番外編 駆け出し記者の取材記録
幸運の女神と幸せのクローバーをシンボルに掲げる『グリューフェル王国』の王都グリュクスタットで、毎月一回新聞を発行している小さな出版社『四つ葉出版』の駆け出し記者フレド・ローガンはとある噂を聞いた。
『王都の路地裏の奥に、とんでもなく顔の良い男がいる飯の美味い秘密の隠れ家がある…らしい』
(くだらない…顔のいい男ってなんだよ。程度にもよるが、その位王都には幾らでもいるだろ)
美味い飯はいいとして、個人的には『顔のいい男』よりも『ナイスバディな美女』の方が興味がある。
しかし、ここ最近は目立った事件も何もない。自分の担当する記事の締め切りが刻一刻と迫っていた。もう記事になるなら何でもいい…そう思って、フレドは路地裏へ足を踏み入れた。
東の空が夜の衣装を纏い始めた頃、フレドはとある店の中にいた。
件の店は『お食事処ともしび』というこぢんまりした定食屋で、カウンター5席にテーブルが2卓の狭い店だが、なぜか夜の営業が始まってすぐにその席は殆ど冒険者達で埋まっていた。
カウンターに通されたフレドは、キョロキョロしながら店内や客の様子をメモ帳に書き付けた。 不思議な置物や見慣れない文字の書かれた瓶が散見されるが、店内は木を多く使った造りで暖かな魔導ランプの灯が優しく照らしている。
(…そこそこ騒がしいが、酒場の様な粗野な感じではないな。コイツら、まさか本当に飯を食う為に来ているのか?)
その時、テーブル席に座っている冒険者達がムキムキのゴツい腕を高々とあげて「アカリちゃーん」と呼んだ。すぐにカウンターの中から朗らかな声が返事をする。返事と共にカウンターの中からひょっこりと顔を上げたのは、店主とおぼしき女性だった。
フレドはじっと彼女を見つめた。
(彼女が『アカリちゃん』?俺と同じくらいの…いやいや、俺より年下っぽいな…)
「唐揚げとサケハイ3人前!」
(カラアゲとサケハイ…?)
聞き慣れない単語にフレドは小首を傾げた。
「は~い!あ、ヒスイさ〜ん1卓さんにお通しとサケハイお願いしまーす」
店主は明るく返事をすると、カウンターの端に控えていた白緑色の髪の男に声をかけた。
フレドはハッとして彼の様子を目で追った。恐らく彼が噂の『顔がいい男』だ。確かに、作りものの様に整った顔面に、均整のとれたスラリとした体格だ。
彼はにこやかに店主から何かを受け取ると、先程のテーブルに向かい事務的にそれらを卓上に並べた。そして、去り際に
「アカリを馴れ馴れしく呼ばないでくださいね」と、一言。鋭い目付きで釘を刺していった。
フレドは『確かに、顔がいい。しかし、愛想がない…(店主以外には)』と、メモ帳に書き加えた。
美形の給仕が彼らのテーブルに運んだ物を横目で確認する。どうやら人数分の小鉢と大きめのグラスが運ばれてきたらしい。大きめのグラスには氷がたくさん入れられていて、遠目には分からないが、飲み物が入っているのだろう。
冒険者達は各々グラスを手に取り、待ちかねたと言う様にぐいーッと煽った。
「ッカーー!!うめぇ~!」
「堪んねぇーー!」
「兄ちゃん、サケハイおかわり頼むわー!」
(えっ、一気に飲んだのか?!しかも美味いのか?…き、気になる…)
彼らの飲みっぷりに触発されたフレドは、目の前に立て掛けられていたメニューとおぼしき透明な板を手に取った。
その時、カウンターの中…オープンキッチンの方から『ジュワァァ』と音がした。音に釣られて視線を向けると、フレドの目の前でカラリと上がった唐揚げがホカホカと湯気を上げている。
みるみる間に積み上がっていく唐揚げの山に、彼はゴクリと生唾を飲み込んだ。
(おっ…おぉ!あれはなんだ?なんだかわからんが俺の記者の勘が『アレは美味いヤツ』だと言っている!)
