第15話 永遠を誓う儀式 前編
とある日の営業時間前、私はヒスイさんと一緒に朝市に訪れていた。
王都グリュクスタットの市場は規模も大きく取り扱っている種類も多い。魔物肉はギルドで冒険者に依頼しているが、その他の食材は市場で仕入れないといけない。
異世界に四季があるのかはよく分からないけど、旬の野菜と出来れば乳製品なんかも欲しいなぁ…なんて思いながら、キョロキョロとしていたら隣を歩いているヒスイさんに突然手を握られる。
「なに?」
「手を繋ぎたいと思ったので」
そう言って、彼は甘やかに微笑む。だから、その笑顔はズルいんだってば!美形の微笑みは花も咲くし、そよ風だって吹く。この世の全てに良く作用するのだ。
私は突如として投下される微笑みの爆弾に、内心クラクラになりながら彼と手を繋いで歩く。そんな時、前方から見知った顔の青年がこちらに手を振っていた。
「お~い、お嬢!よっ!」
「あ、アルツくん!おはよー」
アルツくんは何やらたくさん買い込んだのか、背中にたくさん中身の入ったカゴのような物を背負い、更に片手で大きな袋を抱えている。
「凄い荷物だね…こんな朝早くから買い出し?」
「いや、コレは近所のご隠居に頼まれたもんだよ。あの爺さん、昔っから俺のことパシリにしやがるんだ」
そう言いながらも、彼は穏やかに笑っている。ご近所さんとのホッコリエピソードを聞けて、なんだか私も心が温かくなった。
「あ、そうだ。おい、ヒスイ」
「…はい?」
アルツくんが話しかけると、ヒスイさんはなぜかムッとした表情で応えた。
「睨むなよ…あ~、あの、工房から伝言。『仕上がってるから取りに来い』ってさ」
「そうですか!承知しました、すぐに伺いますとお伝えください」
「いや、俺は行かねぇよ?!この荷物見えない?!」
伝言を聞いたヒスイさんは、突然ぱあっと表情を明るくし、上機嫌でアルツくんに笑いかけた。
(工房…?仕上がってる?ヒスイさん、何か作って貰ってたのかな?)
私の知らない情報に、少し心がざわついたけど、隣の彼の眩しい笑顔を見ると、まぁいいかという気持ちになった。
それから私達はアルツくんと別れ、そこそこに買い物を済ませると店に戻った。
私が今日の仕込みに取り掛かると、ヒスイさんがどこかソワソワしながら「少し、職人街に行ってきます」と言って出ていった。
職人街とは、鍛冶屋や武具、金細工、木工など職人達が工房を構える一画の事で、冒険者ギルドにほど近い辺りにある。どうやらさっきのアルツくんの伝言の件らしい。
「………」
(別に寂しくなんてないし!)
私はほんのりと感じた寂しさを紛らわす様に、仕込みに集中した。
今日のオススメ定食は『鶏肉と夏野菜のかぐら南蛮ピリ辛醤油麹炒め』に『冷やしトマトの大葉のせ』、ご飯と味噌汁、お新香の定食セットだ。実家で採れた大葉やかぐら南蛮を効かせた、ちょっと辛くて夏らしいおかずに仕上がっている。
ところが、ランチタイムの営業が始まる時間になってもヒスイさんは帰ってこなかった。いつもなら提供する料理の一通り全てを味見しないとずっと付きまとう位なのに…
私はなんだか不安になり、表の『営業中』の札をかけ直すべきか悩んだ。しかし、窓の外にはランチを目当てにこちらに歩いてくるお客さんの姿が見えた。緊張感が走る。
…一人でやる。大丈夫、出来る。
私は、覚悟を決めてお客さんを受け入れる準備をした。程なくして、ドアベルが軽やかな音を響かせる。入ってきたのは、屈強な男性の冒険者が3人。
「いらっしゃいませ!」
「3人、本日のオススメ定食で!」
「…お待たせしました。どうぞ、本日の定食です」
手際よく3人分の定食を作り、一人分ずつトレーを配膳していると、テーブル席に座った冒険者の一人が「あれ?」と声を上げた。
「今日は給仕のイケメン、居ないんだぁ」
「お姉さん一人?大変だね〜」
「おっ、じゃあ俺お手伝いしちゃおうかな〜?」
彼らはニヤニヤと笑いながら、最後の一つを配膳し終えた私の腕を掴んだ。私は驚いて、一歩後退る。
「定食も美味そうだけど…お姉さんも味見したいなぁ〜なんてww」
「ギャハハハ!キモっ!!おっさんかよ!」
腕を掴んだ冒険者は、体格がよく力も強かった。私が腕を振り払おうと抵抗してもびくともしない。
私は、彼を睨んでハッキリとした声で拒絶した…筈だった。そんな気持ちとは裏腹に、私の口から出た声は震えて、強さとは真逆な粗末なものだった。
「は、離して下さい…ッ」
「フッ、あはは!カワイー!『離して下さいッ』だって!」
「どうしようかなぁ〜?ねぇねぇお姉さん、ここって珍しい酒も置いてあるんだろ?俺らにサービスしてよ〜」
「イイね〜、ギャハハハ!」
「……ッ」
私があまりの悔しさと恐怖に拳を強く握った時、ドアベルが静かに音を奏でた。
誰かが振り返るよりも早く、ヒヤリとした冷気が頬を撫でる。
「…その汚い手を離しなさい」
「お"?!…がぁ?!」
突然、私を掴んでいた腕が離れ、冒険者の男がフワリと浮き上った。解放された私は、すぐさま優しく抱き寄せられる。耳馴染みのあるイケボにハッとして見上げると、待ち望んでいた相棒の姿があった。
「ヒスイさん…!」
「ゲェ!給仕のイケメン…!」
「遅くなってすみませんでした…怪我は無いですか?」
片手で冒険者の男の首を持ち、空中に拘束しながら、もう片方の手でそっと私の頬に触れる。持ち上げられた男がジタバタと暴れても、ヒスイさんは涼しい顔をしている。
「遅いよ!」
「すみませんでした…怖かったでしょう?もう大丈夫ですよ」
「お…おい!給仕の!そろそろ離してくれよ、ソイツ窒息しちまうよ!」
連れの男達が慌てて懇願すると、ヒスイさんは絶対零度の視線を彼らに向ける。
「は?」
「あっ…すんません…」
「ゔっ…あがっ!!ぐゔゔ…」
持ち上げられた男は悔しそうに呻いたが、誰もそれ以上ヒスイさんに懇願する者はいなかった。
結局、ヒスイさんに懲らしめられた男達は、定食をテイクアウトし、逃げるように帰って行った。食材が無駄にならなくて良かったという安心感と、見知らぬ男性に腕を掴まれた恐怖が同時にきたのか私はかなり疲弊していた。
ヘナヘナと椅子に座り込むと、ヒスイさんが心配そうな顔で、肩を抱くように寄り添ってくれた。
「アカリ…すみません、私がもう少し早く帰っていれば…」
「ううん、ちょっと怖かったけど、違うの。なんか安心したら力が抜けちゃって…。それに私も悪いの。ヒスイさんが来るまで待っていたら良かったんだよね」
だから、気にしないで。とへらりと笑うと、彼はぎゅうと強く私を抱きしめた。大きな体に包み込まれて、なんだかホッとする。
「…ヒスイさん」
「はい?」
私は彼の胸に顔を埋めるようにして小さく囁いた。
「助けてくれて、ありがと…大好き」
第16話は10月9日、8時20分に更新します




