第10話 まかないローストポーク丼と変容のふたり
あれから、何だか私だけギクシャクしたまま時が過ぎ…気がつけば、週末は目前に迫っていた。
金曜日の夜。ソワソワと落ち着かない心を宥めながら、洗い物を片付ける。店の入口に貼ってある『臨時休業のお知らせ』(ヒスイさん作)を見て何人かのお客さんは残念そうにしていた。
夜の営業も少しずつお客さんが来てくれる様になったなぁとしみじみ思う一方、何だか前にも増してカウンターの端…ヒスイさんの定位置から注がれる視線が突き刺さる気がするんだよね…しかも、男性のお客さんと話していると特に。
本人にどうしたの?と聞いても、薄っすら笑って「何か?」って言うだけだし。何か?じゃないよ!てゆーか、こっちが聞きたいよ!
自慢じゃあないが、私は恋愛経験値は同じ年代の人より低い。それ故に、こういう時どうしたらいいのか分からんのだ!『それって嫉妬だよね?もしかして私の事…?』と暴走しそうな内なる自分をグーパンで何度も戒めながら、私は冷静さを保とうと頑張っている。
職場の人間関係は大事だ。万が一にでも、変な勘違いを起こして、今後気まずくならない様に気をしっかり持つのよ!灯莉!と言い聞かせながら、ふぅと息をつく。
(自惚れてはダメ。きっと『美味しいご飯を作ってくれる人』位にしか思われてないんだから…)
ソワソワしながらも、なんとか滞りなく営業を終えた私達は、いつもの様にカウンターで遅めの夕食をとっていた。
ヒスイさんの強い要望で、営業終わりに二人で食事をする事になっているのだけど、最近はだいぶこの時間にも慣れてきた気がする。美形からの『お願い(キラキラ付き)』を無碍に出来るほど私には耐性が無いのだ…
本日の夕食は今日のオススメ定食用に仕込んだ『針毛豚の塩麹ローストポーク』の切り落としを好きなだけ乗せてその上に温泉卵をトッピングした『まかないローストポーク丼』と残り物のおかず達。個人的見解だけど、端っこのよく焼けた部分ってなんか美味しいと思うんですよ。
ヒスイさんは丼を2杯おかわりをして、今3杯目に差し掛かっている。
「フフッ、焼き立ての時も大変美味でしたが、こうしてご飯と一緒に食べる『ドンブリ』という食べ方は至高ですね…!『おんたま』と、この『ねぎ塩レモンソース』に絡めて食べると…なぜだかご飯が止まりません(モグモグ)」
「飲み込んでから喋ろうね〜…って、3杯も食べて大丈夫?お腹痛くならない?」
私が使い終わった食器を片づけながら聞くと、ヒスイさんはゴクンと飲み込んでから、ドヤ顔で胸を張った。
「えぇ、全然問題ありません。むしろ明日はアカリのご飯が食べられませんから、今補給している所です!」
「補給て…」
食べようと思えば、街に出て何でも食べられるのに。1日分を食い溜めする程度は『私のご飯』がいいって思ってくれてるのかな?
(それは嬉しいかも…)
褒められて気をよくした私は、ずっと気になっていた事を尋ねてみた。
「ね…ねぇ、ヒスイさんって昔は冒険者だったってこの間言ってたけど、どうして?」
するとヒスイさんは少しの間無言で咀嚼し、コクンと飲み下すと、困ったように眉を下げて私に微笑んだ。口の端に温玉が付いている。
「…レイジ様にそう命じられたからです。私は『食材調達係』でした」
「え、叔父さんに?」
「えぇ。ランクの高い魔物は高級食材ですので、私が討伐し入手した食材で、レイジ様がここで料理を作り提供していました。…私は、気が付けば『Sランク冒険者』と呼ばれていました」
「そうなんだ…」
私はヒスイさんにティッシュを差し出しながら、少し逡巡する。じゃあ、今はどう思ってるのか聞いてもいいんだろうか…と。しかし、私が口を開く前に彼が先に言った。
「…レイジ様も食事を作って下さいましたし、冒険者である事は特に苦痛ではありませんが、こうしてアカリの傍で過ごし、あなたの作る美味しい食事を一番に味わえる今の方が、居心地が良いと感じます」
穏やかに微笑みながら、口元を拭う彼は何というかとても満足気に見えた。私は少しホッとして頷く。
やがて、3杯目を食べ終わったヒスイさんはふぅと息をついたあと丁寧に合掌して「ご馳走様でした」と言うと、私に正面から向き合った。
「アカリ、私からも質問をしても良いでしょうか」
「え、なに?急に改まって…いいよ?」
いつになく真剣な様子に、私は彼の使った丼を洗いながら軽い調子で笑って応える。
「では…、明日は『向こうの世界での用事』と伺っていますが何か大切な用事なのですか?…丸一日会えない程の…」
「あー…、えっと明日はね『同窓会』があるんだ」
「ドウ…ソウカイ…?」
聞き慣れない単語にヒスイさんは何度も『同窓会』と繰り返して、自分の記憶から探しているようだった。
「『同窓会』って言うのはね、学生時代のクラスメイト…級友達と久しぶりに集まって近況を話したりしながら食事する集まりの事だよ(たぶん)」
私は食器を片付けながら、彼にわかるように噛み砕いて説明した。ヒスイさんはその説明を、更に真剣な表情で聞いている。
「一日かかるのは…会自体はお昼過ぎからなんだけど、その前に友達を迎えに行ったりするし二次会とかも…あ、あとそれなりにおめかしもするからね」
「おめかし…?着飾って行く場なのですか?」
「それはそうよ、変な格好でなんて行けないもん。それに…当時気になってた男子も来る訳だからちょっとは良いカッコしたいでしょ?」
ただの見栄みたいなモノだけど、ちょっと位は『いい女』になったと思われたい。女子の矜持みたいなもんだ。まぁ、『いい女』になれたとて、今や彼らは既に誰かと家庭を築いていたりするんだけどね(哀)
私がへらりと笑う一方で、ヒスイさんは黙って俯いてしまった。
「…ヒスイさん?大丈夫?お腹痛い?」
急に黙ってしまったヒスイさんを覗き込むと、彼は俯いたまま、硬い声音で呟く。
「…男子、というのは…その会には男性も参加されるのですか?」
「え?そうだね、うちは共学だったし」
「…アカリは彼らによく思われたくて着飾って行くのですか…?」
「…?なに、どうしたのヒスイさん」
少し嘲笑した様な言い方がどこか引っかかる。彼はこんな風な言い方をするだろうか?
