第70話 噂の縁談相手は素直で少しノンデリ?
「ああ! あなたがブラックウォール公爵の……! するとこちらの方が――」
「弟のアルフレッドです。アルフレッド・テルス・ブラックウォールです」
レオフリックが紹介する前に、隣の青年が一歩前に出て自分から名乗った。
ふむ、兄のレオフリックは生真面目そうだが、弟のアルフレッドは気安さを感じる性格なのかな?
「父上からよくお話を伺っています。姉上もリリアーネ様のことを『信頼できる方ですわ』って褒めていて」
「アルフレッド。姉上の私的な言葉をそのまま伝えるものではない」
「別にいいだろ? 事実なんだから」
なるほど、二人の性格の違いがよく分かる。
この兄弟の力関係が一瞬で見て取れた。
そしてエセルが家で私のことを褒めてくれていたらしいことに、くすぐったい気持ちになる。
「立ち話もなんですし、よろしければご一緒しませんか?」
私が向かいの席を勧めると、レオフリックは「よろしいのですか」と恐縮しつつも腰を下ろした。
アルフレッドは遠慮なく座り、すぐに店員を呼んで自分たちの飲み物を注文している。
その手際の良さに、人見知りとは無縁の性格が表れていた。
「偶然お見かけして、もしやと思い声をかけさせていただきました。不躾であったならお詫びいたします」
「気にしないで。お父上にもエセルにもお世話になっている身ですもの。ご子息にお会いできて嬉しいわ」
そう言いながら、私は内心ちょっとだけ動揺していた。
目の前に座るアルフレッド、私の二つ年下の少年。
エルウィンが「婿にやるのもやぶさかではない」と言った、その当人なのだから。
もちろん表情には一切出さない。
出さないけれど、こうして本人を前にすると妙に意識してしまう。
「こちらが私のメイドのステラよ」
「……ステラです。よろしくお願いします」
内心を誤魔化すようにステラに挨拶を促す。
従者モードに切り替えたステラは礼をして挨拶をし、兄弟もにこやかに挨拶を返した。
アルフレッドはステラに挨拶を済ますと、改めてこちらに向き直った。
そして――私の頭の上をじっと見つめた。
「白い狼耳って珍しいですよね。うちの領地でも狼耳の人はいますけどみんな黒っぽい灰色で。こんな白に近いの初めて見ました。白い狼ってカッコいいですよね」
「アルフレッド、伯爵様に失礼なことを言うんじゃない」
レオフリックが低い声で窘めた。兄としての注意が板についていた。
悪意も揶揄もなく純粋な好奇心で尋ねてきたのだろうが……なるほどエルウィン評が頷ける。
「褒めてるんだからいいだろ、別に」
「褒めていようと初対面の方に、ましてや爵位を持つ方にそのような発言は無礼に当たるのがわからないのか……!」
「兄貴は堅すぎるんだって」
末っ子ゆえの奔放さなのか、アルフレッドはレオフリックの注意をさらっと受け流す。
こういうタイプはただのボンボンで終わるか大物になるかのどちらかだなあ。
印象そのものは悪くないけど、とにかく若さが目につく。
「ふふっ、いいのよレオフリック。その率直さはお父上譲りかしらね」
「父の名誉のために申し上げますが、父はもう少し節度が……いえ、似ているかもしれません」
注文したコーヒーがアルフレッドの前に届く。
彼は迷いなくカップを持ち上げて一口飲み、満足げに頷いた。
「ここのコーヒー美味いんですよ。兄貴がグランファーレンの輸入品を扱う店を調べてて、それでここに来たんです」
「私は調べ物の一環で立ち寄っただけだ。お前がついてきたんだろうが」
「一人で飲んでも味気ないだろ?」
兄の勤勉さに弟がちゃっかり便乗する構図。
本人たちにその気はないだろうが傍から見ると漫才のように見えて微笑ましいかもしれない。
とはいえ、私と結婚となるときちんとデリカシーは身につけてもらわないといけないなあ。
まあ? まだ十五歳だし、まだまだ修業が必要ってことよね。
「そういえば――晩餐会にはお二人とも出席なさるの?」
何気なく聞いてみる。
「はい。父の共に兄弟で出席する予定です。姉上も出席いたしますので、ブラックウォール家は総出ですね」
「宮廷の晩餐会なんて面倒だけど、王都にいる以上は仕方ないですからね。それに――」
アルフレッドがコーヒーカップを傾けながら、ちらりとこちらを見た。
「リリアーネ様もいらっしゃるなら退屈はしなさそうだ」
「あら、お世辞が上手いのね」
「お世辞じゃないですよ」
アルフレッドがけろりとした顔で言い切る。
そしてカップをソーサーに置くと、改めて私の顔をまじまじと見つめた。
今度は狼耳ではなく、顔を。
「…………」
数秒の沈黙。
