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第102話 新秩序への身の振り方

 十一の月の末。もうあと数日で十二の月になろうかという時期。

 イリヤの商人ルートから王都の様々な詳細な報と、セレスティーヌからの書状が届いたのはほぼ同時だった。

 私はいつメンを集めて会議のテーブルに付いた。

 まずはイリヤが持ってきた商人筋情報――先日の教会筋とは違った、セレスティーヌの検閲がない生の声からの報告を聞くことにした。


 イリヤは懐から手帳を取り出し、それをめくりながら報告を始める。


「十一の月十八日。ローゼンシルト公爵セレスティーヌは勅に応じて王都に入城。ただし主力は城外に待機させ、本人は数十騎の精鋭と共に王宮前広場にて救国軍討伐の勅書を公衆の面前で受け取り――それを破り捨てた」


「やっぱりね……」


 リュシアの予測は当たっていたらしい。

 私は目を細めて頷く。


「その場で反逆の意志を宣言すると同時に、待機させていた主力部隊が一斉に王都になだれ込み王宮を制圧。完全な奇襲で王宮の兵はほとんど抵抗できなかったそうだ」


「宮内府の行政官たちは?」


「殺されてはいない。一時的な拘束はされたが、すぐに解放され宮内府長官のハウザー卿をはじめ主だった文官はそのまま業務を続けているらしい。どうもセレスティーヌは文官たちを殺す気はなかったようだ。行政を動かせる人間は生かしておくと最初から決めていたんだろう」


 行政官を殺さずに一時的な拘束に留める。

 彼らも無事が保障されるとわかれば、混乱を抑えるために早急に業務に復帰するだろう。

 クーデターがただの思い付きでなく、周到に計画されていたことが見て取れる。


「……それで、ジークハイト陛下は」


「自害を勧められて拒否、逃亡しようしたところをローゼンシルトに背中からバッサリだ」


 うーむ、ジークハイトの最期の状況が妙に詳しいのが気になる。

 この情報を聞いた誰もが王の情けない末路を想像するはずだ。


「情報源はイリヤの伝手なんだっけ?」


「ああ、複数から同じ話を聞いてるから信頼性は高いと思うが……どうした?」


「どうもジークハイトの死に様が、誇り高い死も選べぬ情けない王だという印象を残すように意図的に詳細な状況を伝えられている気がして」


 事実を歪めていないかもしれないが、事実の伝え方に意図的な印象操作がある。

 あたかもこんな情けない王を誅するのは当然だという空気を作るために。

 そういう情報操作の気配を感じる。


「言われてみれば確かにそうかもしれんな。今のところ、この件で王都ではジークハイトの死を惜しむような空気はない。元から評判悪かったのと、ローゼンシルトの情報操作が上手く回っているんだろう。現に王殺しの後は民衆に配給を命じ、王都の治安は意外なほど安定している」


 アルフレッドが苦々しい表情で顔を伏せていた。

 おそらく王都の民衆にとっては王の死を喜ぶこともなく、そして悲しむこともない事柄なのだろう。


 忠誠を問われる貴族と違って庶民は誰が頭にすげ変わろうと、日々の生活が安定するなら誰でもいい。

 王の座に座る者がジークハイトであろうとローゼンシルトであろうと、彼らにとっては関係ない。

 アルフレッドは民衆のドライさに複雑な思いを抱いているのだろう。


「そして二日後の二十日。王都の西方に到着した救国軍と接触。武力衝突は一切なく、ローゼンシルト自ら出向いて救国軍を自らの軍勢に取り込むことに成功した。盛大にメシを振舞ってな」


「そんな簡単に取り込まれたなんて……」


「前にローゼンシルトは一週間だけバルモア領に食糧を支援をしていたと言ったよな。あれがここに効いたってわけだ。誰もが自分たちを見捨てる中で、唯一短い期間とはいえ物資を支援してきたのがローゼンシルトだ。救国軍にとって恩義がある存在。それが王都の前で『共に手を取り合おう』って誘いをかけて、メシも振舞ったらコロっとなびくだろ」


 私はローゼンシルトの用意周到さに恐ろしさを感じていた。

 いつから彼女はこの簒奪劇を計画していた?

