第八話 空手少女ハジメ、おじさんに前蹴りをする
コウモリと角兎も一匹でいるところを手早く処理した。
その後もクラウディオの方針は、一匹ずつ確実に狙え、だった。
今度はわざと急所を外して、どれくらいなら敵に致命傷を与えられるかを自分なりにやって下さいとのこと。
それを10回ほど繰り返した頃には、敵との戦い方と自分の能力を把握することができた。
「うん、良い感じ」
中空を槍で一突きして、鼻息をフンと吹き出すと、クラウディオも大きく頷いた。
「ここからはハジメさんの判断で好きなように戦って下さい。敵が複数でも構いませんよ」
りょーかい!
少し進むと早速スライムの群れが見えた。
一、二――三匹だ。
「行くよ! 一匹お願い!」
「は、はい!」
駆け出してスライムを一突きするハジメ。
体がさっきより軽くなっている。
レベルが上がったのかも。
隣のスライムも飛びかかってくるそぶりを見せたが、焦らずに核を突けた。
2体はサラサラと灰になっていく。
――それにしても、すごい。
普通の学生である自分が歴戦の戦士のように動ける。
光る槍の紋章。
攻撃力と素早さアップのルーンが刻まれている。
「この槍すっごいよクラウディオさん」
笑顔で振り向いた瞬間、目の前の光景に、手から槍がこぼれ落ちそうになった。
クラウディオは緑色の粘体に頭を丸呑みされてタップをしていた。
「うわーっ!?」
急いで槍で突こうとしたが、哀れなおじさんは七転八倒で狙いがつけられない。
「動くなよう!」
「ガボっ、ガボボボ」
必死で呼びかけるが、白目をむいたクラウディオは、緑色のスライムの体内で気泡を吐き続けるだけだった。
「あーっもう!」
槍を放り出して、顔面にまとわりつく粘体をちぎり捨てる。
ちぎってちぎってちぎり捨てる!
あらかた取り去った後には、新品のレザーアーマーは粘液塗れになって、瀕死のインキュバスがフラフラで立ち尽くしていた。
「……っ!……っ、っ!」
喉を抑えて白目を剥いている。
――はっ!?
喉が詰まって呼吸ができないんだ。
応急処置!
サッと一歩下がって鋭く息を吐く。
胸元に右足を引き上げ、足裏を立てて前に突き出しながら、背中を軽く反らせつつ腰を入れる。
親指の付け根にしっかりと体重を乗せて、鳩尾目掛けて蹴り込んだ。
「ハッ!」
「――ぐむぅッ!?」
でかい的だった、外しようがない。
十年磨いた得意技の前蹴りに、クラウディオは膝から崩れ落ちて、手をついて緑色の液体を吐いた。
「おろろろろ」
「大丈夫?」
大きい背中をさする。
喉が破れそうな音を出して、新鮮な息を取り込んでいる。
腰から生えた翼がプルプルと震えていた。
ヒルダが言っていた通り、ひ弱に見えるスライムも一般人は容易く殺せる。
つまりクラウディオのステータスはほぼ一般人だった。
「は、はい、ご迷惑をおかけしました」
「そんなことないよ!
昨日手入れしてくれた槍のおかげで戦えてるんだから」
真っ青な顔のクラウディオは、緑色の粘液が伝う口元をゴシゴシ拭っている。
「ほら、チンしな」
ハジメが鼻に薄布を当てると、大男は目を瞑って鼻から空気を押し出した。
「そう言って頂いてありがとうございます。
いつか誰かの役に立てるかもしれないと思って勉強しました。
あと、こんなのも出来ますよ」
休んでいればいいのによろよろ立ち上がると、ドロップしたスライムコアを摘み上げる。
レザージャケットのポケットから空の小瓶を取り出すと、蓋を開けてスライムコアを放り込んだ。
缶の甘酒を振るようにざっくりシェイクすると、指を開いた時には瓶の中は初級ポーションに変わっていた。
「すごーい、手品みたい!」
「いえいえ、第二種の錬金術師ならみんなできます。
それより、足を」
「え、なになに?」
「さっき角兎の突進で少し削られましたよね?
裾をあげてもらえますか」
み、見られてたのか。
調子に乗って三匹の角兎に突っ込んだ時、少し掠ってしまった。
カッコ悪いので黙っていたが見逃してもらえなかった。
ズボンの裾を上げると、白いスネに青いミミズ腫れが走っていた。
「うわっ!? どうりで痛いと思ったよ」
「どんな小さな怪我でも次からはちゃんと言いなさい。
痛みも傷も時間が経つほど酷くなります」
「う、うん」
「約束ですよ?」
しょんぼり俯いたハジメを、クラウディオはニコニコ微笑んで下から見上げた。
蓋を開けて傷に振りかけると、あっという間に腫れが引いて、ツルツルの肌に戻っていった。
――この人弱いけど、頭いいし器用だし優しいし、色々できるなあ。
「ありがとう!」
「……!」
ハジメがお礼を言うと、クラウディオの目からポロッと涙がこぼれ落ちた。
「どっ――どうしたの?」
「……いえ、人のために何かできることがこんなにも幸せなことだなんて、わたくし知りませんでした。
こちらこそありがとうございます」
おじさんがあまりにも幸せそうに笑うもので、ハジメは鼻がツンとしてしまった。
ヒカルが初めて卵焼きを作ってくれた時、お礼を言ったら顔を真っ赤にして口を尖らせていた。
人の役に立てるって、幸せなんだよね。
……って、わたしはこんなに、涙もろかったっけかな?
鼻の穴から緑色の液体が垂れてきていたので、また鼻を噛ませてあげる。
スライムにも負けるインキュバスだが、自分のために本当に力を尽くしてくれている。
卵から出てきたのがこの人で良かった。
洞窟の奥に向かって歩き出す二人の距離は、自然と近づいていたが、お互いの表情はただただ穏やかなものだった。
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