か」
そんな呟きもオロチは耳ざとく聞きつける。
『祭りだよ』
嬉しそうなオロチの声に、
その時の俺は苦笑いだけ返したのだった。
翌朝。
ガシャガシャ、と音を立てながら、
鷹津の武士たちが大楯を各部隊に配り始めた。
そして指南役の武士が俺たちの動きを指南し始める。
「まずは正面からぶち当たってもらう!
我らが矢の雨を降らすので、
盾役が突っ込み、槍部隊が相手を突く。
刀を使える者はその援護!――分かるな!?」
昨夜は浮かれていた男たちも、一気に顔が引き締まる。
「力量差を見極める大事な役目。
大きく相手を崩せれば、
一気に本隊が敵陣を食い破ろう!
皆の恩には必ず報いる!
皆の命、我が鷹津に預けよ!」
口上が終わり、
一瞬の間、
そして、
「うおおおお!」
男たちの士気が叫びとなって一気に噴き上がる。
『いよいよだな』
オロチも高揚しているようだが、
俺は一人、
「嫌だよ。俺は死にたくないんだよ」
そう呟きながらも、頬は緩み、
オロチを握る手は強く強く力が込められているのだった。
日が高く昇り始めた戦場。
幾つもの旗が棚引き、
草むらを風が吹き抜けていく。
睨み合うようにいた両陣営だったが――
ブオォオオッ!ブオォオオ――!開戦の法螺貝が鳴り響き、
ドオーーーン!ドオーーーン!陣太鼓が激しく打たれる。
それを合図に両陣営がついに動き出した!
うおおおおおお!
俺たちは叫びを上げて走り出す。
ヒュヒュヒュン!
俺たちを越えて飛んでいく矢の音を聞きながら、
目の前に迫るのは敵方、鷲ノ瀬の軍。
頭上からは敵の放った矢の雨。
ズドドドド!
大楯部隊が矢を受け止めながら敵部隊と衝突。
オラーー!
お互い大楯の間から槍を突きあう。
「グガ!」
目の前で一人刺された!
血を吐き盾役が倒れ、大楯の列に隙間ができた!
すかさず俺は、その槍先を斬り落とし、
滑らせるようにオロチを差し込む。
「がは!」
敵の喉を突き刺したオロチを引き抜き叫ぶ。
「ここだ!抜かせるな!」
そして大楯ごと敵を袈裟切りに斬って捨てる。
敵の勢いが弱まるが――
「次はそこか!」
大楯を構える味方。その背後に敵。
俺は大楯を掴み引き寄せると、
入れ替わるように身体を回転させる。
その回転の勢いのまま、敵を切り裂く。
「助かった!」
「いいから、次だ!」
そうして俺はひたすら陣形が崩れないよう走り回り、斬って回る。
気付けば――
ドオーーン!ドオーーン!
退却の太鼓が双方から鳴らされ、
「引け!引けー!」
と、お互いの陣へと引き上げ始めた。
「初日は、五分か……」
矢の刺さった者、
槍で突かれた者、
刀で斬られた者。
お互いの陣へ、
仲間の遺体を引きずりながら、
俺は今日を生き延びた実感を噛みしめるのだった。
◇
二日目。
三日目。
と同じように正面からぶつかり合った。
大した動きも無く、疲れが顔に出始めている。
そんな自陣へと帰る俺の背中に声がかかった。
「あんた、強ぇな」
振り返ると大楯を背負った男。
「あんたは、確か……」
初日に助けた盾役だった。
嬉しそうに俺と並び歩き出す。
「あんたの働き、見てたよ。
あんたの傍に居りゃ、生きて帰れそうだ」
嬉しそうに言う男に、
「ああ、俺も死にたくはないのでな」
と俺は返した。そして四日目のことだった――
「うおおお!」
突いてきた槍を、俺は刀で滑らせるように受け流した。
「なに?」
槍を持った男がつんのめって転んだ。
俺はその首へオロチを突き込んだ。
その時――
「今だ、押せぇ!」
俺に話しかけてきた、あの盾役が敵陣へとぶち当たる。
ドゴ、そんな音がして敵の盾役が二人尻もちをついた。
ついに見えた。
俺の目の前に敵の隙が!
