第12話 答え合わせをしよう
…その日の夜。新潟県のとある田舎町の駅前の居酒屋では、大部屋を貸し切りにして、統廃合にあい今はもう存在しない中学校卒業生の同窓会が開かれていた。夕方少し前辺りから始まった宴会はまさに『宴も酣』と言う感じで。
「うぇ~い!じゃあ、二次会行く人〜!」
当時からお調子者としてクラスを盛り上げてきた青年が、率先して声を上げた。そろそろ貸し切りの時間が終わるので、店を移動しようという流れになる。
まだまだ騒ぎたいらしく、ほとんどの友人達は『二次会に行く人』に手を挙げていた。
「あれ?灯莉は?」
そんな中、私は一人、手を挙げずに鞄を握りしめていた。
「あ…うん、私は帰ろっかな?」
「えぇ~?マジ?いいじゃん、行こうよ二次会!つか、全然飲んでないし」
「あ…ははは…」
私だって、初めはそのつもりだった。でも、昨夜のことが気になり過ぎて、全然そんな気分になれなかったのだ。結局、宴会中ずっとウーロン茶をチビチビ飲みつつボーッとしてる間に時間が過ぎてしまっていた。
しかも寝不足も相まって、正直もう帰りたかった。
「明日も仕事だし、朝早いから…ごめん!」
それだけ言うと、私は逃げるように居酒屋を出た。背後から友人達の楽しげな声がする。
外に出ると、夏の夜特有の甘いような、むせ返る熱気が体に纏わりつく。私は無意識に速まる脚のまま家路を急いだ。
アパートの部屋に帰り着く頃には、汗だくになってしまっていた。私は肩で息をしながら戸締まりをして、一目散に照明とエアコンのスイッチを入れる。すぐにヒンヤリと心地よい風が吹いて、ようやく私は肩の力を抜いた。
「…あー…もう、汗だく」
背中や首筋を汗が流れ落ちる感覚に、すぐにでもシャワーを浴びたい気持ちになり、浴室の方を振り返る。しかし、私の目に止まったのは浴室の扉ではなく、異世界へと繋がる物置きの扉だった。
「……」
本当は、怖かった。今までの関係が揺らいでしまう事が。あの場所の居心地が良かったから、関係が崩れたら…と思うと、この先に進むのが恐ろしい。だけど、我慢できずに仕掛けたのは私だ。『答え合わせ』をしないといけない。
私はドアノブに手をかけた。『ちりん』とあの音が響く。慎重にドアノブを回して、静かに扉を開いた。
(…少しだけ、覗くだけ…)
そう自分に言い聞かせて扉の奥に目を凝らした。
店の中は薄暗く、誰も居ないようだった。私は少し安堵して、扉を大きく開く。自然と足が前に進んだ。
アパートの部屋から差し込む光が、異世界の店内の床を四角く照らした。その光の延長線に、何かが落ちている。私は何気なくその物体に注目した。
「…ん?」
床に投げ出された長い四肢と細身でありながら均整のとれた身体、白緑色の髪を首の後ろで結わえた、どこか見覚えのあるその姿。
「……えっ?!ヒスイさん?!」
ヒスイさんが床に落ちている。いや、なんで??
