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③命の価値

「てめぇら、そんな命はいらねぇんだよ」


本当に偶然だった。


人を避けるように峠道を歩いていた俺の前で、

山賊がその家族を襲っていたのだ。


大きな荷車を引いていた家族。


職人風の男とその妻。そして娘。


必死で荷物をかばう男。

恐怖で腰を抜かしたのだろう女と、それに抱きつく娘。


返り血も気にせず、

妖刀オロチに付いた血を拭うと俺は言った。


「終わったぞ」


その一言で気が抜けたのか、

男がその場にへたり込む。


それでもすぐに立ち上がり、


「ありがとうございました!」


と俺に駆け寄ってきた。

いまだ残る恐怖に身体を震わせながらも、

男はまっすぐな感謝の視線を向けてきた。


俺はその視線に耐えられず、


「大したことじゃない」


と顔をそむけた。


そんな俺に、走り寄ってきたのが、


「ありがとう! お侍さん!」


と輝くような笑顔で、

俺の身体を染める返り血にもおびえる様子はなく、

走り寄ってきたのが、ミコトだった。


「私はミコト」


父はマモル。母はカナエ。

そう矢継ぎ早に紹介するミコト。


「本当にありがとう、お侍さん。

 今日はおっ父の大事な仏様を、

 街まで届けに行くところだったの」


俺はすぐに立ち去ろうとしたが、

何度もミコトが引き留めるように話しかけてくる。


『何なのだ、この娘。煩わしい』


ぶつくさいうオロチが少し面白くて、

俺はミコトの話に付き合っていた。


「仏様とは?」


俺の言葉にマモルが答えた。


「私は仏師。

 依頼を受けて仏様を彫る職人でして。

 今回は久々の大きな仕事を頂きまして……」


そう言いながら、

荷車に積まれた荷をあらためている。

確かに大きな荷に布がかぶされ、

縄でしっかりと固定されていた。


一抱えもありそうで結構な大きさだ。


「おっ父の自信作なんだ。

 悪い人たちに盗られなくて本当に良かった」


そう言ってミコトは、

そろそろ立ち去ろうという俺の手を引く。


そして、


「そうだ! お侍さん。

 このまま街まで護衛して?」


そんなことを言い出した。


「こら! ミコト」

「すみません。お侍様」


恐縮する父母にミコトは笑顔を向け、


「そうしよう!

 絶対その方が安心だよ!」


そう言って俺の手をぐいぐい引っ張る。


「お礼だってちゃんとしていないし」

「いや、俺は……」

「お願い。街までだから!」


結局、俺は仏像護衛の依頼を受けることになった。


『どういうつもりだ?』


オロチは不満気。しかし、


「なんとなく……だよ」


俺はそう返した。


オロチの呪い。

“満月が来るまでに人を斬らなければ俺は死ぬ”