こじ開けられた隙間がついに見えたのだ!
走り出した俺は、
一閃。
二閃。
敵の盾役を、
尻もちをついた二人を、
持っていた大楯ごと斬り落とした。
「軽い!」
まるで紙を斬ったかのような感触。
『いよいよか!』
ぽっかり空いた穴。
大楯も無く、
いるのは槍と刀を持つ侍崩れども。
ごくり、と敵が息を呑む音が聞こえ、
次の瞬間にはその首を跳ねていた。
『まだまだおるぞ!』
オロチの囁きに合わせ、
オロチを、刀を振るう。
また一閃。そして二閃。
破いた紙が広がるように、
敵陣を斬り開いていく俺。
「軽い! 軽いぞ!」
その時俺は、
ついに隠そうともしなくなっていた。
この気持ちを、感情を。
ただ“人を斬る”。その喜びを――
繰り出された槍を縦に斬り裂き、
怯え震える剣先ごとたたっ斬る。
「次は、どいつだ!」
目をぎらつかせ見回す俺の背中から声が。
「退却だ! 退却だよ!」
必死で叫ぶ盾役の男。
ふと気づけば、
ドオーーン!ドオーーン!
退却の太鼓が打ち鳴らされていた。
俺が辺りを見回すと、
死体の山が、血溜まりを作っていた。
「これを……、俺が……」
驚き固まる俺は、盾役の男に引きずられるように自陣へと帰るのだった。
「いいぞ! 我が方有利!」
「一気に形勢が動いたな!」
自陣では誰もかれもが浮かれていた。
そんな周りの声を俺は素直に喜べずにいた。
『どうした? 今日の殊勲者だぞ!』
「黙れ……」
『フハハ! この期に及んでまだ“悩む”振り、か』
「黙れ」
『“次は、どいつだ!” お前のセリフだぞ』
「黙れ!」
俺の叫びで辺りが一瞬黙った。
それでもそれは一瞬のこと。
すぐにまたワイワイ騒ぎ出した。
その場の者は皆、薄々感じているのだろう。
いよいよ戦が大きく動く。
そんな予感を――
そんな中、俺は一人悩み続けた。
人を斬り喜ぶ俺。
それを認めたくない俺。
どちらが本当の俺なのかを。
前夜の皆の予感は翌朝すぐに実現した。
「いざ決戦ぞ!
諸君らが斬り開いた道、
我ら本隊がぶち抜いてみせようぞ!」
鷹津本隊の突撃、決戦の宣言に、
おおおおおお!
自陣の士気は最高潮に達していた。
『結論は出たのか?』
試すようなオロチの物言い。
「うるさいぞ」
俺は結局、答えを出せなかった。
いや、出ているのだろうが、
「始まるぞ。決戦だ」
と言い訳のように言い、答えを保留したのだった。
ブオォオオッ!ブオォオオ――!
開戦の法螺貝が鳴り響き、
鷹津、鷲ノ瀬、両軍が一斉に動き出した。
まずは前日までと同様に、
大楯を担いだ男たちが敵陣目掛けて先頭を走る。
しかし今日の勢いはこれまでとは段違い。
今日こそ決める! そんな気迫がみなぎっている。
うおおおおおお!
ドガバキ!