ともかく、私は慌てて彼に駆け寄った。横向きに寝そべる身体を仰向けにしながら、名前を呼んでみる。ついでに整った顔面をペチペチと叩く。
「ヒスイさん!ヒスイさーん!大丈夫?生きてる?!」
「…う……」
すると彼は、少し身じろぎして、瞼をゆるゆると開けた。深い緑色の瞳がぼんやりと天井を見つめる。
「あ…良かったぁ、生きてた!」
「アカリ…?」
生存を確認できた安堵感から、私はふぅと肩の力を抜く。
一方のヒスイさんは、なぜか怪訝そうに眉を寄せた。
「…また、幻をみているのでしょうか…あなたは、36891人目のアカリです…」
「へ?違うよ、本物!」
「本当に…?」
意味のわからない事を言い、拗ねたようにムッとするヒスイさんに、私は本物だと分かってもらおうと、彼の手に自分の手を重ねた。
「ホラ、ちゃんと感触あるでしょ?」
「………」
ヒスイさんはするりと私の指の間に自分の指を絡め、にぎにぎと何度も握った。細く筋張った大きな手が、私の手に密着する。
「…確かに…では、これは本物のアカリ…?」
良かったわかってもらえた、と思った瞬間、急に視界がぐらりと揺れて、私はヒスイさんの腕に抱きしめらていた。
仰向けに寝転がる彼に覆い被さる形で拘束される。
「ぐぇ?!」
「アカリ、アカリ…!!お帰りなさい…良かった、もう私を一人にしないで下さい!さぁ、早く『答え合わせ』をしましょう!!あなたに会いたくて…伝えたくて、何度も何度も記憶を思い出し続け、果ては幻覚を見て、力尽きるまで待っていたんです…!もう待てません…!!」
「まっ、待って!ちょっと待って!一旦離して…」
「嫌です、離したらあなたはまたどこかに行ってしまう…」
更に抱き締める力を強めるヒスイさんを相手に、私はジタバタと藻掻きながら脱出を試みる。
しかし、力で適うはずもなく、圧死するかもと一抹の不安が頭を過った。
『グォグルルルォォォグルグルゴァァァ…』
しかし、そんな私達の間で聞き覚えのある轟音が鳴り響く。何度か瞬きをしてヒスイさんを見ると、彼は何かを思い出したかの様にポツリとこぼした。この展開、どこかで見た気がする。
「あ…、お腹…空いて…死…」(ガクリ)
「…んもー!!離・し・て!!」
空腹で気を失ったヒスイさんからなんとか抜け出した私は、急遽何か作れるものはないかと、魔導式冷蔵庫を漁ってみる。
冷蔵庫内にあったのは前日に残ったご飯一人前と、ちょびっと残った塩麹。卵と、試作品用に買っておいたカニカマ。それと万能ねぎが少し。
私はそれらを全て取り出し、小鍋に地元の湧き水を入れて火にかけた。少し沸騰したら顆粒の鶏ガラ出汁のもとを適量入れ、冷ご飯を投入する。カニカマを手でほぐし、ご飯が柔らかく水分を吸った頃に入れ、溶き卵もそれに続く。少し火を弱め塩麹で味付けをして味を整え、最後に万能ねぎをひとつまみ散らせば『即席鶏だし塩麹雑炊』の完成だ。
お椀によそい、床に転がっているヒスイさんの所に持っていく。
「ヒスイさん、ほら起きれる?雑炊作ったよ」
『作ったよ』の単語に反応したのか、フワリと漂う鶏だしの匂いに反応したのか、ヒスイさんは意識を取り戻した。
ゆっくりと上半身を起こした彼に、私は雑炊をレンゲに少し掬ってフゥフゥと冷ましてあげる。
「熱いからね?はい、あー…」
差し出されたレンゲと私の顔を何度か見比べ、ヒスイさんはふにゃりと目尻を下げ、大人しく口を開けた。
妙に色っぽい彼の口に雑炊を流し込むと、ゆっくりと咀嚼し、やがてコクンと飲み下す。そして、とろんとした目で私を見つめて微笑んだ。
「美味しいです、アカリ。もっと食べさせてください」
「じ、自分で食べてよ…!恥ずかしい…」
「まだダメです。もっと…」
「えぇ…?」
あーんと口を開けるヒスイさんに負けた私は「これは看病!」と自分に言い聞かせ、無心で介助を続けた。
お椀によそった分を私の介助で食べきったヒスイさんは、満足気に微笑んだ。
