「身代わり花嫁は、皇帝陛下に正体を知られている」のレビュー
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本作の文章は、場面の目的と人物の行動を迷わせず、物語を前へ運ぶことに向いている。身代わり、解毒、宮廷内の調査、皇太后との対立と扱う材料は多いが、誰が何のために動いているのかは追いやすい。説明を増やして宮廷を複雑に見せるより、必要な人物と情報へ絞ったことで、全五十六話を一つの事件として読み進められる。
反面、薬草と毒を扱う小説としては、文章から得られる感覚が少ない。薬草の匂い、乾燥した葉や種子の状態、乳鉢を使う手の負担、毒によって変わる皇帝の身体など、本作の固有性を作れる材料は揃っている。しかし、文章が出来事の説明を優先するため、薬師であるローザにしか見えない景色や、宮廷に暮らして初めて分かる異常までは育っていない。進行の速さを落とさず、ローザが判断に使った観察事実だけを増やせば、文章そのものにも作品の個性を乗せられる。
指のまめが作品の物語のターニングポイントとして二度関わっていたとか、身代わりから共闘までの転身の速さとか、隠しを長引かせるという従来の面倒臭さを振り払う作品だったのがジャンル固有の湿気を打ち消してくれてよかった。身代わり婚では正体が発覚するまで同じ不安を繰り返しやすいが、本作はそこを早く終わらせ、その設定を二人が協力する理由へ移している。身代わりという題材を捨てたのではなく、秘密を守る話から、秘密を共有した二人が動く話へ変えているのである。
また、ローザが一方的に守られるだけではなく、皇帝と互いに必要とし合う立場を目指すという点では甘え続けないバディ感、歴史的な王あるあるである緩みや弱みを表現出来ているのが良い。有名作品でもこの辺を怠ることは多いのでこちらが王道と言える。王や皇帝を強く見せようとして、判断力、権力、戦闘力まで一人へ集める作品は多い。しかし、それでは相手役が慰めるか愛されるだけになりやすい。本作では皇帝にも他人の知識を必要とする弱みがあり、ローザにも皇帝の立場や力を必要とする事情がある。そのため、身分差を残しながらも、関係だけは一方的な庇護へ落ちていない。
本作は、身代わりの発覚、秘密の共有、解毒、陰謀の調査、皇太后との対決という主要な流れに筋が通っている。そのため、本文から作り直して設定や展開を別方向へ変えられる骨組みみたいな小説である。現在の展開だけが成立するよう無理に組まれた作品ではなく、人物の役割と事件の因果が見えるので、どこへ圧力を加えれば全体が変わるかも分かりやすい。
だからこそ、あと一つコンセプト的な強みが欲しい。現状は身代わり婚、薬師、不遇令嬢、宮廷陰謀という既存の材料を、読みやすく筋の通った形へまとめた作品である。悪くはないが、この作品でなければならない危険や制度までは弱い。そこで、歴史劇に見られる厳しい連座を取り入れ、偽装婚が発覚すれば本人だけでなく一族まで処罰される設定にするとよい。
これは現在の本文へ一文を足して済ませる修正ではない。その制度が最初から存在する前提で、家族がローザを送り出す判断、姉の失踪、皇帝が正体を知った後の対応、皇太后が秘密を利用する方法まで本文から作り直す必要がある。ただし、本作には既に筋の通った骨組みがあるため、その作り直しに耐えられる。連座を通せば、身代わりの秘密が恋愛上の障害だけではなく、家門と王権を巻き込む政治的な危険になり、本作を分けるコンセプトにもなる。
最大の問題は、終盤の救命を成立させるため、時間、資料、悪役の判断、姉の行動が一斉に不自然になっていることである。
帝都まで幾日もかかる距離が示されている一方、皇帝を延命できる数日のうちに遠方の生薬が届く。薬草書に挟まれているのは葉と花であるのに、ローザは後から届いた種子の形を照合している。皇太后は解毒をやめるよう三日の猶予を与えながら、後には致死量を既に盛り終えていたと明かす。姉も皇帝側の保護下に入った後、自ら危険な密輸網へ接触している。個別の粗に見えるが、すべて「皇帝が倒れた後に、救命へ必要な条件を急いで集めた」ことから生じている。
これは脇の設定ではない。物語の最大の危機と、ローザの薬草知識が最も報われる場面に関わっている。序盤から積み上げた強みを証明する場面ほど、読者へ偶然と見せてはならない。指のまめを二度働かせた構成が良いだけに、最後の薬草まで同じ精度で準備できていないことが目立つ。
第3話で辺境から帝都までは「幾日もの旅の果て」
第40話の大夜会で皇帝が倒れ、第42話でその猶予は「長くて数日」と設定
この極端に短い時間の中で、第45話で保護下の姉に密かに使いを送り、第46話で姉が密輸の筋を手配し、第47話の夜半には隣国産の生薬が届いている。謎。
第43話において、母の薬草書に挟まれていた標本は「乾いた、小さな葉と花」と明記され、解毒に必要なのは「乾燥させた、種子」であると判明しているが第47話で包みが届いた際、ローザは書物の記述と照らし合わせ、「種子の形、色、かすかな香り。間違いない」となっている、親を見て子供を見抜く少年漫画だろうか。
第30話で皇太后はローザを呼び出し、「三日、差し上げましょう」といいながらかし第40話の大夜会では、「とうに、致死量を、盛り終えているわ」と自白。ウォッチメンのオジマンディアスかよ。時限爆弾置いたら逃げようよ。
生薬の入手先と輸送経路は、物語の前半で帝都か宮廷内へ置く。姉が密輸網に関わっていた事実を使うなら、救出時に生薬そのものか、保管場所と仲介人の情報を持ち帰らせる。これなら保護後に単独で危険へ戻る必要がなく、姉の過去も救命へ直接働く。
薬草書には葉と花だけでなく、種子の図、採取時期、匂い、保存方法を記しておく。皇太后の急性毒は、三日の交渉を持ちかける前から盛ったことにせず、ローザが拒絶した後の報復へ変える。これで交渉と殺害の順序が通る。
本作が伸ばすべきなのは、展開を遅くすることではない。早い進行を保ったまま、終盤で必要になる人物、物、経路、制度を先に本文へ置くことである。身代わり婚特有の湿気を打ち消した速さ、甘え続けないバディ感、作り直しに耐えられる骨組みは既にある。そこへ連座というコンセプトと、救命まで崩れない準備を加えることが、本作を次の段階へ進める修正になる。




