第14話 世間はそれを『愛妻弁当』と呼ぶらしい
冥圧龍が倒されたボスエリアは、立ち込めていた瘴気が嘘のように消え、清浄で爽やかな冷気に包まれている。3人はドロップ品を歓喜に震える手で拾い集めた。
龍が鎮座していた辺りには帰り用の転移ポータルが出現し、すぐにでもダンジョン入口に帰還できる状態が整った…のだが、ヒスイはなぜか平らで綺麗な地面に、持って来たリュックからレジャーシートを取り出し、敷き始めた。
「あの…ヒスイさん?何してますの?」
「何って、ピクニックですよ!ピクニック!!お弁当を食べないと!」
「え…えぇ…?」
興奮さめやらぬ凸凹コンビはすぐにでもダンジョン踏破の報告に行かねば!と思っているのに、対するヒスイは鼻歌を歌いながらリュックからいろいろ取り出している。
「さぁ、お昼ゴハンにしましょう!ささ、靴を脱いで座って!ハイ、これお手拭きです!」
ガチの目をしてお手拭きを差し出された二人はしぶしぶそれを受け取り、靴を脱いでレジャーシートに腰を降ろした。
手を拭き終わると、使い捨てのフォークと見慣れない包みを2つずつ手渡される。1つは三角の物が3つ程まとめられた銀色の包み、そしてもう1つは四角くて軽い不思議な箱だった。アルツとルカは両手にそれらを持ったまま、顔を見合わせる。
そして、ヒスイはお茶の入ったボトルを配りながら「どうぞ、蓋を開けて召し上がれ」と促す。
言われるままに四角い箱の蓋を開けたアルツとルカは「わぁ!」と歓喜の声を上げた。
銀色の包みの中にはおにぎりが3つ、そして、不思議な材質の箱の中には、豚カツや鶏の唐揚げ、卵焼きにブロッコリーの塩茹でといった美味しそうなおかずがぎっしり詰め込まれていた。
さっきまで戦闘の余韻で興奮していたが、こうも美味しそうな食べ物を目の前にすると、不思議と急激に空腹が押し寄せてくる。
箱の左上には『一口サイズ』と言うには少し大きめな豚カツが3切れ入れてあった。生姜と味噌だれの甘辛い匂いがする。
「こ、これはなんだ?」
「…いい匂い…食べていいの?」
「えぇ、もちろん。それは『針毛豚の味噌ロースカツ』ですよ」
ヒスイが説明するやいなや、2人はたまらず味噌カツをがぶりと頬張った。冷めてもなおサクサクとした衣の歯触りと、柔らかい肉の旨味と味噌だれの濃い甘辛味が口いっぱいに広がる。
「〜ッうまっ!」
アルツの明るい声にルカも力強く頷いた。本能が働くのか、自然とおにぎりに手が伸びる。ふんわりと、しかし適度にしっかりとした握り加減の白米が、口内に残るまったりと濃い味の味噌カツの余韻と程よく調和していく。そして飲み込む頃には、またゼロ地点に戻る…なんともうまく出来ている。
次は…とおかず群に目をやると、目の前にある唐揚げが誘惑してくるようだ。
『ともしび』の唐揚げはもう何度も食べたが、何度食べても変わらず美味い。この味を作れる料理人はもしかしたら王都にはいないかも知れない。
ルカは約束された勝利の誘惑に負け、唐揚げを口いっぱいに頬張った。アツアツの時とは違い、肉汁が爆発する事はなかったが、それでも噛み締める度に旨味がじわじわと広がった。
「…唐揚げ…冷めても、ちゃんと美味しい…」
「確かに!…なぁ、この黄色いのも美味いぞ!お前、甘いの好きだろ?食ってみろよ」
「っ!本当だ…甘くて美味しい!」
ルカは卵焼きに感動して目を輝かせた。この卵焼きは、砂糖の代わりに甘酒を入れたほんのり甘めの卵焼きで、普段なら出汁巻き卵だが、今回は甘党のルカの為にと灯莉からの特別なおもてなしだった。
そんな2人の様子を見ながら、ヒスイも自分の弁当に視線を移した。今朝、灯莉が作っている最中にしつこく味見をねだり、全てのおかずの味見をしているが、それとこれとは別の話だ。
「…いただきます」
彼は躊躇いなく割り箸を伸ばして、弁当箱の右側に収められた『厚揚げと豚肉の肉豆腐』を選らんだ。
厚揚げと薄く切った豚肉、椎茸を醤油麹で味付けたその煮物は、味見をした中でも彼的にかなり好みだったようで。