その呪いから逃れるため、

俺の手は血にまみれている。


そんな俺の手を何も知らず放さないミコト。

その小さな手のぬくもりを、

俺はまだ手放したくは無かったのだ。



大事な仏像が載る大八車。


「行くぞ!」

「せぇーの!」


マモルが引き、俺が押す。

その両脇にカナエとミコト。


皆、黙々と進む中でも、


「頑張れ! 頑張れ!」

「あ、街が見えたよ!」


とミコト一人が元気に声を上げる。


街へと入った辺りで、


「そういえば!」


ミコトが大八車を押す俺を振り返った。


「お侍さん、お名前は何と言うの?」

「うん?」

「まだお名前を聞いていなかったなぁって」


キラキラした瞳で俺を見つめるミコト。


「アズマ……俺はアズマ、と言う」


「アズマ様! アズマ様かぁ!」


嬉しそうに笑顔で声を上げるミコト。


「“様”はやめてくれ……」


俺はそんな大層な人じゃない。

そんなつもりで言ったのだが――


「じゃぁアズマさん! アズマさんよろしくね」


何がそんなに楽しいのか、

ミコトはその場でくるくると回り出す始末。


「ミコト、危ないぞ」


「ほらミコト、見えてきたよ」

「あのお店だ」


「はーい」


父母の声に答え、ミコトが大人しく歩きはじめた。


そんな俺たちの目の前に大きな商店が見えてきた。


あれがどうやら目的地らしい。


人気の商店らしく人の出入りは多い。


そんな客たちを避けるようにして、

マモルが中へと入ったが、

裏へと回れと言われたらしい。


商店の裏側では、

次々と荷が搬入されている。


「ずいぶん繁盛している店のようだな」


「街一番の大店なんだって!」


そんな店から依頼を受けるとは、

マモルの腕は大したもののようだ。


「へへ! おっ父すごいでしょ?」


「こら! ミコト」


カナエに叱られ、舌を出すミコト。

そんな二人のやり取りをマモルはにこやかに見守る。


『けっ。下らん』


オロチは舌を打ち、

俺は苦笑いで一家を眺めるのだった。


マモルが仏像と共に商店へと姿を消し、

めいめい大八車周りに腰を下ろす。

しばらくして――。


「納品終わったよ」


マモルがそう言って戻ってきた。


そのマモルの笑顔に一同も笑顔に。


「お疲れ様」

「よかったね。おっ父」


カナエとミコトがそう言ってマモルへ駆け寄る。

そんな二人を見回し、そして、マモルが俺へと顔を向けた。


「アズマ様、これからどうするおつもりで?」


俺は立ち上がり、言った。


「また依頼を探して旅に出るさ」


そうして歩き出そうとする俺に、


「待ってよ! アズマさん」


とミコトが驚いたような声を上げた。


「何だい? ミコト」

「だって急すぎるよ」

「依頼は“仏像納品までの護衛”。

 無事に完了したじゃないか」

「でも……」


寂しそうな表情のミコト。

下を向いてしまった。


そこへ声を上げたのはマモルだった。


「しばらく家へ来ませんか? アズマさん」


「なんだって?」


「まだ何もお返しが出来ておりませんし、

 ミコトもこの通り寂しがっております」


「しかし……」


「次の依頼が見つかるまでで構いません。

 しばらくゆっくりしていかれませんか?」


それまで黙って聞いていたミコトも、


「そうだよ! ゆっくりしていってよ!」

と嬉しそうに顔を上げた。


そして、


『分かっているのか?』


とはオロチ。


分かっている。分かってはいるが……。


「しばらく世話になる」


俺はそう言っていた。


「やったぁ!」喜ぶミコト。


「よかったわね。ミコト」微笑むカナエ。


そして再びマモルと共に俺は大八車を押し始めた。


『どうしたというのだ……』


ミコトたちの家へと辿りつくまで、

俺はオロチの愚痴を聞き流し続けた。


◇


「見えたよ! ただいまぁ」


嬉しそうに走り出すミコト。


どうやらマモルたちの家へと帰ってきたようだ。

大八車を押していた俺は顔を上げた。