なぜか嫌な予感がして、私は話を切り上げようとパンと手を叩いた。
「まぁ、明日はそれぞれ予定あるんだし、今日はもうお開きに…」
そう言いかけた時、突然ガタンとヒスイさんが立ち上がり私の手首を掴んだ。椅子が倒れる音が響く。
「…許可出来ません」
「えっ?…痛ッ」
大きな手が強く私の手首を締め付ける。痛みに怯んだ瞬間、グルリと視界が反転した。瞬きの間に私の体は軽々とカウンターの上に組み敷かれていた。
見上げた先に天井と、私に覆いかぶさるヒスイさんが見えて、状況を理解した心臓が大きく跳ねる。
「な…なに?ヒスイさん…突然…っ」
私はわざとおどけて言いかけたが、彼の表情を見て息を呑んだ。
まるで芸術品のように完璧に整った顔が、苦々しく歪んでいる。その深緑の瞳の奥には、どす黒いほどの独占欲と、迷子の子どものような絶望が渦巻いていた。
「…嫌です」
「え…?」
絞り出す様な低くか細い声。聞き返すと、彼は私の肩に顔を埋めるように屈んで、自分の頭を私の首元に擦り付けた。さっき食べたローストポーク丼の塩レモンソースの香りがフワリと漂う。
「…行かせません。なぜ、あなたは他の誰かに気に入られようと着飾ってまで、私から離れるのですか?」
覆いかぶさる彼の体は大きく、その手は片手で簡単に私の体をカウンターに縫いつけた。深緑の瞳が戸惑いと欲望に揺れて、縋り付くように私を見下ろしている。
「なぜ、私の手の届かない所に行くのですか?!あなたを誰よりも特別に思っているのは、私なのに…!」
(…待って?この人、今、なんて言ったの?)
私は目を見開き、彼の顔をじっと見つめた。見つめながら、彼から放たれた言葉を何度も反芻する。
『あなたを誰よりも特別に思っているのは、私なのに』
その言葉は、今日まで私が必死で抑え込んでいた、内なる自分の封印を跳ね飛ばすには十分な威力を持っていた。
私は彼の目をまっすぐに見つめて、静かに口を開く。
「…その『特別』って、どういう意味?」
「え…」
「私が作る『料理』を手放したくないから?それとも…『私』自身を欲しいって思ってくれてるの?」
「……ッ!」
組み敷かれているのにまっすぐに問いかける私の勢いに気圧されたのか、それとも私の言葉に怯んだのか…ヒスイさんはビクリと肩を揺らして少し押さえつける力を弱めた。深緑の瞳が不安そうに揺らぐ。
(…なんで、そこで怯むのよ…バカ!)
そんな些細な変化に気付いてしまった私は憤りを感じて、彼の拘束から逃れた自らの手を思い切って伸ばした。彼のシャツの襟を掴んでぐいっと引き寄せる。
そして、そっと彼の唇に自分の唇を重ねた。
「…っん…」
「……!?」
ほんの一瞬、ただ触れるだけのキス。ただそれだけなのに、まるで電流が走ったかのようにヒスイさんは私から体を離し、数歩後退った。
私はバクバクとうるさい鼓動を無理やり無視して静かにカウンターから降りると、アパートへと繋がる扉に向かった。
扉を開き、彼の方を振り返ると、勇気を振り絞って彼に告げる。
「…今のキスが私の答え。ヒスイさんの抱える『それ』がただの料理への執着なのか、私への恋心なのか…よく考えて。…帰ってきたら『答え合わせ』しようね?」
恥ずかしくて、声が震える。だけど、精一杯の微笑みを浮かべて。
「あ…」
ヒスイさんが何か言いかけたけれど、聞こえなかった事にして、後ろ手に扉を閉じた。
一人逃げ帰ったアパートの部屋は暗く、しんと静まり返っている。ただ、私の鼓動だけが鳴り響いていた。
第11話は10月4日、8時20分に更新します