口に含み、舌で押しつぶすと椎茸と厚揚げが吸い込んだ煮汁がじゅわりと溢れる。まろやかな甘みと深いコク、そして醤油の香ばしい香りと丸みのある塩気が具材一つ一つに染み込み、それぞれの味を一つ上の次元に高めている。
一口では物足りなくて、またすぐに箸を伸ばしてしまう。そして、これもまた白米を呼ぶ魔性のおかずだった。
知らない間におにぎりを手に取る。三角のそれを頬張り、しっかりと味わった。海苔と塩と白米…たったそれだけなのに、なぜこんなにも満たされるのか未だその謎は解けないが、そんな事はどうでもいい。
「…あぁ、美味しい」
ヒスイはお弁当の味と、この優しい時間を噛み締めるよう…満足気に呟いた。
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窓の外は夕暮れ。路地裏の奥にあるこの店は、大通りよりも早く夜がやってくる。
私は、朝早く出かけていったきり帰ってこない相棒の帰りを待ちながらロウソクに火を灯した。
今日は定休日で久しぶりに一人だったから、向こうの世界でのんびりと買い物をしたり、かつてそうしていた様な休日を楽しむ…つもりだった。だけど、実際出かけてみると何をしていても店や彼の事が浮かんできて、結局早めにここへ帰ってきてしまった。
(もう、ここは私の生活の一部になってるんだね…)
そんな事を思いながら、チラリと魔導式コンロの上のフライパンを見る。この中には今夜の夕食のメインディッシュが待機中だ。
「…お腹すいたぞ〜、早く帰ってこーい…」
そう呟いた直後、ドアベルが軽やかに音を奏でた。その方向に視線を移すと、そこには今朝ぶりに見るヒスイさんの姿があった。
「ただいま戻りました」
「おかえり、ヒスイさん」
「…〜〜〜ッ!!」
『ただいま』と言われたので『おかえり』と返した。ただそれだけなのに、ヒスイさんは感極まった様に大きく息を吸い込んだ。めっちゃ嬉しそうだ。なんなら背後に花でも背負いそうな程に。
「アカリ…ッ!」
「ンぐぇ…」
あ、嫌な予感…と思った時にはもう遅かった。意味がわからない程の素早さで駆け寄ったヒスイさんは、私を背後から抱き締めていた。すっぽりと覆いかぶさる様に抱き締められて、私は身動きが取れなくなる。しかも、体重を掛けられて地味に重い。
「ちょ、重いよヒスイさん。離して…」
「嫌です。離れていた分、アカリを摂取しないといけません。これは『充電』です」
「えぇ…?」
グリグリと私の頭に自分の整った顔を擦り付けながら、彼は更に体を密着させた。私はなんとか厨房のカウンターにつかまりながら、諦めて抱き枕に徹する事にした。
「…でも、無事に帰ってきてくれて良かった。アルツくんとルカくんは?」
「あの程度、どうという事はありません。お弁当をゆっくりと味わっていたので時間がかかりましたが、あの討伐程度なら30分と掛からないでしょう。彼らは武具の作成を依頼すると言っていたのでギルドに置いてきました」
「フフッ、なにそれ。ヒスイさんは…」
「アカリ」
言いかけた途中で名前を呼ばれ、彼の顔を見上げる。
「お弁当、とても美味しかったです。やはりアカリの作る料理の美味しさは、冷めても損なわれませんね。それどころか、また新たな味わいに進化を遂げていました」
嬉しそうに微笑むヒスイさんは、頬をほんのりと薔薇色に染めている。なんという破壊力だ…
「そ、それはどうも…」
「世間では、アレを『愛妻弁当』と呼ぶのですよね?」
「あ、え?」
「私を伴侶として認めてくれたと…そう、言うことですよね?」
ヒスイさんは、うっとりと深緑の瞳を潤ませて私を見つめている。これは、いつもの暴走の気配…
「で、でも…アルツくん達のも作ったし、ヒスイさんもピクニックだって言って…」
「はい、ピクニックです。しかし、お弁当の中身を決めたのはあなたでしょう?初めて会った時に作ってくれたおにぎりと卵焼き、それから鶏の唐揚げ…どれも2人の思い出の品です。それに、あの肉豆腐…私の好みの味の物を彼等に見せ付けるように入れてくれましたね。これは明らかに私へのメッセージです…!」
「ほ?!」
なんだ!?急に何を言い出したの、この人!