それなりの門構え、大きな屋敷だ。

仏師とは聞いていたが、俺の思っていたより大きな家だ。


「こちらに移り住んで、私で三代目なんです」


前で大八車を引いていたマモルが言う。

驚いた俺の表情を見て、申し訳なさそうに続ける。


「先々代の伝手でこちらの屋敷を頂いたそうで……」


「こちらこそ済まない。

 正直思っていたより大きな家だなと……」


「フフフ、アズマさんは思ったより素直なお方だ」


「親子三人、少し持て余しておりました。

 アズマさんのおかげで、しばらくは賑やかになりそうです」

そう言ったのは、横を歩くカナエだ。


「いや、俺はそんな大したものじゃ……」


「まぁまぁ。ミコトも喜んでおりますし」

「そうですよ。ゆっくりしていって下さいアズマさん」


カナエとマモルにそう言われ、

俺は所在無さげに身をよじる。


俺の心のどこかが温かくなり、

それを否定しようとする俺がどこかにいる。


それでも、俺は。


「世話になる」


そう言って皆と屋敷に入るのだった。


そしてしばらく無言だったオロチは、


『この家か? それとも奴らか。

 この雰囲気、どこかで……』


そう静かに呟いていた。


◇


門をくぐった俺たちは大八車を、

母屋の横、離れの傍にある小屋へと収めた。


「それで、アズマさんのお部屋なのですが……」


汗を拭いながらマモルが言う。


「そちらの離れを使っていただけますか?」


母屋とは廊下で繋がっていて、

離れには外から直接出入りできる戸もある。


「私の工房なのですが、

 寝泊りできる部屋もございます」


「俺はどこでも構わない」


「それじゃアズマさん、行こう」


そう声を上げ、ミコトが離れの戸を開く。

俺も後に続き、離れへと足を踏み入れた。


ほんのりと木の香りが漂い、俺の鼻をくすぐる。


奥には製作中だろう仏像や、

ノミや鉋といった工具が置かれているのが見える。


「ふふ。いい匂いでしょ?」


「ああ、何だか安らぐな」


「でしょう! 私も大好きなんだ!」


そう笑い、ミコトは草鞋を脱ぎ奥へと上がる。


「アズマさんの部屋はこっち!」


俺もミコトを追い、部屋へと上がる。


夕日が差し込む四畳半。

掃除が行き届いているのだろう。

綺麗な部屋だ。


俺が何も言えず立っているのを見て、


「ふふふ、気に入ってくれた?」


そう笑うミコト。


その笑顔に俺は、


「ああ、十分すぎるくらいだ」


そう答えたのだった。


◇


「それじゃ晩御飯の時にまた呼びに来るね」


そう言ってミコトは出ていった。

俺は妖刀オロチを置き、

燭台に火を入れた。

ふぅと一息入れて、俺は腰を下ろした。


『ふん。何やら抹香臭い部屋だ』


そう愚痴るオロチ。


「そう言うな。いい部屋だぞ」


『何を考えているのか知らんが、

 お前の身体は血の匂いに満ちておるのだぞ』


「ぐっ」


オロチの言葉に俺は言い返せない。

俺の心の温かい部分を一気に冷やされた気分だ。


『忘れているのか、

 忘れたいのか知らんがな。

 “呪い”からは逃れられんぞ』


「オロチ! 貴様……」


俺は堪らず立ち上がる。

しかしその後ろで戸が開いた。


「アズマさん、ご飯……」


ミコトだった。

肩を怒らせ立っている俺に身を強張らせている。


「ああ、済まない。すぐに行く」


俺は無理矢理に笑顔を作ると、ミコトへ言った。


「う、うん。すぐ来てね」


そう言って、ミコトは母屋へ走っていった。


『あの娘もお前の本性を知れば……』


「止めろ」


俺は声を押し殺しそう呟いた。


『ふん。心配せずとも俺の声は奴らには届かん』


「オロチ、……貴様」


『しばらくは好きにすればよい。

 どこまでお前が今のままでいられるか、楽しみだ』


それきり俺たちは何も言わず、母屋へと向かった。


「あ、アズマさん来た!」


俺が居間に入ると、ミコトが声を上げた。


マモルとカナエがすでに座っている。

その横にミコトの膳と、

