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第107話 ほっとする正論パンチ

 エルベ修道院を発って数日。

 年末の空気が一段と冷え込む中、馬車は無事にヘルマンシュタイン領に入領する。

 街道沿いの農村はどこも閑散としていた。

 冬だから人通りが少ないのは当然だが、村人たちの表情は暗く表情に活気が感じられない。

 街道沿いの市も品揃えに乏しく、値段もアッシュフィールドの倍近い。


「予想はしていたけど、やっぱりひどいことになってるわね……」


「元々エルベ谷紛争の賠償金で財政がきつかったところに、バルモアの穀物高騰が直撃したからな……むしろこの程度で済んでいる方が驚きだ」


「……賠償金については春まで支払いを猶予したけど、それでもこの有様ということね。……バルモアの大火の時点で賠償金の一時停止を打診すべきだったかしら」


「お嬢は悪くねえよ。勝った側がいちいち敗者を慮る必要はねえ。それを言うならあちらさんこそハナから喧嘩を売らなきゃよかった話だぜ」


 確かにイリヤの言う通りでもある。

 でもやはり自分の決断の結果が目の前にあると、考えないわけにはいかない。

 この困窮を見れば、ヘルマンシュタイン伯爵が通商協定に前向きな返事を寄越した理由もよくわかる。

 乗らざるを得ないのだ。乗らなければ、この領地は冬を越せるかどうかすら怪しい。


 領都ヴァイテンブルクに近づくにつれ、多少は人の気配が増えたが活気とは程遠い。

 都市部であるここでも市は閑散としていた。


 穀物高騰の際、私はアッシュフィールド領からの物資流出を防ぐために輸出制限をかけた。

 領民を守るための判断としては正しかったが、その結果周辺の領地に流れるはずだった物資が止まったことでヘルマンシュタイン領の窮状をさらに悪化させた側面は否定できない。


 ヘルマンシュタイン伯爵の館に到着したのは、昼を少し過ぎた頃だった。

 うちの屋敷とはまた違った雰囲気の門構えは、一応家格はアッシュフィールドより上の伯爵家であることを示している。

 門前に出迎えが立っていた。――が、予想していたのとは少し違った。


 家臣の一人ではなく、若い女性だった。

 私と同年代ぐらいの金髪碧眼の女性で、質素だが仕立ての良いドレスを身にまとっている。

 初めて会う相手だが、見覚えのある雰囲気がある。

 ――ああ、あれだ。王都のサロンにいそうなタイプのお嬢様だ。


「アッシュフィールド伯爵閣下でいらっしゃいますわね。お待ちしておりましたわ。ゲルダ・ヘルマンシュタインと申します。父に代わりご案内を仰せつかりました」


 マジかよ。あの狸親父にこんな可愛い娘がいたなんて聞いてないぞ。

 そういえば王都の晩餐会の時に夫人同伴で参加していたっけ。

 ヘルマンシュタイン夫人の顔を思い出すと、目の前の女性にその面影が見えた。

 一方で私たちを見る視線は、露骨にこちらを値踏みするものだった。


「まあ……本当に獣耳の方が伯爵をお務めですの。話には聞いておりましたけれど、実際に拝見すると随分と――珍しいものですわね」


 お、しばらく聞いてなかった私の狼耳へのディス、お久しぶりです。

 ちらりとイリヤに視線を送ると狼面の男は肩をすくめた。


「珍しいでしょう? 自分でも時々そう思うわ」


「ご自覚はおありなのね。少し安心しましたわ」


 安心ってなんだよ。

 というか私は伯爵だからあんたより格上だぞ。口を慎まんかい。


「さあ、お部屋にご案内いたしますわ。父はただいま先客のお相手をしておりまして」


 先客――レオフリックだろう。

 どうやら一足先に到着しているようだ。

 

「ところで――そちらの従者の殿方の名前をお伺いしてもよろしいでしょうか?」


「従者の殿方って……イリヤのこと」


「そちらではございませんわ。黒髪の方ですの。ええ、わたくしは身分の差にこだわるほど狭量ではございません。よろしければこの後一緒にお茶でも――」


 あん? こいつアルフレッドをナンパしてるのか? 

 よりにもよってアルフレッドを私の従者と勘違いしてるとは……うぷぷぷ。

 当の本人はナンパされたことにも気付かず、きょとんとした表情でいた。


「アルフレッド、自己紹介をお願い」


「えっ、あっはい。アルフレッド・テルス・ブラックウォールです。ゲルダ・ヘルマンシュタイン様、お初にお目にかかります」


「ふむブラックウォール……ブラックウォール……ブラックウォールぅぅぅっ!!!?」


 ゲルダが目を丸くして固まった。

 へへっ、うちの従者なぞと思って油断してた罰だわ。

 あんたよりずっと格上の公子様に失礼しちゃったねー?

