第3話 試作品と人型魔導工芸品
どんな運命の巡り合わせか、私は長年の夢をなぜか異世界で叶える運びとなった。
異世界『グリューフェル王国』にある、叔父さんの営んでいた飲食店『お食事処ともしび』を引き継いだあの日。店の管理を任されていた謎の美形、ヒスイさんは私の作った朝食でだいぶ持ち直したのか、店の前で呆然と立ち尽くす私に、めっちゃいい笑顔で言った。
「では、アカリ。改めまして…私は人型魔導工芸品のヒスイです。幽霊ではありません」
「幽霊では…ない…?アーティ…スト?」
「人型魔導工芸品です。まぁ、魔法で動く人形みたいなものです」
そう言いながらヒスイさんは、着ていたシャツのボタンを外し始めた。私はギョッとして思いっ切り彼をドアの中に押し込んだ。2人して店内になだれ込む。
「おおぉ?!ちょっ、外で脱がないで!つか、なんで脱ぐ??!」
「おっと…大丈夫ですよ。ここは人通りの少ない路地裏の奥ですし、それに実はこの店にはとある結界が張ってありまして…まぁそれはさておき」
フフッと笑いながら彼は、私に向かい合うように体制を立て直すと、第二ボタンまで開けたシャツをめくってみせた。白い肌の鎖骨が露わになる。
「ぎゃっ?!みっ、見てない!訴えないで!」
「訴えないですし、見て下さい。そんないかがわしいものじゃないですよ、失礼ですね」
「えぇ…?」
恐る恐る指の隙間から覗いた私は、その先に見えた光景に再びポカンと口を開けた。
彼がシャツをはだけた鎖骨の辺りに、決して人間にはあり得ない物があった。
そこには、薄緑色の楕円型の石が嵌め込まれるように付いていた。透明で濁りのない翡翠色のそれはとても美しく、しばらく私はその美しさに見入っていた。
ヒスイさんは自らの身体に付いている石にそっと触れて微笑んだ。
「これが、私の『心核』です」
「心核…」
漫画であれ活字であれ、ファンタジー物を好む人は心核と言われれば、だいたい察しが付くものだ。『魔法で動く人形の核』ならそれは動力源、人間で言う『心臓』と同じ役割のモノだと。
はく…と何かを紡ごうと口が動く。
「…ヒスイさんは、人形なのにご飯食べるの?」
「……えぇ」
私の的外れともとれるおかしな質問に、ヒスイさんは一瞬目を見開いた。それから、フッと柔らかく微笑んでシャツのボタンを閉めながら続けた。
「私、人の作る美味しいものが一等好きなんです。だから、期待していますよアカリ」
その微笑みに釣られるように私もフフッと笑って力を抜く。イケメンはズルいなぁ。
「あ、でも私食べた物は全て動力に変換するので排泄はしませんよ?美形なので(ドヤァ)」
その言葉に私は思わずガクリと崩れ落ちた。
「……台無しだよぉ…」
そんな数日前の事を思い出して、プッと吹き出してしまった。
私は今、異世界グリューフェル王国の路地裏にある自分のお店『お食事処ともしび』の厨房で鍋をかき混ぜている。
こちらはどんよりとした曇り空で、今にも雨が降りそうだ。異世界にも『梅雨』とか存在するのかな?昼間なのに、薄暗い。魔導式ランプの橙色の明かりが店内を照らしている。
『ともしび』の厨房はカウンターから見えるオープンキッチンタイプだ。厨房と地続きになっている一枚板のカウンターには座席が5つ。
いつの日かお客さんでいっぱいになるであろうそこは今、食器類でいっぱいになっていた。ヒスイさんが開店準備の為に、食器類の点検と磨き直しをしている。
「どうかしましたか?アカリ」
「え?あはは、なんでもないでーす」
あなたのドヤ顔を思い出して笑っていた、とは本人には言えまい。
私は適当に誤魔化しながら、作業台にあらかじめ置いておいた小皿に鍋の液体を少しとる。口に含み、香りと味を確認してコクンと飲み下す。
「ん、いいかな」
私が鍋にヨシ!として火を止めたのを見ていたヒスイさんは、ソワソワとした様子でカウンターの向こうから覗き込んできた。
「それは何ですか?」
「これは試作第1号の『特製豚汁』だよ」
「トンジル…?」
さすが自分でグルメを自称するだけあって、興味があるのかヒスイさんは磨いていた食器をカウンターに置くと、私の隣へいそいそとやってきて鍋を覗き込む。
立ち昇る湯気と味噌の香りに混じって、微かに芳醇な何かがフワリと香る。具材は沢山の野菜に豚肉と、生で散らしたネギが彩りを添えている。ヒスイさんはその香りと湯気をスゥと吸い込んでうっとりと呟いた。
「はぁ…、なんと魅惑的な…」
豚汁に対して『魅惑的』と言う人、初めて見た。私は予想どおり…いや、それ以上の好感触に気をよくして次なる提案を持ちかけてみた。