上座に俺の膳が置いてある。


「待たせたようだな」


俺は頭を下げ、席へと腰を下ろした。


「いえいえ」

「アズマさんは大事なお客人ですから」


マモルとカナエがそう微笑み、


「さぁ! ご飯食べよ!」


ミコトがそう言って席につく。


そして一同顔を見合わせると、


「「「いただきます」」」


俺は自然と手を合わせていた。


いつ以来だろう。


こんな穏やかな心持で飯を食うのは。


ご飯と焼き魚と大根の味噌汁。


「今日は仏像の納品もあり、

 塩漬けの鮭を焼きました。

 少し塩辛いかも知れませんが……」


カナエが遠慮がちに言う。


「美味しいよ?」とミコトが声を上げ、


「ああ、美味しいな」マモルも笑う。


俺は焼き鮭を口に運んだ。


確かに塩が効いているが、

丁寧に焼き上げたのだろう、

ふんわりと柔らかい口当たり。


思わず俺は、


「美味い」


そう呟いていた。


俺の言葉にカナエがホッとした表情を見せた。


そしてマモルとミコトと顔を見合わせ、

微笑み合うと、


食卓は温かいものに包まれるのだった。


◇


俺がここへ来てからもう二日経っていた。

朝と夜、マモルたちと食事を囲む以外は、

与えられた部屋でのんびりと過ごしていた。


そんな三日目の朝食の席だった。


「すみません、アズマさん。

 これから隣で騒がしくなると思います」


カナエからご飯のお代りをもらっている俺に、

申し訳なさそうにマモルが言った。


「どういう意味だ?」


首を傾げる俺。

しかし何か察したミコトが嬉しそうに声を上げる。


「おっ父、依頼が来たんだね!」


マモルも嬉しそうに微笑む。


「ああ、この前のお店から、

 今度は小ぶりの仏像をいくつか依頼されてね」


ようやく俺にも合点がいった。


「なるほど、仏像製作が始まるんだな」


「はい、それで工房が騒がしくなると思いまして」


「俺は居候の身だ。

 文句など言わないさ」


「おっ父、頑張って!」

「ふふ、あなた、頑張ってくださいましね」


ミコトやカナエの笑顔に送られて、

マモルが工房へと籠ることになった。


トントントン

シュッシュッシュ


隣の工房から、木槌やノミの振るわれる音が聞こえてくる。


『朝っぱらからご苦労な事だ』


「いいじゃないかオロチ。

 うるさいって程じゃないだろう」


朝から聞こえてくるそんな仏像製作の音を聞き、

俺にも少し興味がわいてきた。


「ちょっと覗いてみようか」


俺はそう言って立ち上がる。

『ふん』と鼻を鳴らすオロチを無視して、

工房への戸を開いた。


「おっと……」


俺が工房へと立ち入ると、

一心に木を削るマモルの背が見えた。


よほど集中しているようで、

俺が入ってきたことにも気づいていない。


しかしその背中はいつも見ているマモルのそれでは無かった。


「鬼気迫る、といったところか……」


穏やかに笑うマモルの印象しか無かったが、

今見えているマモルの背中はとても大きく、

迫力に満ちていた。


俺は声をかけるのも憚られ、

静かに近寄ると、その手元を覗き込んだ。


コーン。コーン。


腰ほどの高さの木にノミを打ち付けている。


「大枠を作っている、のかな?」


俺は朧げに仏の姿を思い描き、

しばらくマモルの作業を眺めていた。


そのまま半刻ほど経っただろうか。


「ふうぅ」


そうマモルが息をついた。

そして肩を回しながら振り返った。


「おお、アズマさん。見ていたんですか」


「ああ、随分集中していたので、声もかけづらくてな」


「お恥ずかしい。作業中は周りが見えなくなる方で」


「いや、さすが職人だと感心していたところだ」


そして俺はマモルにいろいろと質問した。

マモルは作業中にもかかわらず、丁寧に答えてくれた。


そして、マモルが突然言い出した。


「そうだ。アズマさんもやってみませんか?」


「お、俺が? 仏像を彫るのか?」


「ええ。アズマさんが良ければお教えしますよ」


