第16話 永遠を誓う儀式 後編
ヒスイさんは、これ幸いと私をガッチリと腕に閉じ込めて放してくれなくなってしまった。
身動きがとれない私は、なんとなく気になっていた事を尋ねてみた。
「…そ、そう言えば、ヒスイさんは何しに出かけてたの?」
「あぁ…、これです。恋人への贈り物ならば指輪かと思ったのですが…」
そう言って、ヒスイさんはポケットから小さな箱を取り出した。贈り物なんかで使う、手のひらに収まるサイズのベルベット調の小箱だ。
ヒスイさんが小箱を静かに開けると、中には小さな緑色の宝石のピアスが一対、納められていた。小さな宝石は小粒ながら美しく、吸い込まれそうな澄んだ緑色をしている。
「これは、『冥圧龍』からドロップする最高品質の翡翠『冥圧龍の琅玕』で作った特別製のピアスです」
「ろうかん…?」
すると、ヒスイさんは小箱をそっと私の手のひらに乗せ、私の目を見つめて微笑んだ。
「あなたの為に作ったピアスです」
「えっ」
椅子に座る私の前に跪き、手を取る。私を見つめる瞳が幸せそうに細められる。
「以前、レイジ様に『料理人は指輪をしない』と聞いたので、ピアスならば…と思ったのです。アカリ…、あなたの耳に『私の色』を刻むお許しを頂けますか?」
私を見つめる瞳は、以前見たようなどす黒い独占欲も、焦りも感じさせない…ただひたすらに優しく、そして砂糖を煮詰めた様な甘さで満ちていた。
ヒスイさんの指が、静かに私の指に絡む。
「こちらでは翡翠は、持ち主をあらゆる災厄から守り、長寿と繁栄をもたらす強い魔除けの石とされています。そして、同じ名を持つ私も、それと同じ様に大切なあなたを、害ある全てから守る…その誓いと『伴侶の証』としてこれを贈らせてください」
「伴侶の証…って、これ、その為にダンジョンに取りに行ってくれたの?」
そう尋ねると、ヒスイさんは得意気に微笑んだ。
「前も言ったでしょう?あの程度30分もかからないと。私の冒険者ランクをお忘れですか?」
「フフッ、そうだったね」
私が笑うと、ヒスイさんは熱の籠もった目でこちらを見つめてきた。
「…ねぇ、アカリ。『伴侶の証』受け取って下さいますか?」
私は、もう一度手の中のピアスに視線を落とす。キラリと輝く緑色がとてもきれいで、嬉しくて、胸の奥がきゅうと切なくなる。
私はピアスの小箱をギュッと抱き締めて頷く。
「…私で良ければ」
「あなたがいいんです。…あなたしか要らない」
そう言って、ヒスイさんは私に口づけをした。
やがて唇が離れ、お互いの顔を見つめあった時に、ふと思い出した。私は自分の耳たぶを触りながらポツリと呟く。
「あ…でも、私ピアス開けたこと無いや…」
「えぇ、なので私に開けさせて下さい。あなたの身体に、自らの手で私の伴侶である証を刻めるなんて…そんな尊い役目を、他の者になど譲りたくありません!」
「な、なんか目が怖いな…」
ヒスイさんは本気の目をしている。こうなるともう止まらないんだ、この人は。
私は諦めて、懇願する様に彼を見つめた。
「…痛くしないでね…?」
「ッ…!!ぐぅ…っ」
すると、ヒスイさんは何かしらのダメージを負ったのか、胸のあたりを押さえてよろめいた。
人生で初めてピアスを開ける。恋人と2人きりで、お互いの『伴侶の証』として。それは永遠を誓う蜜月の儀式。2人だけの秘め事。
表の札を『準備中』に変え、扉に鍵をかけた。眩しい日差しが窓から差し込む昼下がり。
ヒスイさんは椅子に座り、私をひざの上に招いた。導かれるままそこへ座ると、私の髪をそっと梳き、耳にかける。彼の指が頬を撫でる度に、鼓動が速くなる。
「…怖い?」
「ちょっとだけ…」
緊張しながら頷くと、ヒスイさんは穏やかに微笑んで私の頭をそっと撫でる。
「大丈夫です。痛みはほんの一瞬…ですが、それすらも私が取り去ってあげます。あなたはただ、私にその身を委ねて…」
ヒスイさんは、私の頬や瞼に何度も羽毛のようなキスを降らせた。
私がその甘さにフワフワと蕩けそうになると、そっと耳たぶに触れ、自身の指先に魔力を込める。魔法でじんわりと冷気を送られ、感覚が薄れて来た頃に彼はそっと囁いた。
「…いきますよ」
え?と思った瞬間、耳たぶにチクリと微かな痛みを感じた。反射的にヒスイさんの服をキュッと握る。
「なに…?」
「あぁ、触ってはいけませんよ」
耳に触れようと伸ばした手を、ヒスイさんにやんわりと止められ、握られる。至近距離にある整った顔がゆっくり近付き、労るようにそっと私の耳にキスをした。
「…さぁ、反対側も…」
促されるまま体勢を変え、再び耳たぶに微かな痛みが走る。
さっきと同じ様に唇で痛みを労わると、彼は満足そうに私をじっと見つめた。両耳がじんわりと熱を持つ様な感覚がする。
「出来ましたよ、アカリ。やはり思っていた通り、美しい…よく似合いますよ」
「本当?」
「えぇ、もちろんです。後で鏡を見に行きましょうね」
