第11話 恋を知らない人形とお助けの凸凹コンビ
異世界へと繋がる扉が、バタンと閉じる。心なしかいつもより音が響いた気がした。
「…は…あぁぁぁーーー……」
扉に背中を預け、ヘナヘナと座り込んだ。とても冷静に立っていられる状態じゃない。
顔が…いや、体が爆発しそうなほど、熱い。それに、心臓がうるさい。何なら命が危ないかもしれない。私は火照る頬をおさえて、声を上げた。
「……き、キス…しちゃったんだけど…!!」
(バカか?!私は!!あれだけ気を付けないとって思ってたのに…何やってんだ??!)
自分でも驚いている。『つい、カッとなって…』ってこういう事態を言うのか。
呆然とした頭で扉のステンドグラスを見上げて呟いた。
「…はぁ~…どんな顔して次会えばいいのよ…」
ドキドキと高鳴る胸のまま、唇が触れた時のヒスイさんの表情を思い出す。
後退った彼は『何が起きたか分からない』みたいな顔をしていた。あんなに取り乱した彼を私は知らない。
驚いたにしたって、ちょっと酷くないか?あれ、なんだか…無性に腹が立ってきたぞ…?
「あんな風に押し倒しておいて…それはないでしょ…バカ…」
拗ねたように呟いた言葉は、思ったより弱気に聞こえて。私はもう一度、はぁ…とため息をついた。
「…寝れるかな…今夜…」
一方、灯莉が去った後の『お食事処ともしび』の店内では、店の真ん中で呆然と立ち尽くす一人の男の姿があった。
心を持たない筈の、造られた存在であるヒスイは、初めて自分の身に起きた現象に戸惑っていた。
彼にとっての心臓である『心核』がかつてない程に熱を持っている。何が起きたのか、何度記憶を遡っても必ず同じ所で思考が止まる。おかしい。異常事態だ。
「…アカリ…私は、いったいどうすれば…」
迷子の子供の様に、不安げに溢れた呟きは、異世界の宵闇に漂って消えた。
翌朝。日が昇り、街が忙しく動き出す頃…。王都の路地裏の更に奥には、『ともしび』のドアを叩く二人組の姿があった。不運の剣士アルツと少年魔法使いルカの凸凹コンビがコンコンとドアをノックしている。
「おぉ~い、ヒスイー?寝てんのかぁ?」
「…いつもと…違う…」
普段ならば、ドアをノックすればすぐに顔を出すはずなんだけれど。今日は『臨時休業』だから一緒に高難度クエストに行くことになっていた。もしや、店主のアカリが不在だから、不貞腐れて眠っているのかもしれない。
アルツはひょいと路地に面した窓から室内を覗き込んでみた。中は朝だというのに真っ暗だ。
「ん〜…うわッ?!」
しかし、覗き込んで数秒で窓から飛び退いた。ルカが怪訝な顔で、路地の端まで飛び退いたアルツを見る。
「…なに…」
「い、いいいいる!そこにいる!」
ガクガクと震える指でドアを指さしたアルツは真っ青な顔をしていた。その様子を見て「そんな大袈裟な…」と言いたげな雰囲気でルカはドアノブに力を込めた。
すると、『カランコロン』と音を響かせて施錠されている筈のドアが開いた。
「…え…?」
開いたドアの先の真っ暗な室内から、突然ヌゥっと白い人影が現れた。
「ーーッくぁwせdrftgyふじこlp!!!!」
目の前にいたルカは声にならない声を上げ、見たこともない俊足でアルツの後ろに逃げ込んだ。
「ちょ…!?てめ、ルカ!!」
「…至高の聖なる光よ、邪悪なるものを消滅せよ!『ルクス・サクラエト・インペリアリス・マロールム・エクス…」
しかも何かの高等魔法の詠唱を始めた。ルカの足元に白銀の光が特大の魔法陣を描きながら走る。アルツはギョッとして叫んだ。
「ダァーッ!?やめろやめろ!こんな所でぶっ放すな!!落ち着け!!あれはヒスイだ!!」
「…ぇ…?」
