第5話 魔法少年と鋼鉄鶏の唐揚げ
グリューフェル王国の王都グリュクスタット。幸運の四つ葉をシンボルに掲げるこの国の王のお膝元、王都の路地裏の更に奥。それこそ幸運の女神に導かれた人だけが辿り着けると噂の、小さな定食屋がある。
その店の名前は『お食事処ともしび』……
昼食の時間にはまだ少し早い頃、店の扉を元気に開けてやってきたのは、剣士の青年アルツくんだった。
「チーッス!お嬢、依頼の品持ってきたぜ〜」
ドアベルの音より大きな声が朗らかに響いた。私は作業の手を止め顔を上げる。と、同時に興味深そうに作業を見ていたヒスイさんがスッと位置を変え、無言で私を背に守るようにして立つ。
「あ、アルツくん、ありがと~」
私がヒスイさんの後ろからひょいと顔を出して言うと、アルツくんは小脇に抱えていた包をヒスイさんに手渡した。ヒスイさんは手早く包を開けて中を確認する。
経木に包まれて納品されたのは鶏肉だった。それも中々の量の新鮮なムネ肉やらモモ肉。私も中を覗き込んで食材を確認する。そんな私達を見て、アルツくんは不思議そうに尋ねた。
「…なぁ、ホントにそれでいいのか?『鋼鉄鶏』だぞ?それ…」
私はきょとんとして頷いた。
「そうだよ?こんなに沢山、ありがとね?」
「あ、ああ…え?ん?いや、別に鋼鉄鶏位、簡単に狩れるけどさ…」
アルツくんの腑に落ちてない表情から何かを察したヒスイさんが、静かにニヤリと口角を上げる。
「…アカリ、アルツはまだアレを食べてないからわからないのですよ」
ナチュラルに謎マウントを取られたアルツくんはポカーンとしている。私はヒスイさんの言わんとしている事に気付き、ハイハイ…と魔導式冷蔵庫を開けた。中から銀のバットを取り出す。
「アルツくん、依頼の『報酬』食べていくでしょ?」
「…!あぁ!!」
彼はぱあっと表情を明るくして、カウンターの椅子を引いた。
私はサッと手を洗うと取り出したバットから、白濁した液体に浸けられた肉の塊を5個取り出す。このバットの中の肉はさっき納品された物と同じ『鋼鉄鶏』と呼ばれる異世界の鶏肉だ。
よく知らないがこの周辺でよく出没する鶏型の魔物で、めっちゃ硬い肉質であまり料理に使う人は居ないらしい。ゆえに安い。
しかし、私には秘策があった。それこそがこの白濁した液体…もとい、地元酒蔵の麹を使った『塩麹』だ。ちなみにニンニクと生姜もしっかり入れてある。
肉に付着した塩麹をペーパーで拭い、片栗粉と米粉をブレンドした粉を軽く付けた。温まった油に投入すると『ジュワワァァ』と小気味いい音がする。熱が入るとフワリとニンニクと生姜が香って、皆一様に、その香ばしい匂いを吸い込む。このいい匂いは空腹に効く。
「〜〜〜っ、うぅ…やば…この匂い…」
「堪らんでしょ?」
私は知っている。ガッツリ食べたい時はニンニクなのだと。アルツくんに向かってニヤリと笑いかけると、彼はゴクリと生唾を飲み込んだ。
唐揚げの揚がり具合を見ながら、温かいご飯とみそ汁、小鉢、付け合わせのサラダを盛り付ける。今日の小鉢はもやしの中華風ナムルだ。
「………」
私が定食の準備に集中していた時、ヒスイさんは店の奥のテーブル席へと視線を向けた。2卓あるテーブル席のひとつに存在感を消して…いや、存在感が極薄のお客様が一人。静かに本を開いているが、匂いに釣られてチラチラとカウンターへ視線を動かしている。
「…ふむ」
やがて出上がった定食がアルツくんの目の前に差し出された。ホカホカと湯気を立てる定食に彼は目を輝かせる。
「はい!報酬の『鋼鉄鶏の塩麹唐揚げ定食』です」
「おぉ~待ってましたァ!」
待ちきれないと言った表情でアルツくんは私の拳大はある唐揚げに手を伸ばした。フォークがサクリと肉に突き刺さる。
「えっ?」
まさか…と目を見張るアルツくんに、私は得意気に頷いた。まぁ、食べてみんさいと。
彼は唐揚げにガブリと食らいつく。その瞬間、歯が簡単に肉に入り、ジューシーな肉汁が溢れ出した。口を閉じないとこぼれてしまう。
「んん?!」
彼は口の中の唐揚げを一生懸命咀嚼し飲み込むと、息継ぎをする様にはぁと感嘆のため息を漏らす。
「嘘だろ、どうなってんだ?!これがあの『鋼鉄鶏』…?お嬢!!まさかアンタ魔法使いか?!」
「まさか!…まぁ、ちょっと秘密はあるけどね」
魔法の正体は勿論『塩麹』だ。これは、麹に含まれる酵素が、肉のタンパク質を分解する事で柔らかく、そして旨味の元であるアミノ酸を作り出す事で味も良くなる発酵の『魔法』…みたいなもの。まさかここまで良く作用するとは思って無かったけども。
「あの噛み切れない肉がこんなに柔らかく…しかも肉汁が!あの肉がこんなに美味いなんて初めて知った…」
アルツくんの目がキラキラと輝く様子を見て、私は確かな手応えを感じヒスイさんに目配せをした。
…すると、なぜか彼は不満そうにジト目でこっちを見ていた。
「えっ…?」
思わず視線を逸らしてしまった。え、なんで不機嫌になってるの?
