第十話 使い魔クラウディオ、レアドロップに喜ぶ
目線の先で緑色の小山が波打った。
威嚇でもするかのように、半透明の体をいろんな方向に伸ばして、自らを大きく見せている。
「押忍! よろしくお願いします!」
駆け出したハジメに反応して、ラージスライムが後ろに引き絞って、勢いよく体を素早く前に倒した。
体組織がちぎれて、散弾のようにこちらに向かって飛んでくる。
『粘弾』だ。
クラウディオに聞いていたハジメは、焦らずにその軌道を見極める。
速い。
速いけど、バフのおかげか十分見える。
低く駆ける体をさらに低くした。
顔のあった場所に、粘弾が風を巻き込みながら通り過ぎて行く。
もうラージスライムは目の前だった。
地面スレスレから核に向かって槍を突き上げる。
穂先が粘体の中を突き進み核を貫く寸前、ラージスライムが鋭く震えると、核が体の中を移動した。
穂先は核を掠めて、粘体を突き破って向こう側に顔を出した。
クソッ! ずるいぞ!
「退避ー!」
クラウディオの声。
聞こえた瞬間、急いで腰を引く。
目の前にびちゃりと粘体が降ってきた。
地面から音を立てて煙が上がっている。
強酸性! 怖っ!
顔を青くして一旦距離を取った。
その背中からのんびりしたおじさんの声が掛かった。
「その調子です。ゆっくり行きましょう」
「外しちゃったけど今のでいいってこと?」
クラウディオはニコニコ頷いた。
「先ほどご自分でおっしゃった通りです。
ヒットアンドアウェイで削れば問題ありません」
「わかった!」
幸い体は傷ひとつない、疲れてもいない。
ふーっ。
浅くてもいいからじっくりやろう。
もう一度飛び込んで、さっきより手前で槍を構えて、核ではなく粘体の中心を突き破った。
すぐに飛び退いて相手の様子を伺う。
いい距離が取れた。
粘弾を飛ばすにも、のしかかるにも、相手には中途半端だ。
クラウディオの言う通り、削った分、少しずつ小さくなってる。
焦らないように、呼吸に集中する。
空手と同じ。
有利なのに無理をする必要はない。
「がんばれーっ! ハジメさん! がんばれーっ!」
声を枯らした必死の声援がハジメに力をくれる。
口元がムニムニと動く。
母は忙しくて運動会には来られなかった。
最後のリレー、クラウディオさんがいたらスポ少の男子にも負けなかったのに。
「うん! 見ててね!」
戦いの最中だというのに、ハジメは頬が緩むのを止められなかった。
そこから先は消化試合だった。
普通のスライムほどの体積になった粘体を一突きすると、宝箱を残して灰になった。
「うわー宝箱だ!」
能天気に駆け寄ろうとすると、クラウディオに脇から持ち上げられた。
「開けちゃダメ、罠があるかもしれません」
「えっ、そうなの」
「そうですよ、一階層とは言え油断禁物!です」
主人を下ろし、指を立てて注意するクラウディオ。
ハジメは両方の拳を腰の横に引いて押忍!をした。
「とにかく素晴らしいお手前でした」
引き締めた口元を緩めて笑うクラウディオに、鼻の下を擦ってはにかんだ。
二人は横に並んで宝箱の前に座り込む。
「鍵開けは勉強中だったんです。来週が丙種の実技試験でした」
「ふーんそんなのあるんだね。私は黒帯と日商簿記二級もってるよ」
「資格をお二つも? お若いのに立派だと思います」
「ひひっ、そーう?」
クラウディオはあぐらをかいて宝箱をペタペタ触った。
軽く揺すったり耳を当てたりしている。
邪魔をしてはいけない。
足裏を合わせて股関節を開いて、体を前に倒した。
体を動かした後は、ストレッチだ。
地面に上半身がペタリとくっつく。
「うわっ、柔らかいですねえ」
「すごいでしょ? 体操部の子に褒められたことだってあるんだから」
ググッと背筋を伸ばすと、先端がわずかに服の裏地に擦れて、小さな刺激が走る。
細い痺れが、すっと背中を駆け上がった。
――んっ。
ハジメは口元に手を当てた。
初めての感覚、今のなんなんだろう。
「どうしました?」
「う、ううんなんでもないよ」
当たったところがジンジンと熱を持っている。
興奮状態とやらがまだ続いているのかもしれない。
――へんなバフだなあ。
ハジメは慌てて立ち上がると少し距離を取って屈伸を始めた。
クラウディオは首を傾げたが宝箱のご機嫌伺いに戻った。
程なくクラウディオは肩の力を抜いて大きく息を吐いた。
「多分大丈夫、開けてみます」
宝箱を開くと光を放って消えていき、無骨な鉄の槍が一本残されていた。
ダンジョン産の武器は性能が良いので高値で買い取ってくれる。
それにこの槍はギルドの供与のコレより強いに違いない。
ハジメが歓声を上げかけた瞬間。
「よっしゃーっ!」
隣から太い大声が上がった。
「やった! やった!」
驚いて顔を伺うと、頬を上気させて興奮している。
――へえ、こんな顔もするんだ。
「やりましたねハジメさん、ダンジョン産の武器ですよ」
ガシッと両腕を掴まれる。
「ギルドの槍には2つしかルーンが刻めませんでした。
ダンジョン産ならもっとたくさんの加護を刻めます。
もっと安全に戦えるようになりますよ!」
まるで自分ごとのようにレアドロップを喜んでいた。
掴まれた手から熱い体温が伝わってくる。
その温度を意識した瞬間、頭にモヤがかかったみたいにフワフワしてきた。
また、あの甘い匂いがふわりと香る。
ハジメはブンブンと顔を振った。
「そ、そうだね。よろしくお願いします」
「はい!」
クラウディオは意気揚々と、ハジメは少しぎこちない足取りで、帰還用の魔法陣を踏んだ。
読んでいただきありがとうございます。
もしよろしければ、ブクマ・評価いただけると励みになります!
土曜日定期更新です。