恐る恐るアルツの後ろから様子を伺うと、店の入り口に、生気が抜けたように立つ給仕の青年の姿があった。しかし、どう見ても様子がおかしい。死んだように真っ白でまるで覇気がない。
「………」
二人は顔を見合わせ、重々しく頷いた。苦笑いしながら、呆然と立ち尽くすヒスイに歩み寄ると、ポンと肩を叩いた。
「まぁ…なんだ、話…聞こか?」
冒険者のギルドは大抵どの街も、昼夜問わずガヤガヤと賑わっている。同じ建物内にある、冒険者用の休憩所兼酒場のカウンターに横並びに3人。アルツはひょいと手を上げて酒場のマスターに声をかけた。
「おっちゃーん、エール2つと…あー…」
「僕…ホットミルク…甘いやつ…」
「甘いホットミルク1つ〜!」
「…私は飲みませんよ…」
ヒスイは覇気のない顔で横目にアルツを睨んだ。すると、アルツはそれを鼻で笑って「ワンドリンク制なんだよ!」と小声で突っ込んだ。
「で?何がどうしたって?いつもスカしてるアンタがあんなになるなんて…」
アルツはマスターからぬるいエールを2つ受け取りながら、ヒスイに尋ねた。尋ねながらも、なんとなく予想はつくが…と内心思いつつ。
さっきまで、いつもの半分以下の迫力で睨んでいたヒスイも、その言葉を受けて少し無言で考えてから、なにやら神妙な顔でボソボソと喋り始めた。
「……実は…」
「…って、恋バナかよっ!!」
アルツの右ツッコミが誰もいない空間に鋭く炸裂した。ルカはそれを横目で見守りつつ、黙ってホットミルクを楽しんでいる。しかし、アルツ渾身のツッコミにヒスイは至極真面目な顔でありえない角度から食いついていった。
「何ですか、『コイバナ』とは…」
ルカがホットミルクの合間にボソリと呟く。
「…『恋のお話』…」
「恋…」
「え、待って?そこから??」
昨夜の一連の顛末をヒスイの口から聞いた二人は、いったいどんな事件が起きたのかと覚悟していたのに、蓋を開けたらまさに女子が喜びそうな内容そのもので一気に脱力した。
「天下のSランク冒険者様は恋がわからんのか…そりゃ〜お嬢も呆れるわな…てか、あんたらあれだけくっついておいて恋人じゃなかったのかよ!」
「ぼ、僕も…てっきり…そうなのかと…」
凸凹コンビは顔を見合わせた。アカリとヒスイの普段の距離は、端から見れば『恋人同士のそれ』に限りなく近い。加えて雰囲気も甘い。
しかし、当の本人はそんな事よりも、目の前の悩みが頭の中を占拠している様子だった。眉間にしわを寄せて思い詰めた表情をしている。
「アカリは、私が彼女に対して抱えている感情が『料理への執着』なのか『アカリへの恋心』なのか考えろと言いました。しかし…私は『恋』がわからない…わからなければ、これらを比較して検証する事が出来ません…」
「恋、ねぇ…」
アルツはポリポリと頭を掻く。しばらく黙って考えてからおもむろにエールをぐいっと煽った。ふは、と息を吐いたアルツはカウンターの奥の棚の方をみながらポツリと呟く。空になったカップの底がテーブルに当たって『コツン』と鳴った。
「…俺は恋とかそんなに経験ないからよくわかんねぇけど、相手のこと『好きだ』とか『大切にしたい』って気持ちになるのが恋なんじゃないのか?」
「好き…」
ヒスイは、服の上から自分の胸にある『心核』に触れてみた。アカリの顔を思い浮かべる度に、そこがじんわりと熱を持つようだ。
「つーかアンタ、お嬢の事好きなんだろ?」
痺れを切らしたアルツは、たまらず切り込んで聞いた。するとヒスイはムゥ…と難しい顔をする。
「好き…はい、恐らく…」
「なんかハッキリしねぇな…あ、じゃあさ、アンタが美味い物を食った時とか良いことがあった時に一番に思い出す人は誰だ?」
