第13話 ピクニックです!
『お食事処ともしび』の臨時休業日から数日後…本日は定休日。
王都の路地裏の更に奥には、朝早く店を訪れる凸凹コンビの姿があった。
「おはようございます!お二方!」
朝早くから朗らかに凸凹コンビを出迎えたヒスイさんに、二人は驚いて数歩後退った。いつもにましてテンションが高い彼の様子にアルツくんは怪訝な顔をする。
私はカウンターの中から、あくびをしながら挨拶をした。それに気付いた二人はヒスイさんの影からひょいと顔を覗かせる。
「ふぁ…、んん…おはよー二人とも…」
「おはよう、お嬢!眠そうだな」
「…は…ざす…」
眠そうではない、めっちゃ眠いのだ。なぜかと言うと、この日のために早起きしてあるものを作っていたから。私はふにゃふにゃになりながら何とか喋った。
「ん〜、お弁当作ったからね、皆で食べてね…?」
「え、弁当?」
「…携帯食料…?」
凸凹コンビは頭上にハテナマークをいくつも浮かべた。しかし、私は眠気が限界でもはや説明出来なかった。それを察したヒスイさんが背後から私の両肩にそっと触れる。
「アカリ、後は私が説明します。あなたは上で休んで下さい、眠いでしょう?」
「ふぁ…、かたじけない…」
ヒスイさんに促されるまま私は2階にある彼の住居スペースに向かう。二人がいる前で自分の部屋に戻る所を見せないようにとの彼からの配慮だった。
ヒスイさんは私を見送ると用意したお弁当入りのリュックを背負いキリッとした表情で高らかに言った。
「…では参りましょう、ピクニックに!」
高難度クエスト『冥圧龍の討伐』は未だ踏破されていないダンジョン『大地の龍穴』の最深部にいるボス『冥圧龍ジェダイトドラゴン』を討伐する必要がある訳で…
「何がピクニックだよ!!」
アルツが大剣を薙ぎ払いながら叫んだ。未踏破のダンジョンともなればザコ敵でも強い。ほぼデータがない故、何が出るかわからないのも恐ろしい。通常なら、万全の準備をして、Sランク冒険者を中心に多人数のパーティを組んであたる…そういうものだ。決してピクニック気分でお弁当とシート持って行くところではない。
しかし、ヒスイは『は?』みたいな顔で文字通り向かって来る敵を次々に粉砕していく。
「アカリが早起きして、あなた達の分もお弁当を作ってくれたんですよ?お弁当を持って行くのはピクニックでしょう」
「そうだけど、そうじゃねぇ!!」
「…なんか…違う…!」
Aランクでしかもたった3人でこんな所に来てしまった…とルカは真っ青になってヒスイの後ろでプルプル震えている。
事の経緯は、ともしびの臨時休業日に遡る。もともと3人でこれとは別の高難度クエスト(Aランク相当)に行くはずだったが、その日ヒスイの情緒が終わっていたせいで予定が流れ、クエストをキャンセルしてしまった。
その代わりにヒスイが「丁度いいから一緒にどうか」と誘ったのが始まりだった。
「まさか誰も触れてこなかった最高難度クエストにピクニック気分で行くとは思わんだろーが!」
「ぼ…僕が、ちゃんと確認…すればよかった…」
「…全く、ここまで無傷でこれたでしょうに。ほら、あそこがボスのいるエリアの入り口ですよ」
ホラと指差す方を見ると、ヒスイが粉砕したモンスターの残骸とドロップ品の向こうに聳え立つ大きな門があった。
本当に散歩気分で最深部まで来てしまった事実に凸凹コンビは戦慄した。Sランク冒険者で討伐パーティを組んだとて、ここまで全員無傷でたどり着く事は難しいだろう。
最深部は地形ダメージがあるのか、滞在しているだけで体力が削られる。ルカの無効化魔法がなければジリ貧で全滅もいいところだ。
「…さて、冥圧龍は聞いた話、斬撃と魔法での攻撃はほぼ無効だとか。このパーティーでは些か不安ですが…」
ヒスイは扉を前にして、ふむ…と考え込んだ。
「え、じゃあ帰ろーぜ?」
アルツの言葉にルカがウンウンと頷く。しかし、ヒスイはにっこり微笑んで「ダメです」と言う。
「どうしても欲しい物があるんです。よろしくお願いします」
「う…」
いつも店では偉そうに謎マウントをとるあのヒスイが殊勝に「お願いします」なんて言うとは…。アルツとルカは少し逡巡した。
「…で、でも…僕達に…出来るのかな…?」
