第9話 背徳のしょうが焼き定食と臨時休業のお知らせ
季節は夏。田舎と言えど、最近の日本はどこもかしこも暑い。夜になっても相変わらず暑い。
「あー…アイスうまぁ〜」
お風呂上がりの火照った体に、冷たいアイスが殊更しみる。こればっかりはやめられない。
私はアパートの部屋で、エアコンの風を全身に浴びながら、アイスを食べている。
今日も一日働いた。最初は異世界で料理屋なんて上手くいくのか?って思ったけど、始めてみたらなんだか楽しくて、お店も少しずつ軌道に乗ってきた気がする。って、なんとか上手くいけてるのは、きっと彼のおかげなんだろうなぁ…としみじみ思う。
私はアイスの棒を無意味に噛みながら、ぼんやりと彼の事を考えた。
彼…異世界のお店『お食事処ともしび』で私を待っている人型魔導工芸品とか言う魔法で動く人形のヒスイさん。まさに作り物みたいに整った容姿なのに、中身は食いしん坊で大型犬みたいな不思議なひと。…私の料理で泣いてくれたひと。
(…なんて、勝手に特別視しちゃうのは非モテの悪いところよね)
私はアイスの棒を口から放し、ゴミ箱に放り投げた。
それがゴミ箱にナイスシュートを決めた直後、スマホが着信音を鳴らす。
「ん?…はーい」
『あっ、灯莉?おつ~』
電話越しに聴き慣れた声。声の主は同い年の友人だった。今は結婚して地元を離れている。私はベッドに腰掛けながら、久しぶりに聞く友人の声に応えた。
「おつ~、久しぶりだね、元気?」
『暑くてヤバいww』
「わかる、私もw」
そんな他愛のない話をしながら、私はキッチンの冷蔵庫に向かう。冷蔵庫を開けて、中からペットボトルのお茶を取り出す。
『っていうか灯莉さぁ、来週の同窓会の時に…』
「え、来週?」
思いもしなかった単語にペットボトルの蓋を開ける手を止めて聞き返す。すると、電話の向こうの友人はカラカラと笑った。
『えぇ?忘れてたの?大丈夫?来週の週末だよ!』
「…完全に忘れてた!」
ハッとしてカレンダーを見ると、ちゃんと自分の字で来週の週末に『同窓会!』と書かれている。
(お店、臨時休業にしなきゃな…)
そう思った瞬間、ふとヒスイさんの顔が浮かんだ。ヒスイさん、寂しがるかな…
『…ね〜、灯莉』
「ん?なに」
『…彼氏できた?』
「え?!」
変に動揺したせいで手に持っていたペットボトルを床に落としてしまった。夜の室内にボゴンと大きな音が響く。
『えっ、なに?!』
「ごめん、お茶落とした…」
『はは~ん、動揺したな?さてはホントに…?』
「ち、違うって!ヒスイさんはそういうのじゃ…あ…」
墓穴。私は余計な事を言った気がして、動きを止める。友人のニヤニヤ顔が容易に想像出来てしまうのがいたたまれない。
『あ~、来週楽しみ!ちゃんと聴取するからね?じゃあね、灯莉!』
「うぅ…」
私は通話の切れたスマホの画面を見つめて頭を抱えた。
翌日、ランチタイムに滑り込むように、いつもの顔ぶれがやってきた。ドアベルが元気よく音を立てる。
「いらっしゃいませ…あっ、凸凹コンビ!」
「チーッス!お嬢〜」
「……こ、こ……ちは…」
凸凹コンビのアルツくんとルカくんが、仲良く挨拶をして自然と奥のテーブル席に座る。どうやらここが2人のいつもの場所になったらしい。
ヒスイさんはいつもより少し柔らかい表情でコップに水を注ぎ、おしぼりと一緒にトレーに乗せ、彼らのテーブルへ向かった。私はカウンターの中から2人に声をかける。
「依頼、頼んじゃってごめんね?大丈夫だった?」
「大丈夫も何も、針毛豚だろ?俺とルカが手を組めば楽勝よ、ホイ納品♪」
アルツくんは荷物から納品物を取り出し、テーブルに置いた。それをヒスイさんが回収して、私の所に持ってきてくれた。
いつもの様に経木に包まれているが、結構大きい。彼らに依頼したのは異世界の豚肉…『針毛豚』の肉の納品だ。『鋼鉄鶏』同様、これも硬くて不人気な魔物肉なんだとか。でも、見た感じ普通の豚肉に見えるけどなぁ。
「…楽勝…僕達、Aランク…だし…」
「…え?」
ルカくんの呟きに私は一瞬耳を疑った。ヒスイさんを見ると、同じ様にフリーズしている。
(Aランク…だと…?この2人が?)
