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白黒出版・白版~本が売れない時代だから出版を考える~  作者: 伊阪証


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「誠実という名の鎖に繋がれた国母は、微笑みながら毒を飲む」のレビュー

https://ncode.syosetu.com/n5962mc/

本作の文章で最も印象に残ったのは、エリザベートの精神状態が食事への反応へそのまま表れるところである。フィリクスとの未来を諦めた時には、ジャガイモ、にんじん、玉ねぎ、セロリや香辛料の味を判別できているのに、食べること自体は楽しめない。ところがヤスミンとの関係を修復した後には、ヤギのチーズの酸味、野生イチゴのジャムの甘酸っぱさ、雑穀パンの香ばしさと食感まで拾えるようになる。悲しい、立ち直ったと二段階で済ませず、感覚の細かさが戻るところまで書くため、エリザベートの精神が一度沈み、急激に浮上する乱高下を読者も追いやすい。

一方で、この長所を文章自身が弱めてもいる。「味は認識できても、感動は無いのです」と書いた後に、感動のない食事は生きるためだけの苦痛だと説明し直すため、食事への反応から既に読み取れた内容へ答えを重ねている。ここは心理描写が足りないのではなく、先に成立した描写を信用せず、同じ感情を独白で再説明していることが問題である。

食材名の扱いにも同じ長短がある。カルトッフェル、カローテ、ツヴィーベル、ディ・ツェレリー、ツィーゲンケーゼ、ヴァルトエーァベーレと名称を並べることで、食文化を具体的に置こうとしている。しかし、ドイツ語、日本語訳、味、心理が一度に重なるため、エリザベートが何を強く感じたのかより、単語を処理する負担が前へ出る箇所もある。酸味や食感を精神の変化へ使う場面では名詞が効いているが、全ての食材へ同じ密度で名称を与えると、重要な一口まで名称の列へ埋もれてしまう。名詞を使わない方がよいのではなく、その場面の感情を最も強く変える味だけを残した方が、作者の得意な感覚描写が通りやすい。

また、本作は人物を静かに座らせて心理だけを語るより、感情が身体へ噴き出した時の方が文章に勢いが出る。ルーイスの顔へ奴隷印を焼き付けたアイシャを、エリザベートが身ごもっていることも忘れて馬乗りになり、拳へ体重をかけて殴る場面は、普段の気品を守った語りから一気に逸脱する。令嬢物としては過剰な暴力だが、弟を傷つけられた怒りが言葉では収まらないことを、姿勢と動作によって一度で見せている。作者には荒々しい画面を書けないのではなく、必要な場面では人物の身体を使って感情を爆発させられる。


4話で幼少期の遊びとして決めた瞬きや指の合図は、その場だけの仲の良さを示す思い出では終わらない。後に敵の監視がある屋敷でルーイスと意思を交わす時や、パメーラと通じている司祭スヴェンの動向を探る時など、言葉を使えば相手へ知られる状況で何度も使われる。昔の関係が現在の危機へ役立つため、合図が出るたびに、人物同士が長く共有してきた時間と、目の前の緊張が同時に戻ってくる。要約で挙げた複数話への影響とは、単に同じ設定名が再登場するという意味ではなく、親密さを示す遊びが、密談、警告、情報共有へ用途を変えながら残り続けることにある。

設定を目に見える決着へ変える場面も強い。大聖堂の合同婚姻式では、王家の血を混ぜたインクで署名し、短剣へ光が集まってスカイブルートパーズが現れるかどうかによって血統を証明する。フィリクスとエリザベートには反応し、フランクリンとアイシャには何も起こらない。長く続いた本物と偽物の争いを証言や論破だけで終わらせず、数百人の参列者が同時に見られる現象へ変えたため、ファンタジー設定が華やかさと決着の分かりやすさを両立している。

茶会でも、エリザベートはアイシャへ「王妃になれば何をしたいのか」を語らせ、好き勝手に暮らしたいという本音を引き出して自滅させる。続いてパメーラが身分を盾に圧力をかけた時には、無口な護衛ミヒャエルが帝国の第8王子である事実を明かし、相手が頼っていた格そのものを反転させる。感情をぶつけるだけでなく、相手が自分から失言する会話と、隠していた身分を最後に出す構成によって、異なる種類の爽快感を作れている。

終盤の毒杯も、本作が目指したエリザベート像を最も明確に示している。三国協定の祝宴で、大国王とフィリクスの杯へ毒が盛られたと察した彼女は、周囲へ知られないうちに両方を飲み、南国王へ解毒薬を促し、場を混乱させないよう微笑んで礼をした後に吐血する。自分の命を守る判断より、協定と出席者の安全を先に置く人物であることが、題名と一つの行動へ集約されている。高潔さを語るだけでなく、毒を飲んだ後まで国母として振る舞わせた点には、作品が最後まで守った強い意地がある。

ただし、こうした強い場面同士を繋ぐ因果は安定していない。秘密の合図や婚姻の短剣では、先に存在した設定が人物の行動によって決着へ使われる。一方、パメーラとスヴェンが孤児を暗殺へ使おうとする重大な計画は、教会の裏で密談しているところを偶然立ち聞きして把握する。計画を調べた結果として密談へ到達したのではなく、必要な情報が置かれた場所へ偶然居合わせたため、成功している場面と比べて人物の判断が事件を進めていない。