「アカリです。私が彼女の料理を『美味しい』と褒めると、とても可愛らしい笑顔になります。それを見ると私は満たされた感覚になりますが、同時に彼女の笑顔は他の誰にも見せたくないので、抱き締めて私の腕に閉じ込めたくなります(キリッ)」
例え話に秒速でとんでもなく具体的な返答が返ってきた。キメ顔で頷くヒスイに、若干引き…驚きながらも、アルツは次の質問を問いかける。
「お、おう…じゃあ、アンタが何もしていない時に思い出すのは誰だ?」
「アカリですね…。離れている時間は永遠のように長く、凍えるような心地になります。今、何をしているのだろうと考えない時は無いです。もしも許されるなら、彼女を誰にも見つからない所に閉じ込めて私だけのものにして抱き締め(以下略)」
またしても秒速。しかも真顔で結構重い事を言っている。聞いてるこっちが恥ずかしくなる位だ。黙って成り行きを見守っていたルカもポカンとしている。
アルツは、なぜ自分はこの質問をしてしまったのかとを若干後悔しつつ、なおも続けた。
「…じ、じゃあ、もしもお嬢が自分以外の男を恋人に選んだら…?」
その例えを口にした瞬間、その場の空気が凍りつく。
ヒスイから絶対零度の殺気が放たれ、アルツはゴクリと生唾を飲み込んだ。近くにいた手練れの冒険者が数人、こちらを振り返る。
「…私以外の男を恋人に?そんな事、あってはならない事です。その男は抹殺せねば」
暗黒微笑とはまさにこの事。ヒスイは目元に影を宿しニタリと口角を上げた。怖い。
「あー…」
ガシッとヒスイの肩を掴んでアルツは言った。
「ヒスイ、アンタのそれはたぶん恐らく…きっと『恋』だ。ちょっと…いや、だいぶ…かなり、かなり!激重で特大な感情だけど」
「なっ?!では、なぜアカリはあんな…?」
まさかの事実にヒスイは思わず立ち上がり声を上げた。この感情が『恋』だと言うなら、なぜ灯莉はあんな事を言ったのだろうか。
「あ、あの…」
その時、左隣から小さな声がした。今まで黙って様子を見ていたルカが、立ち上がり困惑するヒスイをまっすぐ見つめる。
「…ヒスイさん、…その気持ち…ちゃんと、アカリさんに伝えた…?」
「………あ…」
「こ…言葉にしないと…伝わらない。僕も…そう、だった…」
ヒスイはガクリと崩れ落ち、やがてワナワナと震えだした。どうやら心当たりがあるらしい。
「た…確かに、これまでの記憶を思い返しても、『料理への賛辞』は数え切れない程贈っているけど、この『感情』を彼女に伝えた事は…一度も…?!」
「はぁ~…」
アルツはやれやれと脱力した。ルカも言いたかった事が言えてスッキリしたのか満足気だ。
「まぁ、解決の糸口が見つかって良かっ…」
良かったじゃねぇか!と言いかけたアルツを遮るように、再び勢いよく立ち上がったヒスイはそのままギルドの出入口へと足速に向かった。
「こうしてはいられません!いつアカリが帰ってきても良いように待機する必要があります!早く『答え合わせ』をしなければ…!!」
「あ、お…おい!」
呼びかけると彼は、逆光を受けて振り返り、凸凹コンビに向かってフワリと微笑んだ。
「アルツ、ルカ。助かりました、ありがとう。では、また店で」
それだけ言うと風のように駆けていってしまった。閉じ損ねたギルドのドアが少しだけ開いている。
彼が出ていったドアを黙って見つめたままのアルツに、ルカは静かに尋ねた。
「…いいの?…アカリさんの事…」
すると、彼は視線を動かさずに言った。ルカからはアルツの表情は見えない。
「まぁな…お嬢もそうだが、ヒスイも俺の『命の恩人』だからな」
その声は、少しの後悔を滲ませながらもどこか晴れやかだった。
第12話は10月5日、8時20分に更新します