 

「ひぃぃぃぃっ、知らないこととはいえ何と無礼なことを! あわわわ、お許しくださいませぇっ」


 さっきまでの高飛車な態度が嘘のように、ゲルダはアルフレッドに平謝りする始末。

 ここまで一瞬で態度が変わるのは見てて楽しい。

 アルフレッドは苦笑しながらも、相手をなだめるように手を振った。


 ※


 ゲルダに案内され、屋敷の廊下を歩く。

 廊下は冷え冷えとしていて、暖房が十分に行き届いていない。

 アッシュフィールド邸であれば冬場は各所に暖炉を焚いて廊下まで温めているが、ここではそれだけの薪を使う余裕もないのかもしれない。


「あまり暖房が行き届いておりませんが、ご容赦くださいますようお願いいたしますわ。物資が不足しておりますので」


 ゲルダは真っ直ぐ前を向いたまま、淀みなく言った。

 だがその声には謝罪というより、噛み締めるような硬さがあった。

 自分の家の現状を他所の人間に見られることへの屈辱を押し殺しているような声。


「……当領の窮状は、ご存知でいらっしゃいますわよね? エルベ谷を巡る紛争で父が敗れ、賠償金を課され。そこへバルモアの大火と穀物の高騰。領民は日々の糧にも事欠く有様ですわ」


「ええ、承知しているわ」


「まあ、ご存知でいらっしゃるのね」


 ゲルダの声がわずかに尖った。


「では、ご存知の上でお尋ねしますけれど――穀物が高騰した折、アッシュフィールド領が真っ先に輸出をお止めになりましたのも、ご記憶にございますよね?」


「それは――」


 耳が痛い。物資の輸出を止めたのは私の判断だ。


「当領は以前からアッシュフィールド領の穀物を購入しておりましたの。それが突然止められて、代わりの仕入れ先を探す余裕もなく……冬が来る前に備蓄を積み増すこともままなりませんでしたわ」


「あの時点では私の領地の備蓄も十分とは言えなかった。領民を守るために必要な判断だったの」


「ええ、ご自分の領民をお守りになったのですわよね。それは立派なことですわ。それで――お隣の領民がどうなろうと構いませんものね?」


 ちくちくした言葉が私に刺さる。

 反論したい気持ちはあるが、彼女の言葉は正しい。

 私の判断がヘルマンシュタインの窮状を深めた。それは事実だ。

 それに――面と向かって批判されることにどこか安堵の気持ちもあった。


「……仰る通りね。あの判断で近領に影響が及んだことは認識しているわ。だからこそ今回は直接足を運んだのよ。書面一枚で済ませるつもりはないわ」


 ゲルダは一瞬だけ私の顔をじっと見た。

 それから視線を前に戻し、小さく鼻を鳴らした。


「そういうことにしておきますわ」


 完全には納得していないが、こちらの姿勢は受け取った、というところか。


「ゲルダさん、一つ聞いていいですか」


「どうぞ。わたくしの答えられる範囲でなら」


「――ここの領民はアッシュフィールド領のことをどう思っているの」


 聞いてどうなるようなものではない。

 だけど私は知りたかった。

 この領地で暮らす人たちが、アッシュフィールドのことをどう思っているのか。


「――この窮状から目を逸らすためにアッシュフィールドの敵愾心を煽っている、と答えたら満足ですか?」


「えっ――」


「理由はどうあれ当領はあなたに戦で負けた。そしてその敗北が今の苦境に繋がっている。これは紛れもない事実。しかし――戦は我が家から仕掛けたもの。負けた後で勝った相手の憎しみを煽るほど、恥知らずな真似はできませんわ」