マモルの突然の提案に、俺がドギマギしていると、


「何々? アズマさんもやるの?」


そう言ってミコトが工房へ入ってきた。


「マモルが勧めてくれてな」


「一心に仏像に向かう。なかなかいいものですよ」


「アズマさん、やってみようよ!」


ミコトとマモルに勧められ、

俺も仏像を彫ることになった。


「では、アズマさん。こちらを」


そう言ってマモルが差し出してきたのは、

すでに大枠の形ができた小ぶりな仏像だった。


「ここから顔を彫るなり、衣装を彫るなり、

 やってみたいようにやってみましょう」


「ふむ」


俺は仏像を見つめ、

並べられた彫刻刀から小刀を取り出した。


そして顔に当たる部分に小刀を添えた。


「笑顔が似合いそうだ」


そう言って俺は小刀に力を込めた。


ストン。


仏像から首が落ちた……。


「………」

「………」

「………」


何とも言えない空気が流れ、


『ブハハハハ! それでこそお前だ!』


爆笑するオロチ。


小刀と首なし仏像を持ったまま震える俺。


「ま、まぁ。初めてのことですし」

「アズマさん、これからだよ!」


マモルとミコトの優しい言葉が胸に染みるのだった。


◇


「じゃ、邪魔したな……」


そう言って俺は、首無し仏像を置き立ち上がった。


そんな俺にマモルがまた作りかけの仏像を放ってきた。


「おっと」


と受け取った俺に、


「はじめはしょうがないですよ。

 よければそれでまた練習を」


マモルが笑顔で言う。

ミコトも立ち上がり言う。


「練習あるのみ、だね」


「わかったよ」


俺は仏像を懐にしまい、工房を出た。

そして自室に戻ったが、

なぜだかミコトもついてきていた。


「どうした? ミコト」


「アズマさん、変に落ち込んでいないかなって」


「はは、マモルに練習用の仏像ももらったし、

 またやってみるよ。そのうちな」


『フハハ。また首を落とすのがオチだと思うがな』


オロチの言葉にムッとしている俺。

そんな俺を気にせずミコトが室内を見回している。


「あれ? アズマさんの刀、置きっぱなしだね」


ミコトが床の間に置かれた妖刀オロチを見つけたようだ。


「マモルやカナエが嫌がるのでな……」


刀掛けに据えられた妖刀オロチ。

鞘まで赤黒く変色するほど、長年血に塗れてきた妖刀オロチ。

その姿は今も近寄りがたい圧を発している。


しかし、


ミコトは妖刀オロチに無遠慮に近づくと、


「ええ? 綺麗なのに、ねえ」


そう俺に向かって微笑んだ。


「綺麗、だと?」


「だって、アズマさんはこの刀でたくさんの命を助けてきたんでしょ?」


「!?」


「私たちみたいに」


俺は息を呑んだ。


『……この娘。………』

 

オロチですら困惑しているようだ。


「なんていうか、まっすぐで綺麗だな。そう思ったよ」


俺は背筋が凍る思いで立ち尽くす。

“呪い”から逃れるためにひたすら人を斬ってきた。


それを。


――まっすぐだ。

――綺麗だ。


ミコトはそう言った。


そんなんじゃない! そう叫ぼうにも声が出ない。


そして、


「ふふふ。もうすぐ晩御飯だよ。

 またね。アズマさん!」


そう言ってミコトは出ていった。


『本当に何だというんだ。……あの娘』


俺とオロチは、

再び晩御飯だとミコトが呼びに来るまで、

ひたすら立ち続けたのだった。


◇


そして俺は、マモルに渡された仏像で練習を重ねていた。

一心に仏像と向き合い、力の入れ加減と格闘する。


「ここを、もう少し……」


最初は首を落としてしまった仏像も、少しずつ形になってきた。


ミコトに笑われ、マモルに教えられ、時にはカナエに飯だと呼ばれる。

そんな穏やかな日々が、幾日か過ぎていった。



そんなある日の朝食の席だった。


「アズマさん! 街へ買い出しに行こう」


と、ミコトがいきなり言い出した。


「買い出し?」


「うん! 私と二人で!」


「二人で、だと?

