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第九話 中年インキュバス、初めてバフをかける



 もう少し進むと道の先に開けた空間が見えた。

 真ん中には腰ほどの高さの小山のようなスライムが鎮座している。

 ここからでも分かるほど大きく真っ赤な核が透けて見える。

 

「多分ラージスライムです。1階層の門番ですね」

 

 ――ボスか、どうしよう?

 

「疲れてます?」

「ううん、体は元気。チクチク突いて時間をかけたら、核を削れると思う」

「じゃあ行きますか。その前にバフをかけても良いですか?

 あっ、いや、どうしよう……でもなあ」

 

 クラウディオは一人で喋り出して、一人で勝手に悩み出した。

 ウロウロ歩きながら指で眉間を叩いている。

 

「バフってなあに?」

「あっ失礼しました。強化の術みたいなものです。肉体のステータスが一時的に上がります」

「じゃあかけてよ、心強いし……あれ?

 ってか魔法使えないんじゃ?」


 クラウディオは暗い顔をして俯いている。

 

「……インキュバスの能力みたいなものです。

 相手を興奮状態にしてしまうんです。あまりみだりに使う能力じゃないかなと思いまして」


 はっきりしない言い様に、思わず首を傾げた。

 興奮――要はアドレナリンみたいなもんじゃん。

 空手やってたらよく痛みを感じなくなる時がある。

 それに自分の能力をそんなに卑下しなくても良いのに。

 

「やってよクラウディオさん」

「えぇっ……いいんですか?」

「いいよ、使えるもん使ってなにが悪いのさ。こっちは根っからの貧乏人なんだから!」


 腰に手を当てて胸を張ると、胸甲が押し上げられて少し軋む。

 歯を見せて笑うハジメに、クラウディオは眩しそうに目を細めた。

 

「わかりました。手だけ握らせてもらって良いですか?」

 

 どーぞ!とハジメは手を差し出した。

 空手ばっかりやってゴツゴツになった手だ。

 男性と手を握るというより、こっちの方がちょっと恥ずかしい。

 

 ――あれ、そういや、ヒカル以外の男の人と手を繋ぐこと、あったっけな?

 

 洞窟の天井を見上げていると、クラウディオの手が遠慮がちに握られた。

 弟の柔らかな感触とは全然違う。

 自分以上にゴツゴツした指先が、握られた手の甲に当たると、思いの外に触られた感じがあって、肩に力が入った。


 ――わあ。


 あったかくて大きな手が、自分の手を覆うように包み込んでいた。

 太い指がほんの少しだけ、薄い手の皮に食い込んでくる。

 

 ――お、男の人だ。

 

 な、なんかドキドキするかも。

 あごを引いてチラリと目をやる。

 そこには申し訳なさそうに眉をひそませる中年男性がいた。

 目はきつく閉じられて、小さく唸っている。

 思わず吹き出してしまった。

 前言撤回。

 やっぱりドキドキしない。

 わたしの使い魔は、男性というより、めちゃくちゃおじさんだった。

 

「い、いきますよ。具合が悪くなったら言って下さいね」

「はーい」

 

 目の前で目を瞑って細く息を吐いている。

 なにをそんなに緊張してるんだ。

 こちらはスッカリ肩の力が抜けている。

 

「えい!」

 

 えい!だって、ふふっ、おじさんのくせに。

 

 数秒経ったが、体には特になんの変化も感じない。

 ただ、なんだか手があったかくて気持ちがいい。

 正面に目をやると、固く閉じられた目の端にシワが刻まれている。

 目の下がクマで少し黒ずんでいた。

 昨日夜通し、槍にルーンを刻んでくれたのだ。

 ハジメが目を覚ました時には作業机で眠りこけていたが、この人は何時に寝たんだろうか。

 

 特にやることもないので、目の前でなにか念を込めているような中年のインキュバスさんを眺める。

 ……男の人といえば、男の人かなあ?

