第六話 淫魔聖人クラウディオ、ステータスを見せる
※6 淫魔聖人クラウディオ、ステータスを見せる
「どう、ヒルダさん! 今日からわたしの使い魔になってくれるインキュバスのクラウディオさんだよ!」
「……そうなんですか?」
ヒルダさんは相変わらず眠そうな目で、ソファーに座る私の後ろに視線をずらした。
背中から低く穏やかな声がする。
「わたくしは辞退させていただきたいと思っております。
お察しの通り、正真正銘インキュバスですので」
まだ言ってるよこの人は!
ソファーに座り込んで腕を組む。
頭の中で愚痴が止まらない。
なんだどいつもこいつも、それにクラウディオさん自身も。
インキュバスだからなんだってんだろう。
生きてるだけで腫れ物扱い?
そんな生き物この世にいない。
ムカつきすぎて声に出したら泣いちゃいそうだよ。
足を開いて貧乏ゆすりをしていると体に影が落ちてきて、太ももの上に布が掛けられた。
少し耳が熱くなる。
お行儀が悪かったみたいだ。
振り返らずにヒルダさんを見る。
「すっごい、いい人だよ」
「そうですね、でもインキュバスです」
「――取り消せ。
なんとかウォーカーだかなんだか知んないけど、人の生まれをどうこう言うやつは許さない」
凄んだ先のちっちゃい女はどこ吹く風で紅茶をすすっている。
クラウディオは気づかなかったようだが、ハジメは一目見た時から、空手の師範と向かい合ったときのような力量の差を感じていた。
――まあ、ぶん殴るけどね。
やると決めたらやる。
腰を浮かしかけた瞬間、大きな手がそっと長衣の肩先に触れた。
「ハジメさん。あなたは一度、ちゃんと冷静な第三者からインキュバスを使い魔にするデメリットを聞くべきだ」
「そんなのさっき聞いたじゃん。すっごい弱いって。
でもわたしはそんなの関係ないって言ってんの!」
振り返った自分の頭を、クラウディオは目を細めて優しく撫でた。
なんでそんな顔してるの?
決定的な噛み合わなさに背中が痒くなった。
「お忙しいところ恐れ入りますが、ハジメさんに説明をお願い出来ますか? 彼女が心変わりしても大丈夫です。ちゃんと受け入れます」
二人は自分をほったらかしにして見つめ合っている。
視線を切ったヒルダが頷くと、クラウディオはお礼を言って扉の方へ向かった。
「どこにいくの?」
「い、いえ、ハジメさんだけの方が色々話しやすいと思います」
チラリとヒルダに視線を向けるクラウディオ。
だから私をのけものにするなよ。
「だめ、わたしたちはパートナーになったんだから大事な話は一緒に聞こうよ」
「ぱっ、パートナーには……なってませんよ!」
大男は尻尾をグネグネ揺らしながら、扉とヒルダとハジメ、その間で視線をさまよわせた。
右足に左足に、心情を表すように重心が揺れまくっている。
やっぱり使い魔やりたいんじゃん……ハッキリしろよもう。
煮え切らないおじさんに白い目を向けていると、ヒルダが口を開いた。
「ギルドは冒険者さんの意思を尊重します。クラウディオさんも一緒にどうぞ」
クラウディオは顔を梅干しのようにしかませて、やがて肩を落としてため息をついた。
背中を丸めて隣に座ると、ヒルダによるインキュバスの講義が始まった。
広場の方から正午を知らせる鐘が響き渡った。
講義はもう終盤だった。
話の一番大事な事として、黒板の一文にグリグリの二重丸がつけられる。
◎インキュバスは女をたぶらかすエロい魔物!