 どういうことだ? マモル! カナエ!」


戸惑う俺に、二人は申し訳なさそうに言う。


「いつもはカナエとミコトで行くところなんですが……」


「私は今日、近所のお産に立ち会うことになってしまって……」


そう言ってカナエが説明を始めた。

なんでも、この辺りでは、ご近所総出で出産を手伝う習わしで、

ミコト出産の際にも手伝ってもらったらしい。

今回はそのお返しにと、お産を手伝うことになっているという。


「私も工房から抜ける訳にはいかなくて」


「それはそうかもしれないが……いいのか?」


「お客人に頼むのは申し訳ないのですが……」


「そういうことを言っているわけでは無いのだが」


「いいじゃない! アズマさん行こうよぅ」


「しかしなぁ……」


「さすがにミコト一人で行かせるわけにもいかず」


「どうかよろしくお願いします」


是非に、とマモルやカナエが頭を下げ、

俺はミコトと街への買い出しに出かけることになった。


食事を済ませた俺たちはすぐに家を出た。

そしてミコトたちと出会った峠を越え、街へとやって来た。


「やっぱり賑やかだね!」


様々な人々が行き交う市(いち)。

大きな掛け声が方々から聞こえてくる。


「安いよ! 安いよ!」

「朝獲れの野菜だ! 見てってくんな」


数々の屋台に野菜や魚、

乾物や豆腐、揚げ物まで並んでいる。


「私、ちょっと野菜を見てくるね」


そう言ってミコトが走っていった。

その背を眺めていた俺に声がかかる。


「よ、お兄さん。見てってよ」


俺が振り返ると魚を売っている屋台だった。


「新鮮な鰹だよ。買ってくんな!」


大きな鰹を掲げる店主。

笑顔で俺に勧めてくる。


「ふむ、鰹か……」


確かに良い形の鰹だ。

叩きにでもしてもらえば酒がすすみそうだ。

そんなことを考えている俺に、


「100文だよ! お買い得ぅ!」


と、店主がさらに勧める。


「100文か……」


俺が懐を確認していると、

周りから呟くような声が聞こえてくる。


「またやってるよ。あの店主」

「ずいぶんふっかけたなぁ」


「この野郎……」と俺は瞬間、妖刀オロチに手をかけていた。


しかし、


「やだなぁ! おじさん!」


とミコトが割り込んできた。


「もう! 高いよ!

 もっと負けてよぉ! 10文くらい?」


笑顔で言いつのるミコト。


「馬鹿野郎。この鰹見ろよ!