この異世界で冒険者に依頼をするに当たって、私も最低限の知識はヒスイさんに教わって身に付けている。そうじゃないとギルドで頼む時に困っちゃうしね。
その知識によれば、Aランクの冒険者って上から2番目に凄い腕前の称号の筈だけど…
(…見えない…!)
「……へ、へぇ~」
「なぁお嬢、今失礼な事考えただろ?」
「…わかるよ…」
2人にジトりとした目で見られ、私は慌てて話題を変えた。
「えぇ~?気のせいだヨー!あっ、今日は何食べる?オススメでいい?」
すると二人はぱあっと表情を明るくした。
「おう!今日はなんだ?」
「お肉…気分…!」
私とヒスイさんは視線を合わせ、ニンマリと笑った。今日のメニュー、きっとこの2人は好きそうだよね。
「お楽しみに!」
『ジュワァァ…』という音と甘辛く香ばしい匂いが立ち込める。フライパンには厚さ3mm程にスライスされた例の『針毛豚』の肩ロース肉が、たっぷり5枚、タレを纏って美味しそうに変身しつつある。そこにあらかじめ軽く炒めておいた新玉ねぎのスライスを投入してタレに絡めれば…
本日のオススメ定食は皆大好き『針毛豚の塩麹しょうが焼き定食』です!硬くて不味い針毛豚の肉は塩麹の『魔法』で驚きの柔らかさに大変身。やっぱ定食のド定番は抑えとかないとね!
炊き立てのご飯に、夏バテ対策にごま油とちょっちお酢でサッパリ頂ける卵とニラの旨塩スープ。朝採りの異世界野菜(千切りキャベツとトマト)をドッサリと、そしてその上に、ドドーンと飴色に輝くしょうが焼き(と新玉ねぎ)が降臨なさった。
このビジュアル、そして漂う醤油と生姜の香りが暴力的に空腹を誘う。しょうが焼き発明した人ってノーベルおかず賞受賞ものだよね…
私とヒスイさんが凸凹コンビの前に定食を配膳すると、2人は「おお!」と歓声を上げた。
「う…ッ、美味そうだな!」
「…ん!でも、こんなに野菜…食べれるかな…」
心配そうに呟くルカくんにヒスイさんがまたしても謎マウントで微笑む。
「心配は無用です。そのタレを温かい内に絡めておきなさい、かさが減って食べやすくなりますよ…まぁ、そんな心配はせずとも、きっと気付いたらなくなってますよ(ニコリ)」
「ほ、ほぉ…」
ルカくんはヒスイさんの笑顔の圧にちょっとビビりながら頷く。
私は2人に「召し上がれ〜」と勧め、ヒスイさんを引きずりながらカウンターに戻った。連れ帰られたヒスイさんはカウンターの端っこから遠巻きに彼らを見つめている。
「じゃあ…、いただきまーす!」
豪快に肉に齧り付く2人は、唐揚げの時と同様にその柔らかさに驚いて目を丸くしている。
「やわ…?!うま…、え、美味い!!」
「…噛み切れる…!タレが甘辛くて美味しい…」
「くうう…この濃い味が!飯が止まらんッ」
「スープも…美味しい…」
2人とも夢中で食べすすめている様子を見るに、お気に召して頂けたみたいだ。
そこで私はヒスイさんにこっそりとあるものを手渡した。
「アカリ…コレは!」
ヒスイさんはハッとして私を見つめる。しかし、私はニヤリとほくそ笑んで呟いた。
「彼らにも背徳の道に堕ちて貰おうよ…」