「…ご馳走様でした。アカリのお陰でエネルギーが回復しました」
「そ、それはどうも…」
私は羞恥プレイを強要されられた疲労感に、力の入らない笑いをこぼした。
取り敢えず洗い物をしなければと、彼の側から離れようとすると、突然腕を掴まれぐいっと引き寄せられる。
「えっ?!ちょ…わぁっ?!」
ドサリ、という音と背中に堅い感触。気が付けば私は床に押し倒されていた。昨日のように私に覆いかぶさるヒスイさんは、昨日と違い余裕のある表情で私を見下ろしている。
ヒスイさんは、熱っぽく蕩けるような視線で見つめながら、片手で私の頬にそっと触れた。ドクンドクンと心臓が早鐘を打つ。
「…アカリ、私の答えを聞いて下さい」
私は緊張しながら黙って頷いた。ヒスイさんはそれを認めると、更にとろんとした目で微笑む。
「私はこの答えに一人では辿り着けませんでした。アルツとルカに質問をされ、それに答え、彼らに教えて貰わなければ気付けませんでした…私はまだまだヒトについての理解は未熟です」
「アルツくんとルカくんに?」
そう問うと、ヒスイさんは少し恥ずかしそうに困り笑いをした。
「えぇ…ですが、彼らにお墨付きを頂けたので安心して下さい。私が全身全霊で欲しいと求めているのは、アカリ…『あなた自身』です」
「!」
「もちろん、あなたの作る料理も好きです。ですが、それよりももっと…アカリが愛おしい。誰にも渡したくない、誰の目にも触れない所に閉じ込めてしまいたいくらいに、あなたが欲しい…」
「はわ…」
想像していた以上の破壊力にクラクラする。口から心臓が飛び出しそうだ。私を見下ろすヒスイさんの顔が、ゆっくりと近付いてくる。
「今まではあなた自身への思いを言葉にせず、不安にさせてしまい申し訳ありませんでした。ですが、これからは安心して下さい」
「え…?」
「これからは、遠慮なくこの気持ちを伝えていきますからね?だけど、あなたが「もういい」と言っても止まれないかも知れないので、それだけは覚悟しておいてください…」
そして、ゆっくりとヒスイさんの唇が私の唇に重なった。
「ん…、…ンッーーんぅ!」
最初は触れるだけだったのに一度じゃ終わらず、何度も何度も、徐々に深さを増していく口づけに私は思わず彼の胸を叩いた。
「はっ…、ぁ…まって…くるし…」
「はぁ、顔…真っ赤ですね。かわいい…」
そう言ってヒスイさんは、私の目尻に浮かんだ涙を吸い取るようにキスを落とした。
「さぁ、アカリ『答え合わせ』はどうでしたか?合格ですか?」
ヒスイさんは、悪戯っぽく私の顔を覗き込む。
私は顔から火が出そうなほど赤面して、力なく呟いた。
「合格もなにも…やりすぎ…」
「フフッ、愛していますアカリ」
ヒスイさんはとても嬉しそうに、蕩けそうな笑顔を浮かべた。
「あの、ヒスイさん?そろそろどいて欲しいんだけど…」
私はヒスイさんに組み敷かれたままの体勢で、彼に訴えた。この体勢はいろいろよろしくない…気がする。
「何故です?…ああ、もしかしてアカリが上のほうがいいということですか?」
「ええ?!いや…そ、そういう訳じゃなくて!」
ヒスイさんはサッと身体を起こすと、流れる様に私の体を抱き上げ、胡座をかいた彼の上に向かい合わせに座らせた。
絶対に離さないという強い意志を感じる。
「ちっ、違うの!私、今汗臭いから…もう離して…」
そう、私はさっきまでめちゃくちゃ汗をかいていた。さすがに至近距離で触れ合うのに少し抵抗がある。せめて汗を流してからにしてほしい…
「汗臭い?」
しかし、ヒスイさんはキョトンと首を傾げた。
「そうでしょうか?…濃くて甘やかなあなたの匂いがして、私は好きです」
「えっ?!ちょ…〜〜〜ッッッ?!!」
そう言ってヒスイさんは私の胸に顔を埋めて、匂いを嗅ぎはじめた。
その恍惚とした表情を見た瞬間、私は限界を迎え、思いっ切り彼の顔面をベシン!と叩きつけていた。
「バカ!ヒスイさんのえっち!!」
第13話は10月6日、8時20分に更新します