 一週間分の施しもバルモアを崩壊させ、飢えた民に反乱軍を結成させるための布石だった?

 全てがローゼンシルトの掌の上なら、彼女はどこまで見通しているんだ――


「まとめると現時点でローゼンシルト公爵の手元には、正規軍と吸収した救国軍。加えて王都の行政機構だ。やべえな、国を丸々盗むことに成功したってわけだ」


 イリヤの言葉に執務室の空気が重苦しくなる。

 暖炉の炎だけがぱちぱちと小さな音を立てていた。


 イリヤの報告を聞き終えて、私は全体像を頭の中で組み立てなおす。

 そして――ぞっとした。


 反乱軍討伐の勅に応じるという名目で軍を合法的に王都へ移動させる。少数で入城して民心を掌握し、主力は外に温存。タイミングを見計らって一気に制圧。行政機構は破壊せず接収。反政府勢力は殲滅ではなく懐柔して自軍に編入。

 そしてこの世界の実質的メディアとも言える教会を押さえ初動の情報も統制した。


 これは中世の簒奪劇じゃない。

 前世の記憶にある――教科書やニュースで見た、現代のクーデターの手法そのものだ。

 正当な手続きを装って軍を動かし、電撃的に首都を制圧し、通信インフラを押さえて情報をコントロールする。

 市民には『秩序の回復』を旗印に掲げ、流血を最小限に抑えて既成事実を作り上げる。

 この世界の常識で動いている人間には何が起きたのか理解が追いつかないだろう。


「俺からの情報はこれだけだ。で、ローゼンシルト公爵サマ直々の書状も届いたんだってな?」


「はい、こちらでございます」


 ヴェルナーが封蝋のついた書状を机の上に置いた。

 ローゼンシルト家の薔薇の紋章が押された、上質な羊皮紙。

 私は封を切り、中身を広げた。


『親愛なるアッシュフィールド伯爵リリアーネ閣下。

 初冬の候、閣下におかれましては益々ご清祥のこととお慶び申し上げます。

 このたびの国内の混乱に際し、閣下が自領の安寧のためにご尽力されていることは王都にも伝わっております。その堅実なるご統治に、心からの敬意を表します。


 さて、すでにお耳に届いているかと存じますが、先般の動乱において国王陛下が崩御され、王都は一時混乱に見舞われました。私は勅命に基づき王都の治安維持に当たり、現在は民の安全と秩序の回復に努めているところでございます。


 幸いにも、この非常時において多くの方々が新たな秩序のために力を貸してくださっております。ゼーヴェルト公爵閣下も、国の再建のために積極的なご協力を申し出てくださいました。


 この国は今、大きな転換期にございます。

 旧き秩序は崩れ、新しい道を模索せねばなりません。


 その道程において、閣下のような聡明で堅実なる統治者のお力添えは、何にも代えがたいものと確信しております。

 閣下のご事情やお立場は十分に承知しております。

 何も急ぐつもりはございません。

 ただ、もし閣下にその意思がおありでしたら、この国の未来のために共に歩む道をお示しいただければ幸いに存じます。


 閣下からのお返事を、心よりお待ち申し上げております。


 セレスティーヌ・ベネディクタ・ローゼンシルト』


「慇懃無礼の見本市ね。『私に臣従しろ、さもないと――』って遠回しにしか言ってないわ」


 リュシアが肩をすくめて笑う。

 書面だけ読めば何も脅していない。

 しかし文の裏に込められた意思を汲み取れば、明らかな圧力だった。


「というかさりげなくゼーヴェルト公爵が味方についたと書いてるけど……」


 四大公爵の一人、北方を治めるゼーヴェルト公爵。

 私も何度か言葉を交わしたことはあるが、貴族というよりは外資系商社のエリートビジネスマン、あるいは企業再建コンサルタントって感じの人。つまり、胡散臭くて鼻持ちならない機会主義者って感じ。


「成金公爵からすれば王家は重要な取引先程度の存在だからな。それが崩れればとっとと見限って次の取引先を探すさ。今回はローゼンシルトにいち早く自分を売り込んで、共同経営者に収まろうって魂胆だろう。忠義もクソもあったものじゃねえが、ローゼンシルトのほうもそれを承知で同盟したんだろうな。両者にとっては良い条件の取引だ」