私はヒスイさんの飛躍しすぎな解釈にツッコミを入れようと体の向きを変え、彼と向き合うようになった。…これが罠だった。
体勢を変えるとすぐに、私の両肩は彼の大きな手に捕まり、体を拘束されてしまった。
「ちょ、ちょっと…?」
「可愛いアカリ…私の伴侶…」
そう囁きながら近付いてくる彼の唇を既の所で食い止めた。私の両手で唇を塞がれ、押さえられたヒスイさんは、抗議するようにジト目でこちらを見ている。
「そ、そんな目で見てもダメ!て…てゆーか、まだ『妻』になってないし!だから、愛妻弁当じゃないし!」
「………」
すると彼は、唇を押さえている私の両手をとり、私の手のひらに『チュッ』と音を立ててキスをした。深緑の瞳が不敵に弧を描く。
「ぎゃ!」
そして、私の手をそっと外してヒスイさんはニヤリと微笑んだ。
「…なるほど?」
(あっ…コレは…)
私の両手を拘束していた彼の両手は、いつの間にか私の体をひょいとカウンターに持ち上げ、座らせた。さっきまで見上げていた彼の顔が、今は少し下にある。何のストレスもなく見つめ合える体勢に、心拍数が急上昇する。
「…まだ、と言いましたね?それは、『いずれそうなる』ということですよね?」
「うっ…」
「アカリ」
するりと長い指が私の耳を擽る。『誤魔化すな』と言われているようで、私は言葉につまった。
「………」
「えっと…その…………」
沈黙の後、私は小さく頷いた。それを認めたヒスイさんは『よく出来ました』と言う様に、私の唇に自身のそれを重ねた。
許容量以上の糖度で目眩を覚えるキスに耐えきれず、私は何度目かの息継ぎでたまらず声を上げた。
「…っ、もう、おしまい!」
「むぅ…足りません…」
「『むぅ』じゃないよ!これ以上するなら、夕食は没収です!」
「そ…そんな…!!」
奥の手を出した私に、ヒスイさんはピタリと動きを止めた。急に焦ってオロオロし始める。…そんなか?そんななのか?!
「…ちなみに、今夜の献立は『とうもろこしバターご飯』と『和風おろし豆腐ハンバーク』と…」
私が献立を詠唱し始めると、ヒスイさんは急に落ち着きを取り戻し、スン…となる。
おもむろに私の体をカウンターからそっと降ろすと、無駄にキリッとした表情で頷く。
「さぁ、ご飯にしましょうアカリ!」
「…ヒスイさん、よだれ出てますよ」
こうやって、ドタバタと騒がしくも愛おしい日々を、この不思議でかわいい人と重ねていって、その先に『伴侶』と呼べるものになるなら…
それもまた、一つの『幸せのカタチ』なのかもなぁ、なんて。
そんな事を思いながら、私はヒスイさんに大盛りのご飯を差し出した。
「さぁ、召し上がれ!」
第15話は10月8日、8時20分に更新します