裏ENDで明かされる原作者と盗作者の因縁も、発想自体は強烈である、もっと言うなら強烈なだけだ。フィリクスは前世でエリザベートを生み出した原作者であり、アイシャは作品を盗作してエリザベートが処刑される結末へ改悪した人物だった。作中の悪女への制裁へ、現実で創作を奪われた怒りまで重なるため、フィリクスの執念が通常の溺愛より重くなる。だが、この種明かしによって、国母として選択を続けたエリザベートが「原作者の理想のヒロイン」へ戻される危険も生じる。アイシャが登場人物を所有物として扱うことを否定しながら、フィリクス自身も自分が作った世界と女性を取り戻そうとしているため、二人の違いが善悪だけでは整理できない。


最大の弱点は、チート能力の有無ではなく、巨大な能力を持つ人物の行動と精神性が小賢しい範囲へ縮んでいることである。

幼いフィリクスは、暗殺者に追い詰められた際に魔王エアルケーニヒを勝手に呼び出し、未来の記憶を対価として魔族を従者にする。裏では原作者として前世の物語を知り、大人たちへ根回しを行い、王位の行方まで動かしている。それほどの力を持ちながら、現在の事件では教会の柱の陰で敵の密談を盗み聞きし、アイシャがルーイスへ奴隷印を押すことも防げない。世界を作った原作者、魔王、魔族という設定の規模に対し、実際に画面へ出る策が立ち聞きと後手の救出では、能力の巨大さが面白さではなく不釣り合いを強調する。

敵も同じである。パメーラは息子を王にしたい。アイシャは姫の立場と逆ハーレムを欲しがる。その欲望で赤子の取り換え、王位簒奪、盗作による世界改変まで行うため、手段だけは巨大である。しかし、その力でどのような国を作りたいのか、王になって何を守り何を捨てるのかは見えず、最終的な欲望が個人的な見栄と所有へ閉じている。人物が神話級の力を持っても、判断が宮廷内の嫌がらせから広がらないため、事件の規模が上がるほど中身の小ささが目立つ。

第63話の馬乗りの暴力を見る限り、作者に見栄えの強い場面が書けないわけではない。エリザベートが理性と気品を捨て、妊娠中の相手を拳で殴るところまで踏み込めている。だから猶更、魔王や原作者の力も、便利な根回しや危機回避ではなく、その人物の価値観が一目で伝わる行動へ使う必要があった。現状では最も大きな能力より、素手で殴りかかるエリザベートの方が、人物の恐ろしさも画面の迫力も明確である。

能力へ回数制限や代償を付ければ、フィリクスが被害を防げなかった矛盾は弱められる。しかし、それだけでは立ち聞きが面白い場面へ変わるわけではない。問題はチートが強すぎることではなく、チートを持つ者が、その力へ見合うほど傲慢でも、壮大でも、覚悟が決まってもいないことである。


伸ばすなら、チートを弱めるより、人物の精神と行動を能力の規模まで引き上げる方向が合っている。

『Fate』シリーズの王たちのように、主要人物全員が国を治められるほどの能力を持ち、自分の王政だけは絶対に正しいと信じている形である。全員を同じ尊大な性格にするのではなく、国の完成形についてだけは誰にも譲らせない。

エリザベートは、王の命と幸福は民や外交より後に置かれると考える。だから毒杯を飲む。フィリクスは、愛する一人を守れない国家には存続する価値がなく、必要なら国ごと作り替える。カトリーンは、個人の幸福や倫理を犠牲にしても、王統と国家の連続を守る。アイシャは、作者や血統に正統性があるのではなく、奪って支配を成立させた者こそ所有者になると信じる。

この形なら、誰も単なる小物ではない。誰の統治でも救われる者がおり、同時に切り捨てられる者が出る。エリザベートの自己犠牲も美談だけでは済まず、フィリクスから見れば国母が自分の命を安売りする統治上の失敗になる。反対に、エリザベートから見れば、国を更地にして一人だけを守ろうとするフィリクスこそ王の資格を欠く。双方とも極論だが、それを実行できる能力と覚悟があれば、納得しがたいのに人物としては納得できる衝突になる。

既に本作には、その方向へ使える材料がある。味覚や香りから異変を読む観察力、言葉を封じられても意思を通す秘密の合図、血統を公衆の前で証明する婚姻儀式、場の秩序を守ったまま毒を飲む国母、限界を越えれば相手へ馬乗りになる暴力性である。これらを個別の名場面で終わらせず、王が国を読み、命令し、正統性を示し、敵を処断する能力として統合できる。

本作の伸ばせる才能は、チート設定を増やすことではない。人物の精神を極端な行動へ変え、感覚、儀式、暴力によって目に見える場面を作る力である。原作者と盗作者の私怨を中心にするより、王になれる者ばかりが、それぞれの誇りによって国家の形を奪い合う作品へ進めた方が、現在ある気品、情念、残酷さ、ファンタジーの見栄えを一つへまとめられる。

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