それからアルフレッドはふうんと小さく息を漏らした。
「なるほど。父上の言ってた通り、綺麗な方だな」
――え。
不意打ちだった。
褒め言葉としてはストレートすぎて、逆に対処に困る。
しかも「父上の言ってた通り」という枕詞が付いている。
つまり、アルフレッドも私を縁談の候補相手として認識しているということだ。
どこまで話してるのよ、あのお父さん。
「アルフレッド!」
レオフリックがかなり本気で怒った声色で弟を叱った。
「そのようなことを公然と言うのが伯爵様に無礼だと何度言えば分かるんだ!」
「無礼って……俺はただ綺麗な人に素直な気持ちを伝えたまでだよ」
「その軽率さを恥じろと言っている」
レオフリックの叱責には、単なるマナーの注意を超えた切迫感があった。
おそらくレオフリックも――縁談の話を聞いているのだろう。エルウィンの後継者として公爵家の事情もよく理解している。
だからこそこんな公の場で不用意な発言をしてはならない、と弟の軽率な態度を本気で心配していのだろう。
「リリアーネ様、弟の無礼をお許しください。このように思ったことをすぐ口にしてしまう愚弟でして……」
レオフリックが頭を下げる。その表情は申し訳なさと弟への呆れが半々だった。
「いいのよ、本当に。率直な方が私は好きだから。でもアルフレッド、今後貴族の集まる場ではもう少し慎重に言葉を選んだ方がいいと思うわ。あなたの発言一つで、ブラックウォール家の品格が問われることもあるのだから。あなただけが咎められるわけではないのが貴族社会というものなの」
私の言葉にアルフレッドは「申し訳ありません」と素直に頭を下げた。
末っ子ゆえの生意気さはあるが、素直なだけに悪意がないのが伝わる。
そういう意味では、今のうちに指摘しておいたほうが彼のためになるだろう。
「――とはいえ、せっかくのせっかくの偶然の出会いですもの。堅い話はなしにしましょう。お二人は普段、王都では何をなさっているの?」
私は意識して話題を切り替えた。
レオフリックは安堵したように微笑み、アルフレッドは表情を明るくする。
「私は父の代理で諸々の事務的な手続きを。王都にいる間は文官としての実務も学んでおります」
「俺は……まあ、剣の鍛錬とか。あと兄貴の買い出しについていったり」
「お前はもう少し書物を開け。父上にもそう言われているだろう」
「はいはい」
レオフリックの嘆きとアルフレッドの受け流し。
エルウィンが「剣の鍛錬ばかりにかまけて勉学がおろそかになる」と嘆いていたのはこういうことか。
でもアルフレッドの「はいはい」には反抗心ではなく、兄への信頼のようなものが見え隠れしているようにも見えた。
少しノンデリな感じではあるけれど、兄を慕っているという印象を受ける。
しばらくの間、四人で他愛のない会話を続けた。
レオフリックは真面目だが受け答えに無駄がなく、話していて気持ちがいい。
アルフレッドは時折脱線するが、場を和ませる天性の明るさがある。
二人ともエセルが大好きなのは言葉の端々から伝わってきた。
「そろそろ失礼いたします。長居してしまいました」
レオフリックが席を立ち、丁寧に一礼する。
「晩餐会でまたお目にかかれることを楽しみにしております。――アルフレッド、お前もちゃんと挨拶しろ」
「分かってるって。リリアーネ様、今日はありがとうございました。――晩餐会でもよろしくお願いします」
アルフレッドが軽く頭を下げた。
そして最後にもう一度、私の目を見て笑った。
人懐っこくて、どこか悪戯っぽくて、裏のない笑顔。
エルウィンが言っていた亡くなった母親似というのはこの辺りなのだろうか。
二人の背中が通りの雑踏に消えていく。
私はぬるくなったコーヒーを一口含み、ふうと息を吐いた。
「……いい兄弟仲ね」
独り言のつもりだったが、隣のステラがぽつりと応えた。
「……兄の方は堅実で真面目。跡取りとして申し分ない。弟は……」
「弟は?」
「……まだ若くて未熟だけど、将来有望かもしれない」
へえ……ステラはアルフレッドを評価するんだ。
確かに将来は化ける可能性を秘めていたと思う。でもそのためには世間をもう少し知る必要があるだろう。
それだけ言ってステラは残りのコーヒーを飲み干した。
――将来有望かもしれない。
ステラの言葉を反芻しながら、私は空になったカップをソーサーに戻す。
あの少年が、いつか私の隣に立つ人間になるのだろうか。
まだ分からない。分からないけれど――
「――帰りましょう。そろそろ晩餐会の準備もしなくちゃ」
「ん」
私たちは席を立ち、夕暮れが近づく王都の街を背に別邸への帰路を歩いた。




