人体と魂についての話
男は僕に、人体と魂についての話をした。
勘弁して欲しい。僕はさっきまで、人の連続性について考えていたばかりなんだ。それでも男はお構いなしに話をする。
彼が言うに、人体と魂の総数は一致していなければならない、ということだ。
「どちらか片方が多いなんてのはダメだ。きっちり同じ数でなくてはならない」と男は言った。
僕は少し間をおいて、本当に魂というものがあるなら、という前置きを付けて話をする。
「本当に魂というものがあるなら、数が合わないなんて事はないでしょう。僕らは生まれてからひとつの魂だけで生きている……と思います」
「魂は信じない?」
僕は分からなかった。これは人体と魂の話で、人格とはまた違った話なのだ。
「あってもいいとは思いますし、実際あるんじゃないかとも思ってます。僕から言わせれば、魂なんて占いとか、UFOやネッシーみたいなもんなんです」
「サンタ・クロースとか?」
「サンタ・クロースとか」
男は土星のネックレスを手の中で弄る。薪はすっかり燃え殻となり、それをみた男は靴裏で地面を均した。それから蝋燭の火を消すみたいに一息吐く。
「うん。見たことがないと言うが、これは魂そのものだぜ」
「魂そのもの?」
類稀なる光のそれは、相変わらず瓶の底で発光していた。
瓶を振ると緩慢な動きで駆け巡る。そしてまた瓶底に沈む。そっと眠りにつくように横たわる。まるで落ちた天使の羽が、枯葉や松笠と一緒になって、誰に目にも触れらずそこにあるみたいに、何かの到来を待ち受けているかのように見えた。
とても自然なものとしてそこにあるのだ。
「それはだな」と男は言った。
「重さがあるから自然に見えるんだ。何事にも重さはある。どんな物も、どんな事にも。しかし i 自体に重さはない。0グラムだ。軽いのではなく重さがない。質量は0。そして常に移動し続けている」
「移動し続けている?」
「そう。無秩序に移動し続ける粒子。その粒子を俺たちは i と呼んでいるんだ。 i はある一定量蓄積されると、人体に影響を及ぼす。身に覚えがあるだろう?」
僕は頷いた。身に覚えなら嫌ってくらいある。
しかし、なぜこの男はそれを知っているのだろうか。彼は僕に色々語ってくれるが、それは僕自身の解決にはあまり役立っていないような気がした。
疑問は疑問を呼び、点と点は繋がらず、点が増えていく一方だ。バラエティに富んだ点たちが僕を惑わせている。
「 i には重さがない。それでもこいつに重さがあるのは、魂が宿っているからさ。魂には21グラムの重さがあるって説くらいは聞いたことがあるだろう?」
「死んだ人間の重さが、死ぬ直前までの重さから21グラム軽くなったってやつですね」
「ああ。だが数字なんてどうだっていい。大切なのは魂には重さがあり、そして類稀なる i は魂が宿っている。そして問題は、この魂の出どころだ」
「出どころ?」
「さっきも言ったが、人体と魂の総数は一致していなければならない。そしてお前の言う通りでもある。"一致しない"なんてことはほとんどの場合であり得ない。だがあることが起きると、魂は行き場を無くす余り物になる。なあなんでだと思う?」
その問いに関していえば、僕はすでに答えを持っていた。さっきまで考えていた人の連続性の中に、その答えがある。
「転生ですね」
男がニヤリと笑う。
「人が輪廻転生を果たす時、魂は継承される。魂は前世のまま。しかし肉体は転生後のものだ。じゃあ、転生後の魂は?」
そして男は傍に置いていた大きなリュックを開けた。両側からジッパーを下げていき、テントを解体するみたいに布地を下ろす。
リュックの中には何もないように見えた。しかし、何か濃密な気配を感じた。何もないのではなく、何かがあるのだが見えない。
男はよく見てみろと言った。
「目を凝らしてよく見る」いつか言われた言葉だ。
僕は鏡を覗き込むように、目を凝らしてよく見てみた。
何かが蠢いている。
見えない微かな存在感が、僕を不快にさせる。
「行き場のない魂ならここにある」
そう男は言った。