 イリヤの分析は商人視点からの的確な指摘だった。

 ゼーヴェルトは新たな秩序の共同経営者になりたい。

 ローゼンシルトは公爵家の一つが味方についたことをアピールして、他の諸侯の臣従を促したい。

 これは見事な利害の一致だ。


「で、どうするよお嬢」


 全員の視線が私に集まった。

 私は椅子の背にもたれ、天井を見上げた。


 正直に言えば――ローゼンシルト公の統治能力そのものは認めざるを得ない。

 自領の食糧危機を乗り切り、王都の秩序を回復させ、反乱軍すら取り込んだ。

 あのジークハイトと比べたら、ずっとマシな統治はできるだろう。

 もし彼女が純粋に善政を敷くだけの指導者なら、従うことに何のためらいもない。


 だけど――問題は手段だ。

 今の王都は血で買った秩序にすぎない。

 王家の権威を失墜させ、武力で簒奪した政権を正統とは言えない。


 ゼーヴェルトは例外としても多くの諸侯は簡単に従えないだろう。

 今ここで膝を屈したら、簒奪という行為そのものを追認することになる。

 気に入らない統治者は力で倒していいという前例を追認することに他ならない。


 ローゼンシルトも自分に正統性が欠けることはわかっているはずだ。

 だからこそ、ゼーヴェルトを取り込んで、他の諸侯の従属を取り付けて、形の上でも正統性を構築しようとしているのだ。

 この書状も圧力ではあるが、明確な敵対宣言をしない限りは諸侯に判断を委ねる寛大な姿勢を装っている。


 ゆえにここで敵対宣言をする理由もない。

 うちはただの東の辺境の一伯爵で、四大公爵とは規模も臣従することの政治的意味も違う。

 ローゼンシルトの関心は残る最後の公爵家、ブラックウォールの動向に絞られているはず。


「返書は出すわ。ただし、のらりくらりと曖昧に『折からの困難な情勢下、自領の安定に全力を注いでおり、閣下のご事業に深い敬意を抱いております。落ち着きましたら改めてご相談の機会を賜りたく存じます』――こんなところで」


「ハッ! 要約すると"()()()()()()()()()()()()"か」


「それでいいのよ。今は情報が足りなすぎる。ローゼンシルトが本当に何を目指しているのか、ゼーヴェルトとの間でどんな取引が交わされたのか、そしてブラックウォールがどう動くのか。それが見えるまでは態度を決められない」


「お嬢の判断は理解する。ただ一つ。ブラックウォール公爵の動向は早めに掴みてえ」


 イリヤが低い声で言った。

 その視線が一瞬だけアルフレッドを見た。


「ブラックウォール公がローゼンシルトに従うのが一番丸く収まる。旧秩序の守護者たるブラックウォール家が新秩序に臣従するなんてこれ以上ないローゼンシルトの正統性を高める材料になるだろうからな」


「親父はどう動くだろう……姉上のことがなければ簒奪者と手を組むことなんてしないけど……」


 エルウィンはエセルの件で、王家から多大な屈辱を受けた。

 あの晩餐会の日、娘を辱めた王に頭を下げることしかできなかった父の苦悩を、アルフレッドは間近で見ていたはずだ。

 現に救国軍討伐のためにブラックウォールは自領優先のために派兵を断っている。忠義と屈辱との板挟みで苦悩していることは想像に難くない。


 私がこう思うということはローゼンシルトも同じことを考えているだろう。

 彼女もあの晩餐会に居合わせた一人だ。エルウィンの苦悩を慮り、そして利用しようとするに違いない。


 家名の誇りのために消滅した王家に忠義を尽くすのか。

 一人の父親として、娘を辱めた王家に対し愚直に忠義に殉じることをやめるのか。

 どちらにせよ、ブラックウォールは苦しい決断を迫られる。

 

 そしてアルフレッドを預かる私も、その決断の余波をどう受けるかを選ばなければならない。

 それがどのような形になるかわからないけど、他人事では済まなくなる。

 エーデルガルドの情勢は日々刻々と変わっている。

 その一瞬の変化が、明日のアッシュフィールドの運命を左右するかもしれないのだ――

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