 獲れたてだよ! 90文!」


「まだまだぁ! 20文!」


そんな値切り勝負が始まり――


「負けたよ。50文ね。

 もってけドロボウ!」


そんな泣き笑いの店主から鰹を手に入れた。


「嬢ちゃん、よくやった」

「いい勝負だったぜ!」


周りから喝采が上がり、ミコトは自慢げ。

俺はオロチからそっと手を放した。


そして俺たちは野菜や鰹、

様々な食材の入った籠を背負い帰ることにした。


再び峠を上り、街を見下ろせる場所へと着いた時だった。


ミコトが崖の縁へと走り街を見下ろした。


「危ないぞ」


そんな俺の声を無視して、

ミコトは嬉しそうに街を眺めている。


さっきまでいた市(いち)も小さく見える。


風が、汗ばむ俺たちを吹き抜けていく。


そして、


「みんな、生きてるんだよね」と、ミコトが呟いた。


その言葉に俺は身体を震わせた。

何か大事なことを告げられた気がして――


「ふふ、帰ろっか」


ミコトはまた笑顔で歩き出し、

俺は背中の籠をとても重く感じながら家路につくのだった。


◇


そしてその日の夕食の時だった。


「いただきます」


俺はさっそく鰹の叩きに箸をのばしていた。


「うまい」


俺の顔を見て微笑むカナエだったが、

マモルやミコトの顔も見回しながら言った。


「無事に赤子が生まれましたよ。

 元気な男の子でした」


「おお! そうか」

「よかったね!」


マモルやミコトが嬉しそうな声を上げる。


「母親はずいぶん難産で苦しそうでしたけど、

 赤子の元気そうな声を聞いたら泣き出してしまって……」


カナエも我がことのように眉を顰めるが、


「でも、赤子を抱かせてあげたら、

 すぐに今度はうれし涙に……」


と、ほっとしたような顔になった。


「母は強し、だな」

「あ~あ、私も見てみたかったなぁ」

「ミコトも好きな人が出来れば、

 経験することになるわよ」

「そうなのかなぁ」

「おいおい、ミコトはまだ子供だぞ」


と、夕食の席は、みんな赤子の話で盛り上がるのだった。


「ごちそうさまでした」


夕食も終わり、俺は自室へ帰ろうと渡り廊下を歩いていた。

腹も膨れ、夜風を心地よく感じていた俺に、


『随分ぬるくなったな、お前は』


とオロチが話しかけてきた。


「ぬるい、だと?」


『斬るか斬られるか。お前にはそれしか無いというのに……』


「オロチ! 貴様」


俺はその場で立ち止まった。


『本当に忘れてしまっているのか?

 それとも、あ奴らとの生活でほだされたか』


俺が何も言えず立っていると、

オロチは静かな声色で囁いた。


『見上げてみるがいい。

 そうすれば思い出す。

 お前はこちら側の人間だということを……』


そして俺はオロチの囁くままに空を見上げてしまった。


そこには白く輝く月。


次の瞬間だった――


ドクン!


「ぐっ!」


俺は自分の首元を押さえる。

突如襲う頭痛に、息苦しさ。

汗が吹き出し、頬を伝う。

立っていることすらままならない。


「呪いか! クソが……」


それでも、ようやくのことで自室へ歩き出す俺。


『フハハハ! そうだ。思い出したか!?

 お前にとって、“人”や、“命”なぞ、

 お前が生きるための獲物でしか無いのだからな!』


などと高笑いするオロチの声が、

床についても俺の心を斬りつけ続けるのだった。


◇


ついに始まった“オロチの呪い”、その催促。

余計な心配はかけまいと、普段通りに振舞おうとしていたが、

朝晩の食事の席で、ミコトたちに心配そうな声をかけられる。


「アズマさん、どうしたの?

 とても具合が悪そうだよ」


「医者をよびましょうか」


「何か悪いものに当たったのでしょうか……」


俺は必死に取り繕い、


「心配ない。寝ていれば治るだろう」


そう言っては部屋へと戻っていた。


汗だくで横になる俺にオロチが囁く。


『どうした? 何故動かん?』


『以前なら番屋へ出向くなり、

 すぐに悪人を探すであろうに』


呪いの催促に必死で耐える俺に、

オロチはひたすらに囁き続ける。


『まぁな。猶予はまだある』


『身近に獲物もいることだしな』


「なんだと!?」


たまらず俺は声を上げた。

それでも――


『いざという時のためにここにいるのだろう?』


『すぐに首を落とせるぞ』


『……あんな小娘一人なら、な』


「!?」


俺は全身を襲う痛みに耐えながら立ち上がると、

床の間に置かれたままだった、妖刀オロチを手に取った。


震える手で腰に差し。


ミコトたちが寝静まる、

マモルたちの家を一人抜け出るのだった。


◇


足を引きずるように門を出て、

壁に手をつきながら歩き続ける。


『いよいよか! 待っていたぞ!』


月明かりが照らす街を、

脂汗をたらしながら歩く俺に、

嬉しそうにオロチが話し続ける。


『次か? 次出会った者を即座に斬り捨てよう!』


『逃げる間など与えん!』


『フハハ、斬られた者はどんな顔を見せてくれるか』


『ん? なかなかいないな、人が……』


そうオロチが困惑の声を上げる頃。

俺はミコトとも通った、峠道を上っていた。


『なぜこんな山道を?

 また山賊でも探す腹か?