ヒスイさんはそう言いながら、ポケットからもう一つ、同じ大きさの小箱を取り出した。私の視線に気付いた彼は、小箱を開けて中を見せてくれる。
そこには、私の耳に輝く翡翠のピアスと同じ物が収められていた。
「…アカリ、私の耳にもあなたの手で証を刻んで下さい」
「えっ、私が?」
「えぇ。私の伴侶はあなたなのだから、あなたにしてもらいたい」
そう言ってヒスイさんは、魔法で生み出した銀色に輝く細い針のような物を私に手渡した。それから、自身の耳を差し出し、待ち遠しいといった表情で微笑む。
一方、突然針を渡された私は緊張して狼狽えた。故意に誰かに傷を付けるなんて、善良な一般人である私には抵抗感があり過ぎる。しかし、ヒスイさんはまるでご褒美を貰えるかの様に、嬉しそうだった。針を持つ手が震える。
「うまく出来ないかも…痛かったらごめんね?」
「フフッ、大丈夫ですよ。私は人形なので痛覚はヒト程敏感ではありません。それに、あなたから貰える痛みなんて、ご褒美以外の何物でもない…」
うっとりとした深緑の瞳が私を映す。ヒスイさんは私の手を取って、自らの耳に誘導した。
「…さぁ、私をアカリのものにして下さい」
「うん…」
彼から注がれる愛情に目眩を感じながら、針を持つ指に力を込めた。
この日、この時…私とヒスイさんは永遠を誓い、『伴侶の証』をその身に刻んだ。
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翌日。いつもの様に、昼の定食を食べにやってきた凸凹コンビは、定食を運んできた私の耳元を見つめ「あれ?」と声を上げた。
ちなみに、本日の定食は『醤油麹そぼろと炒り卵の二色丼』と『糸瓜とオクラの梅かつお和え』プラス味噌汁と漬物のセットだ。
「…お嬢、耳のそれ」
「えっ?あ…これ?ヒスイさんに貰ったの。へへ…」
へらりと笑った私の表情を見て、何かを察したのかアルツくんはヒスイさんの方を向いてニヤニヤと笑みを浮かべた。
「『貰った』ねぇ…?おい、お嬢…それ本当に大丈夫か?ヒスイから一定以上離れると爆発する魔法とかかけられてないか?」
「えっ!?なにそれ…怖っ」
思わず私はヒスイさんの方を向いた。聞き耳を立てていたのか、他のお客さんもこっそりとヒスイさんの方に注目する。
すると、ヒスイさんが何か言う前に、黙って麦茶を飲んでいたルカくんがボソリと呟いた。
「…大丈夫、そういうのは付与されてないみたい…」
「え…?」
その言葉に一瞬、場が静まり返る。
「お、おいおい…『そういうのは』って、じゃあなんか付与されてるって事か?!一体何が付与されてるんだよ!怖ッッッ!!」
アルツくんのツッコミに他のお客さん達もザワザワとどよめきだった。もちろん、私も。
「え…あの、ヒスイさん…?」
私が恐る恐る彼に声をかけると、ヒスイさんはフフッと悪戯っぽく笑った。
「…言ったでしょう?あなたを害する全てから守ると。その為のちょっとした魔法ですよ♪…まぁ、この魔術式をあの小さな宝石に組み込むのに少し苦戦しましたが」
「…ホントに?爆発しない?」
私が尋ねると、ヒスイさんは苦笑しながらゆっくりと歩み寄り、その広い胸に私をすっぽりとつつみ込んだ。
「えぇ、大丈夫です。…それよりもアルツ。私の大事な伴侶を悪戯に怖がらせないで下さい」
ヒスイさんは私を抱き締めながら、アルツくんをジトりと睨んだ。彼は驚いて変な声を上げる。
「へっ?!は…伴侶ぉ??!」
「…いつの間に…」
更に、ヒスイさんは二人に見せ付けるように、わざと髪を耳にかける仕草をして視線を誘導する。すると、まんまと釣られたアルツくんはヒスイさんの耳に輝く緑色のピアスに気が付いた。
「あっ…?!お嬢と同じ…だと?ハッ…?!その緑色の宝石…まさか、冥圧龍の?!」
「フッ…フッフッフ…!これは、ただのお揃いのアクセサリーではないのです…!お互いがお互いの手でその身体に証を刻みつけた、まさに消えない絆の証明…!『愛の証』です!!」
「ちょ、恥ずかしいことを大声で喋るなーー!!」
「…はぁ…」
ノリノリで騒ぎ出す二人に、思わず全力ツッコミをしてしまった。ルカくんが騒がしい大人達に憐れみの眼差しを向ける。他のお客さん達も「なんだ…いつもの惚気か」と気にもとめない様子。
こうして騒がしくも愛おしい、私の新しい日常は少しずつ形を変え、かけがえのない物になっていく。
そして、ドアベルが軽やかに音を奏で、また一人、お客さんが美味しいご飯を求めてやって来た。私は元気よく、お出迎えの挨拶をする。
ここは、異世界グリューフェル王国の王都グリュクスタット。その路地裏の更に奥には、異世界からやって来た店主の女性と人型魔導工芸品の青年が営む不思議な定食屋がある。その店の名前は…
「いらっしゃいませ!『お食事処ともしび』へ、ようこそ!」
第17話(番外編)は10月10日、8時20分に更新します