「ゲルダさん……」


 プライドの高い高慢なお嬢様と思っていたが、貴族としての矜持も持ち合わせているようだ。

 それを聞いて、私はほっと胸をなでおろした。


「だからといってアッシュフィールドを慕っているわけではないですから、勘違いしないでくださいませ」


「そうね……」


 まあそうだろう。

 彼女は私を嫌ってはいるが、感情的に嫌っているわけではない。その判断は信用できる

 私たちは無言のまま歩き、客間に通された。


 ※


 会議が始まるまで客間に通され、しばしの休憩を取る。

 ゲルダは私たちと話すことはないとばかりに案内した後はさっさと部屋から出て行った。

 せっかく誘ったんだからアルフレッドとお茶でもすればいいのに、と思うのだが、それはゲルダが彼の素性を知る前の話だ。

 あのくらいのプライドの高いお嬢様なら、目を付けた男が自分より身分が高いと知ったら潔く身を引くだろう。


「アルフレッドも罪な男よねー」


「えっ、何で」


「かーっ! 一人の女の子の恋を終わらせておいてその言いぐさ」


「いや本当に何でだよ!?」


「アルフレッド、お前もう少し自分の顔の良さを自覚しろよ」


「えぇ……」


 イリヤにまで言われて、アルフレッドが複雑そうな顔をする。

 ステラは興味無さそうに茶菓子を口にしていた。


 ややあって、客間の扉がノックされ懐かしい顔ぶれが訪ねてくる。

 大柄で眼鏡をかけた真面目そうな青年のレオフリックだった。


「お久しぶりです、リリアーネ様」


 レオフリック・マルス・ブラックウォールは、深く一礼してから部屋に入ってきた。

 半年前、王都のカフェで会った時よりもずっと大人びて見える。

 これが男子三日会わざればなんとかとやらか。


「久しぶりね、レオフリック。お元気そう――とは言い難い顔色だけど」


「お恥ずかしい限りです。多忙を言い訳にするつもりはございませんが――と申し遅れました。ブラックウォール家が嫡子、レオフリック・マルス・ブラックウォールと申します。この度は父エルウィンの名代として参上させていただきました」


 レオフリックはイリヤの方に向き直り、深々と頭を下げた。

 イリヤはそれを受けたまま、いつも通りの軽い口調で話しかける。


「イリヤ・ヴォルージンだ。まあアッシュフィールド伯爵の御用商人をしている。今回の実務面は俺がまとめるからよろしく頼む。……っと少々育ちが悪いゆえ無作法なところはお許し願いたい」


「いいえ、アッシュフィールド領の活気に溢れた空気はよく伺っております。こちらこそよろしくお願いいたします」


 おー、さすがのイリヤも畏まった口調になるのか。

 レオフリックの実直な態度にイリヤも気を遣っているようだ。


「よっ、兄貴久しぶり」


「ふむ。アルフレッドはアッシュフィールドで勉学に励んでいると聞いている」


「ああ、リリアーネのところは毎日が勉強さ。とても充実してるよ」


「リリアー……ネ?」


 レオフリックは眉がピクリと動いた。

 あっ、やべ。弟が私を呼び捨てにしてることについ反応しちゃってますよ?

 彼のその口が開きかけた瞬間、私は先回りして言った。


「あ、それは私がそう呼ばせてるから。気にしないでちょうだい」


「しかし……いえ、リリアーネ様がそれを良しとなさってるのでしたら、私がとやかく言えたことではないので」


 レオフリックは一瞬躊躇ったが、当人がそう言うのであればと引き下がった。

 が、納得しきれてない様子でアルフレッドをチラチラと見ていた。

 

「兄貴、エルベ修道院で姉上に会ってきたよ」


「姉上は元気だったか?」


「ああ、元気に歌って踊っていたよ」


「は――?」


福音劇(ゴスペル・ライブ)と言うんだ。舞台を組んで、女神様に感謝の歌と踊りを捧げるんだ」


 アルフレッドは興奮気味に語る。

 私もエセルとアストリッドのデュエットが織りなす舞台に引き込まれたので、気持ちはわかる。

 レオフリックは最初こそ福音劇という突拍子もない企画に目を丸くしていたが、興味深そうに話に耳を傾けていた。


「そうか……姉上は修道院で自由に過ごせているようだな」


「初めてかもしれない。姉上が普通の女の子みたいな顔をしてるの。俺たちが物心ついたときには母親代わりとしてそこにいたから、姉上が普通に振る舞うところなんて見たことがなかった」


「それは……ああ、その通りだな」


 婚約破棄はエセルにとって不幸な出来事だったが、少なくともブラックウォール家の重圧からは解放された。

 それが良かったか否かは部外者の私が判断することではない。

 けれど彼女が今、以前とは違う笑顔を見せているのは確かだった。


 ひさびさの再会を果たしたレオフリックとアルフレッドは兄弟水入らずの会話を楽しんでいた。

 私はそのやり取りを聞きながら、やがて来る協議の話題を頭の中で整理していた。

次話の投稿は8/2を予定しています。

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