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白黒出版・白版~本が売れない時代だから出版を考える~  作者: 伊阪証


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『詠唱がクソほど長いエルフの返り咲き』のレビュー

https://kakuyomu.jp/works/2912051600742865938

総評価としてはポテンシャルはあるけどまだ不足気味である、という感じだ。

「魔法の真理の解明」と、その過程で浮上した「ビレステの無属性魔法が寿命を削る問題の解決」という中心軸が明確であり、物語の進行が綺麗に積み上がっている。 「村を襲った魔物を倒すためにビレステが無属性魔法を使う」という事件が、「彼女が倒れ、寿命を削っている可能性が浮上する」という結果を生み、それが「王都の研究所へ向かう」までも理路整然としている。

さらに王都では、アールを追放したプリーニ長官との対立という山場において、「ビレステの魔法の代償(寿命)」と「アールの魔法への信念(短縮詠唱はせず精緻な魔法を追求する)」が同時に衝突といったプロット的な強固さ、山場の制作が明確である。

感情名に頼らない身体反応による心理描写が優れていて、 特に秀逸なのはビレステの恐怖の描写である「膝の辺りの服を掴む。両手で、指が痛くなるほど力強く」と、恐怖と不安が行動と身体の緊張に変換されて読者に提示されてい魔法陣や「種火」に関する論理的な地の文と、ビレステの年相応で感情的な台詞が明確に役割分担がされ、食事シーン(ラザニアやバタサーモンなど)の五感に訴える描写がある、という一方であくまで事実の目撃証言に縛られていること、つまるところ話集中せずよそ見ばっかした視点になってしまっている、一般的な会話に寄り添えていない、スクリプト的に文章を処理してしまっている。注目していない時に注目している、というだけで普段見ない場所を見ているとは全く違うのが問題

アールとビレステの関係変化は「村で魔法を教える先生と生徒」が「師匠と弟子」になるまでの過程において、寿命を削る恐怖に直面からアールは彼女の手を強く握り返し、「想像力がないなら経験すればいい。一緒に考えよう」この流れもプロットと同じく人間ドラマとして理路整然とされている。

さて、上限内ではこのような結果になった。続いてはアイデアとして細かく評価しよう。

整合性より発展性だ、無属性魔法、勇者と魔王といいもとになった作品はまぁ予想はつく、特に分かり易く言えば「葬送のフリーレン」で、寧ろ見ていなかったら創作の同業者として恥じるべきだろう。

それにあたっての問題としては向こうはフリーレンとフェルンの関係性がある、で、あの作品においては日常的な焼き直し、焼き増しといったゆっくりとした走馬灯が身に染みる訳だし、子供っぽいところから戦闘における生き残りまで細かーくコミカルに発展していく訳だ。その一方でこちらは恐怖に対面した上での発展というのにイマイチ、師弟関係だけど世話されてる、みたいなギャップも無ければ師弟でもイケナイ事すれすれやってる、みたいなギャップもない。利己的な動機が強固な「師弟の絆」へと進化した、という点で見ても正直「人造人間100」の様な振り切って理解出来ないけど別の正義としてそれぞれ完成していくという訳でもない。

そして舞台が返り咲きというには、村から研究所でかなり飛んでいて、返り咲きといっても、階段の中盤がごっそり抜けていて盛り上がりがない、絆を書きたいのに絆に足る蓄積が無い、商品化する際に補完するといっても、それは借金してストーリーを作るようなもので、この過程で色々な盛り上がりがあって評価され、序盤と最終回で評価されることはいわば初配信と3D配信を切り札としているVtuberの様なもの、それを支える家庭が欠落している。特にその代表例といえるのは先ず第二章の冒険者マグルとベルントたちの群像劇である、これは主人公たちの視点だけでは描けない「この世界の過酷な現実」を挿入する一方で「ビレステの寿命問題」から長期間離れてしまう、まずネズミで代替が効くなら鳥の方がいい、カカポなんかは飛ばない上に敵に見つかると動かないことで威嚇、隠密を熟す。しかも寿命は多くて七十年。それ以外にも鷲、烏、鷹、梟なんかは戦闘や探索にも使えるし、ネズミじゃなくて極論虫詰めたカプセルの方が毒混ぜて負けたら自滅時にぶっぱなす等の悪用も出来る。いくらマウスを改良したもの、としても飲食が十日に一度で十分というのは踏み倒せる範囲のデメリットであり、必要なのってそこらへんで繁殖しまくっていつでも調達できる生態系ぶっ壊しラットとかでいい。カプセルにつめておいて十日に一度というのが正義なら銃は装填数が最初から百発のクソデカ無制限マガジンが正義!となる、元々装填時間を短くできるネズミに態々その改良をするのは馬鹿らしいというか、品種改良の方向がおかしい。

つまるところ研究施設が育てる過程で情を持たない様にしよう、という可能性が発生する訳だが日々の魔法実験(毒や炎の効き目)等で用いているという描写も無い、先ず近代ですら蘇生技術の確立の為に犬の首を切り落とし人工心臓に繋ぎどれだけ生きるか等を検証する…といったものが行われている中で倫理観レベルでネズミだけ…というのもまた疑問になる。ペストの時代にネズミ使うのか、それとも鬼滅みたいなクソデカムキムキネズミなら話は違う訳だ。

私が指摘した内容は、発展の基礎である。絆は抑圧化で異質な変化、寿命の消耗といった駆け引きにはやはりパッションが足りない、そして研究所に行くなら事故、無属性魔術の外付けカートリッジ化があるなら頭のおかしい研究者と学派同士をぶつけ合う、もっというなら師匠の位置付けをゴダードやツォルコフスキーみたいな、もっと言えば映画の「セッション」みたいな途中で投げ出して水槽のロブスター食べたくなるくらいネジが外れてないと没落感がない。

あとネズミ殺すのもはばかっておいて圧倒する場面で憧れる理由がイマイチ、圧倒しているのに殺さないように調整している、無駄に服だけ削ったりするいやがらせみたいな道具として威力を設定して非殺傷状態を維持できる銃として扱えるなら優秀だろう。そしてその結果拷問に使われたり人質に使われたりなんて発展性もある。

杖=女子高生が原宿で買う可愛いアクセサリーなんてしてしまえばそれはなんでそんなキャラ設定にした、とかなり齟齬が発生する。

現代魔法がインフラである、という話もされているが古代魔法が現代魔法になって既存の文化一掃されることは全然あり得るし、なんなら科学技術を全て破棄することが独裁や時代の変遷次第であり得る訳だ。また、それと同時に魔法を起点とした保温機能や保冷機能を活かした倉庫、極論大航海時代にあたる交流が無くなり、研究所が宗教的なものに縛られるという可能性も全然ありえる。

戦争や技術は多くの発展や作為によって積み重なるものであって、発展の余地は多く存在するし、倫理観の無い研究所の悪役、それに正義を取るか自らの命を取るかの二択を迫って、緊迫しつつ正義を執行する…といった発展する要素が転がっているのに捨ててしまっているのが大変勿体ない。質が良いと判断しているからこそ、発展の余地は念入りに作り、急がずゆっくりと気楽に書いて欲しい。

想像力がないなら、それ以上に経験すればいい。なんて言葉を使うなら創作だけでなく歴史も調べてみるのはどうだろうか。

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