「ハジメさんも油断すると襲われる危険性があります。
使い魔は主人を害することはできませんが、なにがきっかけでエロいことをされるかわかりませんよ」
ヒルダはいかにインキュバスがエッチな魔物であるかを、懇切丁寧に説明した。
ハジメは顔を真っ赤にしながら、太ももの上で握った自分の拳を見つめるしかなかった。
目端に自分以上に赤くなって縮こまっているクラウディオが見えた。
――ごめんね、クラウディオさん。
だから同席したくなかったのか。
嫌だよね、自分の種族がとってもエッチですなんて説明されているところに、一緒にいたくないよね。
丸まった大男の背中は優しくさすった。
クラウディオの肩がビクリ、と震える。
目を固く閉じてこちらを見ることなく呟く。
「すみません、そういうわけなんです」
でかいナリのくせに細く小さい声だった。
思い切り手を振り上げて、苛立ちそのまま大きな背中に叩きつける。
――パンっ!
「あだっ!?」
体を反らせたクラウディオが唖然としてこちらを見ている。
見た目は全然違うけど、やっぱりヒカルに似てる。
立ち上がって黒板の前に向かい、ヒルダを押し除けてグリグリのついた一文を、手で擦ってグチャグチャに消した。
そして真っ赤なチョークでカカッと大きく書き込んだ。
おりゃ! グリグリだ!
「は、ハジメさん」
クラウディオは目を潤ませて胸に手を当てている。
◎クラウディオさんはいい人!
「つまんない話だったよ。インキュバスの悪口ばっかでさ」
胸を張って上からヒルダを見下ろすと、彼女はポーカーフェイスのまま首を横に振った。
「悪口ではなく事実です」
「事実の話をするなら、地球では一番人を騙して、人にエッチなことして、人を殺すのは人間だよ。
この世界では違うのかな?」
片親の自分たちを白い目で見てくる人たちもみんな人間だった。
でも助けてくれた人もみんな人間だ。
だから人を大きく括ることが嫌いだ。
顔を突き出してヒルダの目を見る。
「ヒルダさんが異界に召喚されて――人間はそういう種族ですって説明されたらどうすんのさ?」
「ちゃんと訂正しますね」
「だよねえ! だからクラウディオさんも悪いよ」
「きょ、恐縮です」
ヒルダに向き直って頭を下げる。
「ちゃんとクラウディオさん本人を見てあげてよ。
こんなボンヤリしたおじさんがエッ……エッチなことをするわけないじゃん!」
ヒルダは天然記念物でも見るような顔でこちらを見た。
そしてため息をついて諭すように言った。
「取り繕っているだけかもしれません。
人の良さそうなしょぼくれたおじさんのヤリチンなんていくらでもいます。いました」
知らない言葉を投げてどこか遠い目をするヒルダに、首を傾げる。
ハラリと揺れる自分の髪先が見えた。
「ヤリチン? なにそれ」
「女性に酷いことをする、そういう男のことです」
「っ! だから悪口言うなって!」
カッとなって飛びかかろうとすると、体が不意に浮き上がった。
クラウディオが脇から腕を差し込んでいた。
「離せっ、離してよ! 一発ぶん殴ってやる!」
「ど、童貞です!」
「へ?」
「はあ?」
ばたつく足が自然に止まった。
ゆっくり目線を上げていく。
クラウディオは顔を赤くして唇を震わせていた。
「それに聖職者です。
エッチはしたことありません! やりませんっ!」
素肌に着込んだレザージャケットから覗く胸元には数珠のようなネックレスが下げられており、バツ印を丸で囲んだような意匠の銀細工がついている。
「童貞? 聖教のロザリオ?