フレドがその様子をじっと見つめていると、調理をしていた店主がこちらを向き、ニコリと笑った。
店主は小柄で素朴な見た目だが、笑うとパッと花が咲くような可憐な女性だった。こちらの緊張も和らぐような雰囲気がある。
「ご注文はお決まりですか?」
「えっ?あ…あぁ、そ…その…それは何ていう…」
急に話しかけられて、ドギマギした彼はスマートとは程遠い返しをしてしまった。恥ずかしさから顔が熱くなるのを感じる。
彼が指さした先を辿った店主は、自分の手元に視線を落とした後、「あぁ!」と小さく声を上げた。
「これは『鋼鉄鶏の塩麹唐揚げ』ですよ!ウチの名物の一つなんです。最近はサケハイと一緒に頼まれる方が多いですね」
「あっ、あのその『サケハイ』ってのは…?」
「サケハイってのは、『日本酒ハイボール』の事です。略して『サケハイ』!日本酒を炭酸水で割って少しレモンを搾ってるんで、アルコール度数が低くて飲みやすいですよ」
「ニホンシュハイボール?タンサンスイ??」
フレドが聞き慣れない単語に固まると、店主は一瞬「あ、やっべ」という顔をして、すぐにへらりと笑った。
「…の、飲んでみます?」
「ぜ、是非…!カラアゲも一緒で…!」
程なくして、フレドの前にさっきの冒険者達と同じ様に、小鉢と大きめのグラスが運ばれてきた。グラスにはたくさんの氷と透明な液体が並々と注がれている。触ると驚くほど冷たい。
「ええと…これは?」
小鉢の中には緑色の鞘付きの豆が一掴み程盛られている。フレドはキョトンとそれを見下ろす。
「お通しの枝豆です。鞘のまま口元に持っていって、口の中に豆を押し出して食べてくださいね!」
「…?」
言われた通りにすると、プチッと鞘から豆が口の中に飛び込む。程よい塩気と不思議な旨味のある豆はとてつもなく後を引いた。彼は夢中になって枝豆を食べ始める。その内に口が塩っぱくなり、冷えたグラスの中の酒を口に含んだ。
「…んっ?!っぐ、ゴホゴホ…」
シュワシュワと弾ける様な刺激に驚いたフレドは、思わず口からグラスを離した。
突然むせこんだ彼を心配した店主が声をかける。
「大丈夫ですか?!」
「あ…あぁ、驚いただけだ。大丈夫…」
(なんだこれは!どうなっているんだ?!)
フレドはグラスの中の酒を再度、ゆっくりと口に含んだ。確かに口の中がシュワシュワでピリピリする。が、ピリピリとした刺激は一瞬で、喉を通る頃にはそれが心地よい感覚になる。不思議だ。どこか親しみのある柑橘の風味がほんのりとして、まるで水の様に体に浸透していく。
「これ…本当に酒なのか?」
ポツリと呟いた言葉に、カウンターの向こうから小さく笑う声が聞こえた。顔をあげると、店主が菜箸を手に彼に笑いかけている。
「どうです?サケハイ、お口に合いましたか?」
「あぁ!こんなにクセがない酒は初めて飲んだよ」
「フフッ、それは特にクセがないお酒なんです。どんな料理にも合ってグビグビ飲めちゃう魔性のお酒ですよ!はい、唐揚げお待たせしました〜」
そう言ってフレドの目の前に、女性の拳程の大きさの揚げ物が差し出された。見るからにカラリと揚がっていて、いい匂いがする。
フレドはその内の一つにフォークを突き刺すと、がぶりと豪快に齧り付いた。軟らかい肉の塊からジュワッと飛び出す肉汁。サクサクとした衣と熱々でジューシーな鶏肉が口の中でお祭り騒ぎだ。ハフハフと息を吐きながらなんとか飲み込み、流れる様に『サケハイ』をぐいっと煽った。
「ッ…、くぅ…っ」
(う…美味いーーー!!)