そう、私が手渡した物は小皿に入れた『マヨネーズに一味唐辛子をかけたもの』…つまり『一味マヨ』!コレをしょうが焼きに付けて食べた日にはもう…もとには戻れない。正真正銘『危険なブツ』だった。
その後、彼らのテーブルからは、悶絶する雄叫びとご飯をかき込む音が響いたのは言うまでもない。
やがて、食後の冷たい麦茶を飲みながら、満足気に一息つく凸凹コンビ。
「ふぃー…あぁ〜美味かった…」
「…ホントに、全部食べれた…」
野菜を心配していたルカくんも難なくペロリと平らげ、ヒスイさんはお得意のドヤ顔で頷いている。ウンウン、育ち盛りだもんね!お姉さん嬉しいからサービスしちゃう!
私は冷凍ストッカーから保存袋を取り出す。中に入っているのは塩レモン味のお手製ジェラートだ。牛乳とヨーグルトとレモンと蜂蜜を全部まとめて袋に入れて凍らせて、何回か袋を揉むだけで出来ちゃう簡単なやつ。
スプーンで掬ってかわいい小鉢に盛り付ける。溶けない内に彼らの元へ運ぼうとした時、アルツくんがヒスイさんに話しかける声が聞こえた。
「そう言えばヒスイってさぁ、どっか暇な日あるか?」
「暇な日…?」
ヒスイさんは眉をピクリと上げ、アルツくんに聞き返すと、彼は朗らかに答えた。
「あぁ。俺たち今度、高難度のクエストに挑もうと思ってるんだけど一緒にどうかなって」
「…ん、ギルドで聞いた、Sランクだって…」
(え…Sランク!?)
ルカくんの言葉に私は思わずヒスイさんの方を見た。ヒスイさんは無機質な深緑の瞳で彼らを見つめている。やがて、目を伏せ静かに口を開いた。
「…昔の事です」
(…そんな事、全然知らなかったな…)
思えば、私はヒスイさんの事を何も知らない。その事実が今更、ズン…と重く心に沈み込む。
私はゆっくりと彼らに近付き、小鉢とスプーンをテーブルに置きながら言った。
何だか、胸がざわつく。…いけない、ちゃんと笑えてるかな?
「これ、デザートのサービス。ジェラートだから溶けちゃう前に食べて」
小鉢にまぁるく盛り付けられたジェラートは、異世界の市場で手に入れた『満月レモン』の皮を削り入れてある。乳製品の白にレモンの黄色がかわいい。
「おっ、お嬢ありがとな!」
「甘いもの…たすかる…」
凸凹コンビはすぐにジェラートに飛びついた。
私はヒスイさんにも小鉢を手渡す。
「はい、ヒスイさんの」
すると、さっきまで無機質だった瞳に光が宿り、フワリと穏やかに微笑んだ。差し出した私の手をそっと包むように小鉢を受け取る。
「ありがとうございます、アカリ…フフッ、冷たくて爽やかで美味しいです」
嬉しそうにジェラートを口に運ぶ3人の姿を見た私は、わざと明るい調子でヒスイさんに告げた。
「…ヒスイさん!来週の週末さ、お店臨時休業にするから、行ってきなよ」
「え…臨時休業…?」
ヒスイさんはジェラートを食べる手を止めて、私をまっすぐ見つめている。アルツくんとルカくんが顔を見合わせた。
私はザワザワと波打つ心を気取られない様に、笑顔で頷いた。
第10話は10月3日、8時20分に更新します