そ、そんなインキュバス、いるはずが……」
ヒルダはふらついて足を一歩引いた。
鉄壁のポーカーフェイスが崩れ、初めて動揺が見てとれた。
「……ステータスを見て頂いても構いません」
部屋を飛び出したヒルダは大きな水晶玉を抱えて戻ってきた。
クラウディオがテーブルにクッションを置くとその上に玉を下ろした。
「お願いします」
ヒルダの疑いの目線を受けて、クラウディオは汗を滝のように流しながら水晶に手をかざした。
球体の表面がキラリと光ると、水晶にステータスが浮かび上がった。
ヒルダと二人で俯く大男の肩から顔を出して、水晶の中を覗き込む。
――――――
クラウディオ 42歳
種族インキュバス♂
身長202cm
体重121kg
聖職者レベル1
STR 3
VIT 3
AGI 1
INT 3
MND 5
FAI 50
LUK 1
魔法
なし
技能
ルーン文字取扱い乙種、第二種総合錬金術師、野営術乙種、聖教巡回説教師
称号
『淫魔聖人』 淫魔でありながら童貞を貫く、神に操を立てた強靭な信仰力の持ち主。FAITH(信仰)にプラス補正。
『巨根』 21cm
――――――
「よわっ……すごっ……でっか」
「……恐縮です」
ヒルダが所在なさげにどんどん小さくなっていくクラウディオの、お腹の辺りを凝視している。
でかい? なにがだよ。
ステータスとやらを見ても空手一筋なものでよくわからない。
結局自分が伝えたいのは一つだけだった。
――クラウディオさんはいい人だってこと。
せっつくように視線を送ると、ヒルダは軽く咳を払って、クラウディオに頭を下げた。
「聖人さまに対して失礼なことを申しあげました。
お許し下さい」
「いえっ、許すもなにも……」
「なーに? えらく素直に謝るね」
「ええ、『淫魔聖人』の称号、神に認められた清らかな人である証ですから」
ヒルダが言うには『称号』は勝手に名乗れるものでも、人の噂程度で名付けられるものではないらしい。
世界が、神様が発行する身分証明書なのだと。
自然と口が尖っていく。
「いい人だってことに、そんなものはいらないと思うけどね」
「冒険者の安全の保証がされるなら、素晴らしいものです」
わたしが大事だと思うものは、この人の職業倫理の前では意味がないみたい。
師範と組み手をやってるみたいだ。
「で、クラウディオさんが使い魔で、なにか問題あるんですかね?」
「ございません」
「だってさ、今日からよろしくね!」
振り返るとレベル1のインキュバスが不安そうに胸の前で手を組んでいた。
「……ですがわたくしでは力不足では?」
伺うような弱々しい目線、脳裏に弟の顔が浮かんだ。
ヒカルの誕生日、イオンのゲーム屋さんに連れて行った。
好きなものを選んでと言ったら、ヒカルはSwitch2をチラチラ見ながら植物図鑑が欲しいと言った。
ハジメは欲しいものを欲しいと言わない人を見ると悲しくなる。
「昨日、ベッドで神様に頼んだんだ」
「か、神様ですか?」
――神様、お願いします。わたしを助けてください。
「そしたらクラウディオさんがきてくれた。
お坊さんなんでしょ? 神様に恥かかせたらダメだよ」
「それはっ、あの、ええっ? た、確かに?」
「よし、明日から迷宮だよっ」
ハジメは腕を組んで首を傾げるインキュバスを横目に口端を引き上げた。
もうヒルダに聞きたいことはない。
この人は最後まで自分の直感を信じてはくれなかった。
とはいえギルド職員、今後もお世話になるはずだ。
「じゃあね、明日からよろしくお願いします」
最低限の敬意は忘れてはいけない。
軽く頭を下げて扉に向かったハジメの背中にクールな声が投げかけられた。
「はい。ですがくれぐれもお気をつけください。
その方は――インキュバス、ですので」
「……あーん?」
一瞬で頭がゆだる。
握り拳を軋ませて振り返った瞬間、クラウディオが胸に手を当ててヒルダに頭を下げていた。
「あなたは冒険者のために、進んで嫌な役を買って出てらっしゃいました。
私は尊敬いたします」
立派なツノの生えた頭を上げる。
広い肩を揺らしながら応接室から出ていくクラウディオ。
ハジメはその横顔をじっと見て頬を膨らませた。
「私は尊敬しないからね!」
ヒルダにイーッと歯を見せつけると、先に部屋を出たクラウディオの背中を追いかける。
ヒルダは肩の力を抜いて独りごちた。
「やっぱり二人とも、いい人だったな」
去っていく二人に向かって、胸元で小さく手を振ったのだった。
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