「…試食してみたいひ」
「ハイッ!」
「早いな…」
「さぁ、どうぞ『特製豚汁』です」
ヒスイさんの目の前に、大きめのお椀にたっぷりと盛られた特製豚汁が置かれている。箸と、一応フォークを添えて。それからアパートの部屋から持ってきた七味の小瓶も近くに置いてあげる。
「豚汁はお好みで七味をかけても美味しいよ」
「はぁぁ!具沢山で食べ応えがありそうです!では…いただきます」
ヒスイさんは厳かに合掌し、豚汁の碗を手に取った。フゥフゥと息を吹きかけ少し冷ましてから、汁をゆっくりと口に含む。
「ん?!…これは、この前のスープと同じ味の様で何か違う!この深いコクと微かに感じる芳醇な香りは…?」
彼はハフハフとしながら、続けて具材にも手をつける。柔らかく煮た大根や人参が口の中でホロリと崩れ、数種のキノコから出た出汁や煮込んだ野菜特有の甘さと豚肉の脂から出る旨味を感じた。
それらを飲み込むと、ヒスイさんはキラキラと目を輝かせて私を見た。
「美味しいです!具沢山でとても食べ応えがありますね!そして体の内側がじんわりと温かくて、とても満たされた気持ちになります!それにしてもアカリ、教えてください。この香りとコクは…」
「フッフッフ…」
私は意味深に笑うと、店の厨房に置かれた魔導式冷蔵庫からとあるブツを取り出した。
「じゃーん!隠し味にこれを使いましたーー!」
「おぉ~、…なんです?それ」
私はそれをホイと彼に手渡す。
それは、手のひら大の四角いパッケージに入った乳白色の柔らかい何かだ。山の名前を冠した日本酒の名前が真ん中に印刷してある。
「地元酒蔵の酒粕です!」
「さけかす?」
「そ。酒粕っていうのは発酵が終わった日本酒の元を搾ったときに出る『搾りかす』の事なんだけどね、栄養素を沢山含んだかなり優秀な副産物なんだよ。料理に入れると、コクと旨味が出るだけじゃなくて、栄養価もグンと高くなるんだけど、いっぱい入れちゃうとお酒の味が強くなっちゃうから使う時は隠し味程度にね。今回で言うと、大さじ1.5位かな」
「…なるほど!ニホンシュ、というのは?」
「『米から作ったお酒』だよ。えーっと『ライスワイン』で伝わる…かな?私の世界では一般的なお酒なんだけど」
せっかく良いものが近くにあるんだし、地元食材を使って異世界でも通用する物を作りたい。だから、ここではもっと色々な料理に取り入れて行きたいと思ってメニューを考えている。
そして、ゆくゆくは日本酒も提供出来る様に、どうせなら酒器にも拘って…と密かな野望にニヤついていると、ヒスイさんは豚汁を見つめながら何か考えている様子。
「…この豚汁、とても美味しくメインとしても十分通用すると思いますが、これだけでは少し物足りないと言うか…」
ふむ…と考えながら呟いた彼の言葉に、私は何気なく答えた。
「あ~、豚汁はおにぎりと小鉢のセットで提供しようとおも…」
「おにぎり?!」
すると、私が全て言い切る前に秒で食いついて来た。立ち上がって、深緑の瞳をランランと輝かせている。
「それはこの間頂いた、あの白く輝く三角のオコメのアレですか?!」
「それです…(たぶん)」
「ああ…!」
ヒスイさんはストーンと椅子に垂直に着地すると、天を仰ぎ世を儚む様になんか耽美なポーズを取る。なんだなんだ、一体どうした…
「あの…艷やかな純白、手に取っても崩れないのに口に含むとホロリと解ける絶妙な握り加減、そして、しっとりと程よい弾力のあるオコメを噛み締めるたびに広がる微かな甘み…!味付けが塩だけとは思えない複雑で心地よい味わい!」
「えぇ、めっちゃ語るじゃん…」
呆然と彼を眺めていると、突然こちらをギュンと向き「合います!!(大声)」と宣言した。
えぇ、知ってますが。なんだこの人…もしかして、おもしれー男か?
米に関しては少し自信がある。なんて言ったって我が地元は、新潟県でも割と有名な『米どころ』だ。古くからその存在を知られてるブランド米の名産地なのだから。しかもそれを、周りを取り囲む山々に毎年雪が積もり、その雪融け水が時間をかけてろ過され、流れ出た湧き水で炊き上げるのだから。
最早それは『約束された勝利』なのだ。私は気分が良くなり、おもむろに炊飯器の蓋をパカリと開ける。ほわぁと湯気が上がるのをヒスイさんは見逃さなかった。
「旦那…小さいの、握りましょうか?」
「ご配慮、恐悦至極に存じます…」
窓の外は、いよいよポツポツと雨が降り始めてきた。
第4話は9月27日8時20分に更新します




