第十二話 ギルドマスターの試験
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依頼達成の報告を終えたアルトは、受領証を受け取って受付を離れようとした。
「アルト君。」
エミリアに呼び止められる。
「ギルドマスターがお会いしたいそうよ。」
「え?」
思わず自分を指差す。
「ぼ、僕ですか?」
「ええ。」
エミリアは微笑みながら頷いた。
「怖い人じゃないから安心して。」
その一言で少しだけ緊張が和らぐ。
しかし、二階へ続く階段を上る足取りは自然と重くなっていた。
部屋の扉を叩く。
「失礼します。」
「入りなさい。」
低く落ち着いた声が返ってきた。
中へ入ると、昨日見かけた老人が机に向かって座っていた。
白髪混じりの髪。
鋭い眼光。
それでいて、どこか優しさを感じさせる雰囲気。
「初めまして。」
「アルトです。」
「うむ。」
老人は頷く。
「わしはこのギルドを預かる者、ギルドマスターのガレスじゃ。」
アルトは慌てて頭を下げた。
「そんなに固くならんでよい。」
ガレスは立ち上がると、窓際へ歩いていく。
「昨日の依頼書。」
「古井戸を選んだそうじゃな。」
「はい。」
「なぜあれを選んだ?」
不意の質問だった。
アルトは少し考える。
《真実の眼》が教えてくれたから。
……それは言えない。
「誰も受けていなかったので。」
「放っておけませんでした。」
嘘ではない。
本心でもある。
ガレスは静かに笑った。
「そうか。」
それだけ言うと、机の引き出しから一枚の地図を取り出した。
「少し試験をしよう。」
「試験?」
「安心せい。」
「戦う試験ではない。」
地図には町の周辺が描かれている。
その中央を、一本の川が流れていた。
「最近、この辺りで薬草を採りに行った者が帰ってこん。」
「冒険者を向かわせるほどではないが、気になっていてな。」
「どう思う?」
アルトは地図を見つめる。
《真実の眼》は反応しない。
だから、自分で考える。
「川があります。」
「うむ。」
「雨が降ったら増水します。」
「その通り。」
「もし渡れなくなったなら……帰れなくなるかもしれません。」
ガレスは黙って聞いている。
「でも、それだけなら何日も戻らないのは変です。」
アルトは地図の端に描かれた小さな森を指差した。
「この森……。」
「近道になっています。」
「迷い込んだ可能性はありませんか?」
ガレスは目を細めた。
「ほう。」
初めて興味深そうな声を漏らす。
「なぜそう思った?」
「僕だったら近道を選びます。」
「急いでいる人なら、なおさら。」
しばらく沈黙が流れた。
やがてガレスは、小さく笑う。
「正解はまだ分からん。」
「じゃが、お前さんは"考える"ことができるようじゃな。」
アルトはきょとんとした。
「《鑑定士》という職業はな。」
ガレスは窓の外を見つめる。
「昔は"考える者"とも呼ばれておった。」
「……え?」
初めて聞く話だった。
「今では失われた呼び名じゃ。」
「忘れておけ。」
そう言うとガレスは話を切り上げた。
しかしアルトの胸には、その言葉が深く残った。
考える者。
《鑑定士》に、そんな呼び名があったなんて。
ギルドを出る頃には、日が傾き始めていた。
その帰り道。
市場の片隅で、黒いローブをまとった男が立ち止まる。
「……あれが。」
男はアルトの姿を遠くから見つめる。
首元には、小さな天秤の紋章。
神聖教会の紋章だった。
「レオル様の報告通り。」
「確かに妙な気配がありますね。」
男は懐から小さな水晶を取り出す。
淡く光る水晶へ、小さく囁いた。
「対象を発見。」
「監視を開始します。」
水晶の光は一瞬だけ強く輝き、すぐに静かになった。
その様子を、アルトはまったく知らない。
その日の夜。
王都。
巨大な訓練場では、一人の少年が木剣を振っていた。
一振り。
二振り。
三振り。
迷いのない、美しい剣筋。
「今日も完璧です、勇者様。」
傍らで一人の神官が微笑む。
金色の髪の少年――勇者は、汗を拭いながら空を見上げた。
「先生。」
「何でしょう。」
「最近、不思議な夢を見るんです。」
「夢?」
「誰かが……僕を見ている夢です。」
神官は一瞬だけ表情を曇らせた。
だがすぐに穏やかな笑みへ戻る。
「気のせいでしょう。」
「勇者様は使命に集中なさってください。」
「はい。」
勇者は素直に頷く。
その瞳には、まだ曇りはない。
正義を信じ、世界を救うことだけを願う、純粋な少年だった。
しかし神官は、勇者の背後で誰にも聞こえないよう呟く。
「……その時は近い。」
その言葉の意味を知る者は、まだ誰もいない。
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