フレドは泣きそうだった。こんなに美味いものは食べたことが無かった。なぜか走馬灯の様に昔の事を思い出しながら虚空を見つめ呆然とする。
(あぁ、母さんや妹にも食べさせてやりたい…コレが家でも作れれば…)
そこまで考えて、彼はふと思い出す。
(ん…?待てよ?)
「あ…あの!アカリちゃ…」
さっきの冒険者達に習って、店主の女性を呼んだ…瞬間、カウンターの端から刺すような殺気がフレドを襲った。「はい?」と振り向く店主の向こうに鬼がいる。白緑色の髪の鬼はこちらを仕留めんと彼を睨みつけていた。
(ヒィ!!)
「あ…アワ…す、スイマセン…店主さん…」
急いで言い直すと、鬼はフッと殺気を収めた。
「この唐揚げ、さっき『鋼鉄鶏』って…、それって、あの硬くて不味い『鋼鉄鶏』?!」
「えぇ、そうですよ。ギルドに依頼をかけて冒険者さんに納品して貰った『鋼鉄鶏』を使っています。でもウチのは軟らかくて美味しいでしょ?」
店主はフフンと得意気に笑った。フレドは記者の勘が働いたのか、店主に詰め寄った。
「ええ!どうやってあの肉をここまで美味い料理にしているのか…何か秘密があるんですか?」
「あるにはあるけど…企業秘密です」
しかし、店主はやわらかく笑って彼をいなした。それもそうだ。簡単に教えては商売が成り立たない。フレドはガクリと肩を落としてサケハイをクピリと飲んだ。
「あ…、これはウチの秘密じゃないんですけど」
と、店主がカウンターの向こうから少し声を落として囁く。フレドは、声に導かれるように視線を上げた。
「玉ねぎをすりおろすか、みじん切りにして少しの塩と一緒に肉に揉み込んでみて下さい。玉ねぎに含まれてる酵素の力で軟らかくなると思いますよ?」
「玉ねぎ…コウソ…?」
店主は彼にニコリと微笑みかけた。
(か…可憐だ…)
彼がときめいた瞬間、彼女の背後からぬっと伸びてきた腕に店主は絡め取られた。腕は鬼(の形相の美形給仕)のものだった。
「わっ、ヒスイさん!急に抱きついたら危ないよ?!」
「…そんな事よりアカリが不足しています。すぐに店を閉めましょう」
「ダメだよ!何言ってんの?!」
目の前でイチャつきを浴びせ掛けられ、フレドはスン…という表情で唐揚げを頬張った。
店の外に出ると、辺りは暗く街は眠りにつこうとしていた。出歩いている人もまばらで、フレドの少し前を、唐揚げを食べていた冒険者達が上機嫌で歩いている。
フレドは深呼吸をした。
あの後、『シメ』に食べた『ヤキオニギリ』というのも美味かった、というか、あの店で食べた何もかもが美味かった。こんなにも満ち足りて、気分の良い夕食は久しぶりだ。
「………」
彼はポケットからメモ帳を取り出すと、書きかけのページを見つめた。そこには走り書きで『お食事処ともしび』と、さっき食べた料理の内容や店についての事がメモしてあった。
フレドは、おもむろにそのページに手をかけると躊躇いなくビリッと破いた。それからクシャクシャに丸めてポケットに突っ込む。
「…他のネタ探さないとなぁ」
彼は濃紺の星空を仰いだ。夜風が心地良い。
(隠れ家は隠れていないとな)
なんとなく晴れやかな気持ちで、彼は路地裏を後にした。今夜は星がきれいだ。
それから、しばらくして発行された王都の新聞では、紙面の片隅に『硬い肉を軟らかくする裏ワザ』として、「玉ねぎのすりおろしを肉に揉み込む方法」が掲載され、主婦の間で話題になったという。
ここまでお付き合い頂き、ありがとうございます。
『お食事処ともしび』の物語はここで一旦の区切りとなりますが、続編も絶賛準備中です。
もしよろしければ、また彼らに会いに来て下さい!
10月11日から『お疲れの魔王様拾いました。〜満身創痍の魔王様を薬膳知識で癒します〜』を投稿します。こちらも良かったら見に来てやってください