 いくらなんでも……』


話し続けるオロチを遮り、俺は言った。


「なぁオロチ」


脚を上げるだけで一苦労。

ふぅふぅと息をつきながら、

それでも峠道を上り続ける。


『どうした?』


「お前は、

 “自分の命こそが全て”。

 そう言ったな」


『当たり前だ。死んだら終わりだ』


即答するオロチ。


『事実、そうしてきただろう? お前も』


「ああ、そうだな。俺も死にたくはない」


ゆっくりと、ゆっくりと俺は歩き続ける。


「しかし、あいつらも。

 俺たちの斬ってきた者も、

“自分の命こそが全て”だったのではないか?」


『なんだと?』


「あいつらだって生きていたかったのではないか?」


『なら俺が死ねばいいと?

 命尽きれば全てが終わるというのに?』


『死んだ奴らはその程度の命だったということだろうが!』


「死ねば終わり。本当にそうか?」


『ああそうだ! 何も残らん!』


「ミコトたちの周りで赤子が生まれたぞ?」


『はぁ?』


「命が繋がっているのではないのか?」


『戯言を……』


「俺に鰹の値を吹っかけてきた魚屋。

 あいつは明日も魚を売るのではないか?」


『また誰かに値を吹っかけるかもしれんがな』


「それでもその魚を食った誰かがまた、生き延びるのでは?」


『何が言いたい?』


ついに俺は辿り着いていた。

峠道の天辺、街を見下ろせる崖の上に。


「見ろよ、オロチ。

 あんな小さな家々に人が生きているんだ」


『それが何だと言っている!』


「マモルが仏像を作り、誰かがそれを拝む。

 魚屋が魚を売り、カナエが飯を炊く。

 そしてミコトたち子供が生きていく――」


俺は崖の縁に膝立ちに崩れ落ちると、

妖刀オロチを引き抜いた。


そして両手で掴み、切っ先を自分の腹に当てた。


『何をしている!』


「みんな生きているんだよ!

 てめぇの“呪い”にくれてやる“命”なんて無いんだよ!」


『死ぬ気か!?』


「ああ。だが――

 オロチ、お前の“呪い”で死ぬんじゃないぞ。

 俺の“命”で“呪い”を斬るのさ!」


『馬鹿野郎!』


「さぁ! 行こうぜオロチ!」


俺はそう叫ぶと、

腹を斬り、そのまま崖下へ身を投げるつもりだった。


これで終わりだ。

俺も、オロチも――。


そう思い、両手に力を込めた。

自分の腹を貫かんとしたその瞬間―― 。


『止めろ! アズマ!』


そうオロチが叫び、

俺は動けなくなっていた。


切っ先が腹の皮を薄く裂いた辺りで、

妖刀オロチはピクリとも動かない。


そして――、


「なんだ? この光は」


赤黒く変色していた妖刀オロチ。

それが光の粒のようになって、

はらはらと舞い上がっていく。


俺はその光の粒たちを目で追うと、

頭上に輝く満月へと消えていった。


カラン


俺の手から刀が落ちた。

赤黒かった刀身の変色がすべて消え、

輝くような一本の刀となっていた。


「オロチ……呪いを解いてくれたのか……」


俺は刀を拾い上げ、腰に差す。

そして立ち上がった俺の背中に、


「アズマさ~ん!」


必死の表情で駆け上がってくるミコトたちの声が聞こえる。


俺は振り返り、ミコトたちに手を振って歩き出す。


後ろを振り返ることもなく、


「さよなら」


そう呟きながら――


妖刀オロチ~最後の継承者~③命の価値

-完-

以上で「妖刀オロチ~最後の継承者~」終了となります。

最後までお付き合いいただきありがとうございました。


またこのような短編も投稿したいと思います。

それに「異世界はつらいよ~転生勇者放浪記~」第二部も再開します。


そちらもお付き合いいただければ幸いです。

よろしくお願いいたします。

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