私はもう一度ヒスイさんの様子を伺うように横目で見た。…まだジト目だ。
「ヒスイさん…?なんで睨んでるの?」
「睨んでいません」
私がこっそり話しかけると、彼は相変わらずのジト目でボソリと呟いた。
「いや、現在進行系で睨んでるよ?どしたの?」
「…その、」
私に詰められ、ヒスイさんは目を泳がせた。
やがて観念したように小さい声で訴え始める。
「…なぜか不明なのですが、アルツが『唐揚げ』を口に運ぶのを見ていると…こう、胸がソワソワとして落ち着かないのです…目を背ければいいのは明白なのですが、なぜか出来ない…」
彼は震える仔犬の様な目で私を見上げた。深緑の瞳が揺れる。
「昨日試食した『唐揚げ』の記憶が勝手に蘇って、物足りない…。これは…何でしょう?アカリ…」
「うっ…!」
凄い破壊力だ。思わず半歩後ずさる。私はヒスイさんから放たれる致死量の美形に仰け反りながら何とか耐えた。
「わ、わかった…羨ましくなっちゃったのね…」
「羨ましい…?『嫉妬』、いえ『羨望』…なるほど」
ヒスイさんは、何か理解したのかスッキリした顔でブツブツ呟いている。私はふうと汗を拭い、さっき片付けたバットをもう一度取り出す。
「っあ"…っあ°のっっ」
その時、突然どこかから変な声が上がった。その声は店の奥のテーブル席からだった。分厚い本で顔を隠した紺色のローブを着た少年(推定)が椅子から立ち上がっている。
アルツくんは唐揚げを咥えたまま停止し、私とヒスイさんは黙って彼の挙動に注目した。
その視線の集中に耐えられなかったのか、少年はワナワナと震えだし、ついには分厚い本をテーブルに落としてしまった。ゴン!と重たい音が響く。
「…はっ…あ…あの…えとあの!」
少年はどんどん涙目になっていく。彼がパニックに陥りかけたその時、朗らかな声が店内に響いた。私の目の前にスッと手が上がる。
「お嬢!アイツにも同じヤツ頼む!」
「え…」
アルツくんが唐揚げを頬張りながらフッと笑った。
「ふ…ふぉ…!」
「食ってみろよ!…飛ぶぜ?」
テーブルには出来立ての唐揚げ定食が鎮座している。少年は定食を見下ろし、感嘆の(?)声をもらした。
アルツくんは少年の向かい側に座り、ニヤリと笑った。少年は頷き、恐る恐る唐揚げを口に運ぶ。
「ふんん?!」
瞬間、自分と同様に瞳を輝かせた少年にアルツくんはニカッと笑いかける。
「だろ?!美味いよな!!」
「んん!んん!!」
少年は凄い勢いで首を縦に振った。向かい側に座ったアルツくんはじゃあ自分もと、おかわりの唐揚げに齧り付いて、仲良く二人で食事を始めた。
その様子を見届けた私は、チラリと横に視線を動かす。カウンターの端の席ではこちらも同様にヒスイさんが唐揚げを頬張っている。とても満足気だ。私は眉根を下げ、「しょうがないなぁ」と笑う。やっぱり男の子は唐揚げが好きなんだね。
やがて、定食を食べ終わった少年は「ふぅ」と満足気に一息ついた。静かに手を合わせて「ご馳走様でした」と呟く。
「美味かっただろ?」
アルツくんが笑って問いかけると、彼はコクンと力強く頷いた。か細い声で一生懸命言葉を紡ぐ。
「あ…あの、そ、その…ありがとぅ…」
「おう!お前もここに辿り着いたんだから、食わなきゃ損だろ!お嬢の料理は美味えんだから!」
私はその言葉に照れくさくなって、わざと作業に集中するフリをした。
「なぁ、お前名前は?そのローブ、魔法使いだろ?」
「ん…、ぼ、僕はアルテ…シ…ン・リュカー…・ヴァル……レ…」
「…なんて?」
わかる。全然聞き取れん。アルツくんは悪気ゼロで聞き返した。少年はうぐ、と言葉を詰まらせる。
「え…と、ァル…、…ュカ」
「ルカか!」
「え……?」
たぶん違う気がするが、私も訂正出来るほど聞き取れなかった。なんだかハラハラしながら、彼らのやり取りに耳を澄ます。一方のヒスイさんは興味なさそうだ。
しかし、少年はコクリと頷いた。
「ん、うん、ルカ…」
「俺は剣士のアルツ!よろしくな!」
「…知ってる、『不運のアルツ』…ギルドで有名…」
「は?!俺そんな風に呼ばれてるのか?!」
思いがけず変な二つ名を付けられている事にアルツくんがショックを受けると、魔法使いの少年…ルカくんは可笑しそうにクツクツと笑った。
これが、『ともしび』常連の凸凹コンビ誕生の瞬間だった。
第6話は9月29日、8時20分に更新します




