第九話 勝てない敵
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勝率――0.0%。
青白い文字が、冷酷なまでにはっきりと告げる。
勝てない。
《真実の眼》がそう判断した相手は、これが初めてだった。
井戸の底から溢れ出す黒い霧は、まるで生き物のように蠢いている。
その中心で、二つの赤い光がゆっくりとこちらを見据えた。
視線が合った瞬間、全身が凍り付く。
呼吸すら忘れるほどの威圧感だった。
「――っ!」
足が動かない。
逃げたい。
だが身体は恐怖で言うことを聞かなかった。
その時、《真実の眼》の表示が切り替わる。
戦闘不能。
生存ルートを検索します。
「生存……?」
文字は瞬く間に増えていく。
生存率 82%
行動を表示します。
一、剣を捨てないこと。
二、後ろを振り返らないこと。
三、北東へ三十五歩走る。
四、白樺の木を越えたら左へ飛ぶ。
「走れってことか!」
アルトは地面を蹴った。
全力で走る。
背後から、ズズズ……という嫌な音が迫ってくる。
振り返りたい。
だが、《真実の眼》は「振り返るな」と命じていた。
ならば従うしかない。
「一、二、三……!」
歩数を数えながら走る。
三十五歩。
目の前に白い幹の木が見えた。
「ここだ!」
身体を左へ投げ出す。
その瞬間。
ドォォォン!!
さっきまでアルトがいた場所を、漆黒の何かが薙ぎ払った。
大木が紙のようにへし折れ、地面が抉れる。
「……!」
もし一瞬でも遅れていたら。
考えるだけで血の気が引いた。
そのまま夢中で走り続ける。
やがて井戸から十分以上離れた頃、《真実の眼》が静かに告げた。
脅威圏外へ到達。
生存しました。
アルトはその場へ崩れ落ちた。
「はぁ……はぁ……。」
鼓動が耳の奥で鳴り続けている。
生きている。
本当に、それだけが奇跡だった。
日が傾き始める頃、アルトはアルメリアの町へ戻った。
門番が顔を見るなり声を掛ける。
「おい、大丈夫か!」
服は泥だらけ。
肩には擦り傷。
誰が見ても普通ではない。
「少し……転びました。」
「それにしちゃ酷いな。」
苦笑いを浮かべるしかなかった。
あんな話をしても、誰も信じない。
冒険者ギルドへ戻ると、エミリアが心配そうに駆け寄ってきた。
「アルト君!」
「無事でよかった!」
「井戸は……異常ありませんでした。」
そう答えた瞬間、《真実の眼》が小さく反応する。
判定。
嘘:0%
アルトは驚いた。
確かに異常は確認した。
だが説明できる証拠はない。
だから嘘ではない。
《真実の眼》は、言葉の真偽まで見ているのだろうか。
エミリアは依頼書へ完了印を押す。
「ありがとう。」
「これでやっと、この依頼も終わりね。」
その言葉に、アルトは違和感を覚えた。
「終わり……?」
依頼書へ目を向ける。
すると《真実の眼》だけが、別の表示を映していた。
依頼完了。
真の目的
達成。
「真の目的?」
アルトは息を呑む。
井戸の異変を調べることが目的ではなかったのか。
いや。
《真実の眼》は違うと言っている。
誰かが。
何かを確認するために、この依頼を出した。
そんな気がした。
夜。
宿の部屋で剣を磨いていると、不意に扉が叩かれた。
コン、コン。
「はい?」
扉を開ける。
そこには、見覚えのある銀髪の少女が立っていた。
「こんばんは、アルト。」
「リリア!?」
村で別れたはずの少女だった。
「どうしてここに?」
リリアは少し困ったように笑う。
「迎えに来たの。」
「……え?」
その一言の意味が分からず、アルトは目を瞬かせる。
すると《真実の眼》が静かに反応した。
対象:リリア
危険度
測定不能
信頼度
測定不能
危険なのか。
味方なのか。
《真実の眼》ですら答えを出せない。
リリアはアルトをまっすぐ見つめると、小さく口を開いた。
「あなた、一人で世界の真実を追うつもり?」
その言葉に、アルトの呼吸が止まる。
《真実の眼》のことは、誰にも話していない。
それなのに。
どうして、この少女は――。
「少しだけ、お話ししない?」
宿の廊下を静かな夜風が吹き抜ける。
運命を大きく変える会話が、今まさに始まろうとしていた。
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