 彼氏は欲しいと思ったことはない。

 でも、でも。

 母ちゃんの前では口が裂けても言えない。

 ハジメは知らず知らずのうちに、強く手を握り返していた。

 

 ――ほんとは父ちゃんが欲しかった。

 

 自分のために、いや、自分たちのために一生懸命頑張ってくれる大人の男の人。

 かっこよくなくていいんだ、優しくて尊敬できる人なら。

 そっと半歩近づく。

 

 ……こんな人がお父さんだったら良かったな。

 顔を上げておじさんを見上げる。

 女子にしては大柄な自分より頭一つ以上大きい。

 

 分厚い胸板、四角い顎と首元の筋が見える。

 なんだか身体がポカポカしてる気がする。

 お腹の下あたりに落ち着かない違和感が広がる。

 鼻をひくつかせる。

 甘い匂い……?

 自分の汗じゃないと思う。

 じゃあクラウディオさんか……こんな香水付けてたんだ、いい匂い。


「はあっ……はあっ……」

 

 息が荒くなっている。

 脚を擦り合わせると、ズボンで隔たれていない太ももの付け根あたりにじんわりと熱がこもっていて、湿った肌の上を汗の粒が流れていくのがわかった。

 

 動き回ったから、いっぱい汗かいちゃったんだな。

 ……汗くさかったら……ちょっと嫌だな。

 

 ――でも。


 少しずつ指の力が強くなっていく。

 手汗をかいたお互いの手のひらが、くっついて擦れ合った。

 クラウディオの指の付け根のタコが、ハジメの柔らかな手のひらを押すと、体に溜まった熱が緩んだ唇からこぼれた。


「……はあぁっ」


 手のひらが擦れ合っているだけなのに、そのほんの数センチの肉の凹みに集中すると、なんだか体に痺れが広がっていった。

 なんだろう、この感覚は。

 ハジメはその秘密を確かめるように、手のひらをグリグリとタコに擦り付けると、どんどん熱が脚の先から積もっていく。

 

 この熱をもっと溜めたら、どうなるんだろうか。

 知りたい、知りたいよ。

 

 空いた方の手もクラウディオの手に被せると、少し荒れた手の甲の皮膚の質感が、被せた方の手のひらをゾリゾリと擦って、また熱が下に落ちていく。

 擦るたびに、背筋に冷や水のような固く鋭い刺激が伝って、腕にプツプツと鳥肌が立った。

 ハジメは顎を上げて湿った息を吐きながら、無意識に唇を舐めた。

 

 ――もっと近づきたい。


 もう一歩足を出そうとした時、手が離されて温もりが消えてしまった。

 

「どうですか? う、うわっ!」


 トロンとした目で見上げてくる少女。

 目を開けたクラウディオは驚いて飛び退いた。


「あっ」


 握られていた手をじっと見つめた。

 まだもらった温もりが残っている感じがする。

 

「す、すみません、知らない間に近づいてしまいました」

 

 眉をハの字にしてこちらを見てくるクラウディオに、ハジメは湿った唇を横に広げた。

 近づいちゃったのはこっちなのに。

 

 ――なんか可愛いかも。

 

 ハッとして、頭をブンブンと振る。

 よく見ろ、古文の先生みたいなおじさんだぞ。

 

「体の調子はどうですか」

「う、うん」

 

 肩をぐるぐる回して少しジャンプしてみると、確かにさっきよりも体が動く。

 腰を落として槍を突き出すと、ボッ!と音を立てて中空に穴が空いた。

 

「すごいよ、これなら絶対大丈夫」

 

 クラウディオは胸に手を当てて息を吐いた。

 

「良かったです、バフは多分30分くらいは続くかな、なにぶん初めて誰かに使ったもので。でも役に立てたなら安心です」

 

 そう言って歯を見せて笑った。


 ――初めて使うって!

 

 茶化そうとしたものの、少し考えて、口をつくんだ。

 四十二年ひたすら来たる時に備えて準備して、それでも異界人にチェンジされ続けてきたんだ。

 

 口元を固く引き締める。

 ちゃんと証明してあげるよ。

 あなたはちゃんと役に立ってるってこと。

 

「行ってきます!」

「お気をつけて!」

 

 ――役に立つ、か。

 フンと鼻息を放つ。

 本当は役に立たなくてもいいと思ってる。

 役に立つも立たないもないよ。

 あんなにいい人なんだから、それだけでいいじゃんか。

 でもあなたがそれで満足できないなら、私と一緒に頑張ろう!


 ハジメは足裏の小石を弾き飛ばして駆け出していった。

 


読んでいただきありがとうございます。

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土曜日定期更新です。

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