大楯部隊同士がぶつかる音が方々で轟く。
俺の目の前でもぶつかり合い陣形が密集。
「いくぞぉ!」
俺は叫びを上げ、そこへと突っ込んだ。
敵の大楯を、槍を、斬り裂くように突き進む。
一閃。
二閃。
一心に妖刀オロチを振るう。
俺は、悩むことを止めた。
なぜなら、今の俺は――
“人を斬る快感”を全身で感じているのだから。
二つに斬りわかれる大楯。
血飛沫を上げ倒れる敵。
妖刀オロチを通じて俺の手に伝わってくる。
肉を。骨を。命を断つ。その感触。
『だよなぁ! そう来なくてはなぁ!』
オロチも絶叫を上げ、
「ウワハハハハ!」
俺もいつの間にか笑っていた。
そう、笑っていたのだ――
「やべぇぞ! 止めろぉ!」
敵軍が俺を止めようと次々と前に立つ。
だがそれはもう、敵、では無かった。
俺にとっては獲物でしかない。
もはや俺を遮るものは何もない!
溢れる涎を拭いながら、敵陣を斬り開く。
俺の開けた敵陣の穴を、味方が押し広げていく。
「続け、続けぇ!」
一気に動き始めた戦の形勢。
味方の声を聞きながら先頭に立ってオロチを振るう。
そんな俺を止めようと、
敵方の男たちが武器すら捨てて、
三人がかりで掴みかからんと迫る。
俺は一瞬、腰を落とすと、
横薙ぎに一閃。
三人纏めてぶったぎる。
ブシュアアアア!
俺は返り血を全身で浴びた。
「まだまだいくぞぉ!」
返り血を拭い、俺は吠える。
だがその叫びをかき消すように。
ドドドドドド!
戦場を揺らすような轟音を立てながら、
ついに、
鷹津本隊、その騎馬隊が動き出した。
鷲ノ瀬の部隊を薙ぎ倒すように中央を進む騎馬隊。
「俺たちも行くぞ!」
騎馬隊の後を続々と雑兵たちがついて走る。
鷲ノ瀬、敵軍は、目に見えて崩れ始めた。
『見ろ! あの絶望に歪む顔を!』
「ああ、もはや案山子だな……」
俺は斬って、斬って、斬りまくる。
「敵将! 打ち取ったりぃ!」
「おおおおおお!」
遠くで歓声が上がる。
その頃にはすっかり夜となっていた。
『終わったか』
オロチの声に、ふと、
俺は一人辺りを見回した。
そう、一人で、だ。
なぜなら俺の周りには誰もいなくなっていた。
俺と、
死体の山が広がるのみだったのだから。
俺はその死体の山を踏みしめると、
「うおおおおおお!」
空に浮かぶ満月に吠えるのだった。
『フハハ。満足そうだな』
俺はオロチの声にびくりと体を震わせた。
『お前があれほど感情を表すとは』
「違う」
『いやいや、嬉しそうに吠えておったであろうが』
「ぐっ!」
俺が、嬉しそうに吠えていただと……
俺はふと右手に目を落とす。
妖刀オロチを握りしめ、返り血に塗れた右手。
その右手が離せない。
『ほれほれ、その腕はまだ斬りたいと言っておるぞ』
「ひっ!」
俺は妖刀オロチを死体へと突き刺すと、
必死で右手を離そうと力を込める。
もはや右手は俺の言う事を聞かない。
左手で必死の力を込めて、
右手の指を一つ一つ剝がしていく。
ようやく右手が解放された。
開閉を繰り返し、具合を確かめた。
残ったのは突き立てられた妖刀オロチのみ。
『どうした? まさか俺を置いていくつもりか?』
「お、俺は……」
『それでも呪いはお前を追うぞ?』
俺は奥歯が砕けるような力で噛みしめつつも、
そっと妖刀オロチを鞘へと納めた。
そして、
「俺は……、ここまで堕ちてしまったのか……」
そう呟き戦場を後にした。
遠くに聞こえる勝ちどきの声から逃げるように。
空から注ぐ満月の光から背を向けるように――。
妖刀オロチ~最後の継承者~②「殺す悦び」
-完-