不安そうにルカが呟いた。
「大丈夫です」
ヒスイの声に二人はハッと顔を上げた。ヒスイはドロップ品をマジックバッグに拾いながら、落ち着いた声音で続ける。
「私に考えがあります」
ダンジョン最深部の更に奥。ボスのいる空間は巨大なドーム状になっており、さっきまでの地形ダメージの影響も感じなかった。3人が部屋に入ると、『バタン!』と音を立てて扉が閉じた。こうなったら、ボスを倒すか、死ぬかしないとここからは出られない。
そして部屋の中央には、真っ暗い夜空の様な皮膚に、鱗ではなく透過性のあるエメラルドグリーンの外殻が鎧の様にその巨躯全体を覆い、前脚が異様に発達した禍々しい姿の龍が君臨していた。
「…冥圧龍、ジェダイトドラゴン…!」
ルカが緊張した面持ちで杖を握り直し、アルツは黙っていつでも走り出せる体勢を取った。ヒスイは背負っていたリュックを部屋の隅に降ろし、少し口角を上げる。それと同時に目元に影を落とした。3人は龍と対峙する。
冥圧龍が飛びかかるのを合図に、戦闘が始まった。発達した前脚は自身に掛かる重力を推進力に変え、戦車のように岩や土を蹴散らしながら彼らに爆速で迫る。
あの巨躯にあの速さだ、少しでも逃げ遅れれば跳ね飛ばされて全身がグチャグチャになるだろう。そんな恐ろしさをビリビリと感じながら、アルツはわざと緩慢な動きで龍の気を引いた。
『ギャオオオォォォン』
やがて壁際に追い詰められたアルツ。龍が咆哮と共にアルツに突進した。龍の前脚がアルツの間合いに入るか入らないかの瞬間、サッと彼は身を翻し龍の斜め後ろに飛び込むように回避した。
『ドォ…ン』とドームに響き渡る音。龍はその勢いのままダイヤモンドより堅い結晶の壁に激突した。激突した衝撃で龍の動きが止まる。
「へっ…!」
アルツはニヤリと笑って龍の背を駆け登り、高く跳躍した。切っ先が下になるように剣を構え、龍の首目掛けて落ちていく。
「うおらぁぁぁ!!」
『ギャオオオ…』
落下の威力を乗せた大剣の一撃を、龍の首の後ろに叩き込む。硬い外殻により彼の大剣は弾かれたが、少しだけ首の後ろの外殻にヒビが入った。着地したアルツが叫ぶ。
「ルカァー!やれぇ!!」
ルカは彼の合図と共に走り出た。龍がふらりと頭をこちらに向けた、その鼻先を目掛けて杖を構える。最高まで練り上げた魔力で詠唱した。
「大気よ奔れ、限界の殻を破りて轟鳴せよ『エクスプロシブ・ソニード』…!」
瞬間、龍の鼻先で限界まで集結し、高められた空気が目に見えるほどの威力で大爆発を起こした。白い衝撃波が龍の顔面に直撃し、その脳を凄まじい音圧がグラグラと揺らす。たまらず龍は、ズダーンと土埃をあげて崩れ落ちた。
それを見ていたヒスイはアルツの肩を踏み台にして龍目掛けて高く跳躍した。アルツは「ブゲッ」と変な声を出してつんのめって倒れる。
跳躍したヒスイはアルツの付けた外殻のヒビを見つけると、ニタリと狂気に似た笑みを浮かべ、静かに唱えた。
「嵐よ集え、全てを断ち切る刃となれ」
とてつもなく巨大な風の刃が生まれる。何者も逃れることは出来ない巨大なグラインダーブレードのようだ。ヒスイは無慈悲にも龍のヒビの上にそれを振り下ろす。冥圧龍は短く悲鳴にも似た鳴き声を上げた。
そしてその数秒後に、龍の首はゆっくりとずり落ち、硬い土の地面に無造作に転がった。2つに分かれた龍の体から溢れ出た血が、しぶきを上げて着地したヒスイの体に付着する。
その数秒間の出来事を、凸凹コンビの二人は呆然と見ている事しか出来なかった。
アルツは恐る恐る地面に転がる龍の首に近付く。もうそろそろこの首もあっちで転がっている体もドロップ品を残して消えるだろう。あと半日はリポップしない筈だ。
「ほ…ホントに、やっちまった…のか?」
「ぼ、僕達…3人…で…?」
凸凹コンビは数秒間顔を見合わせ、やがて湧き上がる嬉しさに思い思いの歓声を上げた。
そんな彼らを特に気にせず、自身が血まみれな事に気が付いたヒスイは、舌打ちをして自分自身に浄化魔法をかけた。汚れた格好ではマナー違反だ。
なんて言ったって、これからが本日のメインイベントなのだから。
「さて…お腹が空きましたね…」
第14話は10月7日、8時20分に更新します




